最終話 神様、君の初恋を僕に下さい。



「それで? 結局けっきょく話が詰まんないからめたの?」

「だってあからさまにホテルに誘導ゆうどうしようとしてたしアニメの話したら何それみたいな顔してたからうざい」

「はははっ。ほんと侑奈ゆうなさんはヲタクになりましたなぁ」

「うっさい」


 ストローを加えて一気にグラスに入っているアイスコーヒーをした。話を聞いていた一華いちかはやれやれと言わんばかりの呆れた笑顔えがお。いいじゃんかアニメ好きでも。


 五日市侑奈いつかいちゆうな二十三にじゅうさんさい新卒しんそつ教師きょうしとして働いて半年はんとし

 大学は有名私立大の教育学部きょういくがくぶに進み、高校の時みたいな青春はないし気になる人が他にできた訳でもないけれどそれなりに充実したキャンパスライフを送り、教育実習きょういくじっしゅうてから地元じもと小学校しょうがっこうへ。

 と、自分のプロフィールをいくら見返しても面白味おもしろみはない。

 これからの社会人しゃかいじん生活せいかつで学生みたいな奇想天外なイベントがさほど待っているとは思えないので変化は見込めない。いやある意味では毎日まいにち激務げきむぎて濃いけどさ……。


「一華はどう? そろそろCM広告こうこく担当たんとうとか」

「無理無理。もう毎日まいにち雑用ざつようだし残業ざんぎょう当たり前平日深夜過ぎまで飲み会とかブラックにも程があるわよ」


 言いながらビールをあおさまはどこかいたについていて思わず唇が綻びてしまう。


「あーあ。いい男いないもんかね」

「一華はまだいいでしょ出会い多そうだし。私のほうが心配しんぱいよ……」

「いい先生いないのー?」

「いないし大体が既婚者きこんしゃよ。それに下手に手を出せばお局様つぼねさまがもう怒り狂うのなんの」

「あー行き遅れね」

「私も馬鹿にできないわよ」


 二人揃ってため息がこぼれる。そこには不安ふあんとか将来しょうらいへの失意しついとかネガティブ要因よういん豊富ほうふうつにならないのが不思議ふしぎなくらい。

 教師が夢溢ゆめあふれる職業しょくぎょうというのは本当に美化びかされた話。蓋を開けば常に子供達を見なきゃいけないし授業準備や予習で休みは潰れるし新人というのもあり毎日のいびりや指導しどうはメンタルズタズタもんだし本当笑えない。


 こういう時に彼氏の一人でもいれば違うのかしら……。


 思ったところで出会いがない現実なのでこうしてアルコールを適度てきど摂取せっしゅすることが精一杯。生憎と私は顔が広いほうではないので高校時代の付き合いがある一華と生徒会せいとかいのメンツくらいしか誘えないしね。

 一華は広告代理店こうこくだいりてん魔棟君まとうくんは何故か動画配信者どうがはいしんしゃだし彼女の歌恋かれんさんは今も人気イラストレーターで活躍中かつやくちゅう。最近は彼氏かれし配信はいしんにも顔出しで出演してるので人気が更に高まってるとかなんとか。

 あと風の噂で元会長もとかいちょうはサナさんともう一度よりを戻し、今は公務員こうむいんだとか。そのまま親の資産を受け継いでデイトレーダーも考えていたらしいけど堅実けんじつきたいからって言っててサナさんも納得らしい。あ、彼女のほうは看護師かんごしやってる。


 みんな卒業してもバラバラに見えて結局どこかつながりをたもちつつこうして酒を交わすのだから終わりはない。ないけれど大人になった今だからこそあの頃に帰りたくなる気持ちが肥大化ひだいかしてくのもわかる。

 いや仕事するまでが人生の夏休みってよくいったもんだ。


「ところでさ、侑奈にいい話があるんだけど」

「何? 仮想通貨かそうつうかもやらないしつぼわん。宗教しゅうきょうも入らないよ」

「いや私を何だと思ってんのよ。違う違う、普通に合コン開くから来ればって」

「パス。どうせろくでなしでしょ」

「決めつけるわねぇ。まぁその通りなんですけど」

「ほらみなさい」


 こんなくだらない話を二時間、三時間で終電しゅうでんってたらすぐさま日曜日がこんにちは。

 ゲームしたいけど来週は遠足あるからその準備もあるしなぁ……。


 昔の自分がいたらさぞ言ってやろう。

 社会人しゃかいじんにだけはなるな、と。



 × × ×



「で、あめはいつ帰ってくるんだ」

「しーらない。で、ユマロマはいつ仕事すんの?」

仕事中しごとちゅうだわなめんなぼけ」

「私のアシスタントをそこまで威張いばって言えるのもどうかと思うけど……」


 秋葉原の駅近くにある大衆居酒屋たいしゅういざかや

 数か月の経過けいかで違う街並まちなみに風変りするので馴染なじみの店も知らないうちに消えてたりするが専門学校時代に見つけたここだけはいまだ健在。店主もヲタクなのでざっくりアニソン流してくれるからこの店はとても心地よい。いや変に洋楽ようがくとか流されてもイマイチだし。

 

 まぁ唯一の不満は全員揃ってないことなんだけど。

 数年の付き合いがあるユマロマにnichさん。今は漫画家としてデビューしそこそこ売れているらしい。十八じゅうはちきん雑誌ざっし連載れんさいなのは置いといて。

 んで、俺の横にいる魔王と速水さ、あぁ本名は歌恋さん。

 数年前から俺らのグループで適度に付き合っている有名イラストレーターでその彼氏がこんないんキャとか世も末だろほんと。マジで地獄に落ちるか毎月百万俺に課金しろ。

 と、ここまでが高校時代までのメンバー。


「でもいいじゃないですか。僕なんて大学にもいかずにラーメン食べる日々なんで」

「ほぼ毎日のようにラーメン食べて太らないってアオちゃん何なのほんと……」


 ドヤっとご機嫌きげんな表情をしているアオとは正反対にどこか不満げな顔のnichさん。

 元々アオは雨が紹介しょうかいしてくれた学校の同級生で全然アニメやラノベに詳しくもなかったのだがギガだがメガだがテラだが容量単位では表せないくらいのラーメン好き。自分でも一家言いっかげんあると自負じふするくらいに豊富な知識量。

 俺らの心をわしづかみするのにも時間はかからず、今では彼女も立派なヲタク。ワンダーナイチュテットだっけ? ぼう有名ゆうめいなエンターテインメントとコラボしたソシャゲにはまっているようでよくnichさんとコラボカフェや同人イベントに参加している姿を見る。

 ただ雨が紹介するまでに色々いろいろ複雑ふくざつ事情じじょうがあったようで最初は誰にも近づこうとせず、雨の後ろに張り付いたまま。なんていうか人と触れることを怖がっていた。あいつは「少し家庭かてい問題もんだいがあってな。まぁ解決かいけつしたけど」と笑っていうもんだから俺らもそれ以上は追及ついきゅうせずただたのしい話をひたすら続けて今に至る感じだけどね。


「あーあ。競馬けいば一攫千金いっかくせんきんねらえねぇかなぁ」

「ゲームの影響で始めたのはいいけど家計かけいに手を付けたらおこだからね」

「へいへい」

「ほんといい加減かげんになったわよねぇ。一回懲らしめたほうがいいかしら」


 ユマロマはのんきそうにビールを大きく喉に流し込む。こんなんでもnichさんと結婚してるっていうんだから世の中おかしい。彼女いない歴=年齢なんて経歴いらないし魔法まほう使つか就職しゅうしょく希望きぼうないので早いとこ夢を見させてほしいんだが。


「で、雨はなんだ? そろそろ帰国か?」

海外かいがいじゃないし。だから知らないって言ってるじゃん酔いすぎだよ」

「そうね。でも今日くらいは許してあげましょう……締め切り明けだし」

「あぁそういう」

「そういうこと」


 オトナな女性にウィンクされてしまえば何も言うまい。

 しかしそれはこの人が独身だったらの話。というよりもこのグループでカップルが多くなければでの話でもある。つまり現状肩身かたみせまい。

 いやいますよ気になる女性の方は、もちろん。

 いるけどこういう時どう誘ったらいいかわかんないしそもそもここの連中とはあくまで友達なんて思われてるかもしれないし。


「ちょいとトイレ」


 言って席を立った。

 戻る頃にはさらにアルコールが進んだユマロマ夫妻ふさいが未だ結婚けっこんしていない魔王まおうぐみにだる絡みしてる様が見れて余計にイライラMAXハザードオン。あそこまでお酒にゆだねられるのも一種いっしゅ才能さいのうだな。

 男子トイレに入ると居酒屋いざかや特有とくゆうのダークワールド広がっていて用を済ましてさっさと退散たいさん。ほんと嫌なんだよなぁこういうとこ。いつも掃除してる店員さんには頭上がらん十万じゅうまんでもやりたくないぞここの清掃せいそうは。


「リズ君お疲れ様」

「あ、お疲れ」


 出るとトイレ前の休憩所きゅうけいじょにアオさんがいた。座っている椅子の隣に腰を下ろして大きく腕を伸ばした。


「なんか慰労会いろうかいのはずなのに疲れたなぁ」

「いつものことでしょこのさわがしさは」

「落ち着かないのはヲタクのさがってやつだろうね」

「それいつ休めるの?」

「さぁ。ヲタ卒とかじゃない?」


 未来永劫みらいえいごうそんな時間はこないことを知ってるけど。

 さて―――二人きりである。

 偶然ぐうぜん必然ひつぜんか。しかし邪魔者じゃまものがいない状況でこんなイベントが発生したのは幸運こううん。多分明日はガチャ引いてもハズレだな。


「あ、あのアオさん」

「ん?」


 赤く染まった頬と優しい笑み。あと個人的こじんてきにボクっ大好き。もちろん決め手はラーメン食べる俺の姿に「美味しそうに食べてる人見るのが好きなんだ」と笑った顔なんだけど。


 告白こくはくなんかじゃない。

 ただデートに誘うだけ……なんだがハードル高くね? あいつら間抜まぬけそうに見えてこんなSSSクラスのミッション突破してたっていうの? そりゃ幸せ勝ち取りますわな。


「お、俺と、えっと俺」

「んーもしかしてあれ? 告白?」

「え、いやそういう」

「そうなの? リズ君、僕のこと嫌い?」

「それはない! もう大好きとしか」

「あはっ」


 面白そうに俺を見つめるアオさん傍ら多少の酔いとはいえ自分の発言に気付ける冷静さが残っている俺は放心状態ほうじんじょうたい


 や、やっちまった……。


「い、いや違くて! 今の好きはそのヲタク友達として」

「えー女の子として好きとかじゃないんだ」

「え、いやあの」

「それも違う?」


 なんなんだこの掌の上で踊らされている感覚かんかく……ちょっといいかも。

 じゃなくてどうすんだよ、これ。エロゲみたいに唐突とうとつに押し倒して次イベントへ切り替えていくか? 多分それ逮捕たいほエンドになるけど大丈夫?


「えと、そのつまりですね……好きっていうのはその……その」


 男らしさの欠片もない優柔不断ゆうじゅうふだん返答へんとう

 我ながら不甲斐ふがいないがそれでもアオさんはそっと俺の手を取り、


「じゃあさ、リズ君の好きがなんなのか確かめようか。今度こんど日曜日にちようびにアニメの聖地せいちめぐりしてご当地とうちラーメン食べながら」


 魅力的みりょくてき提案ていあんを持ち掛けてきた。


「よ、よろこんでっ!」

「うん。じゃあ戻ろっか」


 とんとん拍子びょうしに進んでいる自身の人生が恐ろしい。

 されど気分は主人公しゅじんこう


「……雨もこんな気持ちだったんかな」


 まるでアニメのようなセリフをひとごと

 ほんとヲタクだよ俺は。



 × × ×



「今日はお疲れ様でした。刹菜せつな先輩せんぱい

「ううん。あおいくんもまどかちゃんも遅くまでご苦労くろうさま


 すで定時ていじを過ぎてオフィス内に残ったのは私達三人だけ。

 もっとマネージャーとか先輩は残ってもいいのに家庭優先とインターン生置いてっちゃうんだからほんと薄情もんだ。

 でもま、こうして母校ぼこう後輩こうはいとゆっくり話せたからよかったけど。


「それにしても久々になつかしい話でしたね。あの葵君の一世一代いっせいいちだいの告白は三年間あった文化祭ぶんかさいの中でも忘れられない思い出です」

「うるさい黙れそして忘れろ」

「嫌です」


 懐かしむ欠片もなく騒ぐ二人は本当に楽しそう。個人的には複雑ふくざつ思惑しわくが絡んでいたこともあって思い出したくなかったりもするんだけど。でも蒼が助けてくれたことは私の人生セレクションベスト3に入ってるのでそこは嬉しかったり恥ずかしかったり。


「文化祭かぁ。あの時は私や葵君に有菜ありなちゃんに」

「まどか」


 葵君が察してくれてびしっと厳しめの口調で割って入る。

 すぐに気付いたようで「あっ」と声をらしてそれから私のほうに顔を向けてまどかちゃんは大きく頭を下げた。


「す、すいませんっ! 別に悪気わるぎは」

平気へいきよ。むしろトラウマみたいにあつかうのはめて? そういうのあの子も私も嫌だからさ……」

「は、はいっ」


 どんなに言ってもこの子達からしたら未だに考えられないんだろうな。つい数時間前すうじかんまえまで仲良く話していた同級生どうきゅうせいが先輩を殺そうとした、それもあか他人たにんではないし懇意こんいにしていた人を、って。


 事件からもうすぐ五年ごねんとうとしている。

 家族かぞく関係かんけいやそれまでの経緯けいいかんがみて有菜は児童じどう自立じりつ支援しえん施設しせつへの送致そうちになった。

 最初は私やお父さんお母さんに面会めんかいすることもこばまれて、それでもしげもなく通っていればおもいというのは届くもの。半年くらいして久々に顔を見れた時はその場でくずれたっけ。

 それから二人で言い合った。

 再婚さいこんして姉になった私がずっとにくかった。

 大好きなお母さんがらずの他人に愛情あいじょうりまいている姿を見るのが辛く苦しかったこと。自分の父親が誰なのかもわからず、お母さんが日に日に有菜に冷たく接していくことで家族が嫌いになっていたこと。

 誰からも歓迎かんげいされずに生まれてきたこと。


 でも最後のだけは撤回てっかいを求めた。


 ―――ふざけないでよっ! 生まれて歓迎されない? じゃあ私はどうなるの! 私は嬉しかったんだよ……妹ができて。


 屁理屈へりくつかもしれないがそれでも私が有菜を好きな事実は変わらない。

 思った以上に退所たいしょも早くて私はすぐにでも妹のそばにいたかったが正直戸惑ってしまい、向こうも私達とは別に知り合いの家にしばらく泊まるとまた会えない日々が続いた。

 それから私は希望きぼうしていた海外かいがい留学りゅうがくに行き、二年後に戻ってきてからもう一度会えた。


 今はアルバイトしながら少しずつお父さんお母さんと打ち解けようとして頑張っている。家族っていう関係がちゃんとできるまではもう少し時間かかりそうだけどそれでも一歩ずつ前には進んでいる。


 あおい、これでいいんだよね?


「よしっ! ご飯でも行こっか。二人ふたりとも終電しゅうでん大丈夫? 今日は先輩せんぱいが奢っちゃうよ」

「ほんとですか? だって葵君」

「いや流石に自分の分は」

「いいのよ。今日は久々に先輩顔したい気分だから」

「なんですかそれ。まるで先輩みたいですね」

「そ。だって彼のこと好きだからそういう面も似ちゃうのよ」

「うわぁ」

「引くなよ、おい」


 生意気な後輩だこと。

 ほんと君の周りにはおかしな人がいっぱいだ。個性的でもユニークでもなくておかしいんだよみんな。まるでに選ばれたみたいでそれこそアニメやラノベ通りの世界。

 なんて想像だけはヲタクだからいくらでもできる。


 でもまだまだヒロインにはなれないなぁ私。



 × × ×



「遠くない?」


 もうすぐ時計とけいはりがてっぺん超えて日付をまたごうとしている。

 周囲は街頭もなく不気味ぶぎみにがさがさと野生やせい動物どうぶつの動く音が響き、その度に進む足が躊躇ちゅうちょするがそれでも真相しんそうを確かめるまでは俺は戻らないと決めてるんだ。


 きっかけは唐突とうとつ

 偶然ぐうぜん司書ししょになった先の民間みんかん図書としょ施設しせつで知り合った館長かんちょう高校こうこう時代じだいに行った青森あおもりけんで俺らに伝承でんしょうを話してくれた職員しょくいんさんと知り合いだった。お酒の席でもあったのについベラベラと話してしまうと「あぁ、こころえの結末けつまつね。君、それ間違ってるよ」と何事もないように言われてそれから追及ついきゅうしたらどんでん返しが眠っていた。


 あの話は最後に心替わりした神様が男の身体で世界を回ったとあり、その中で沖縄にも訪れている。そこで神の力をある場所に封印してそこから先は人間としてこの世界を回り続け生涯しょうがいを終えたとか。

 そしてその力はなんでもかなう願いと言われて今も眠っている。場所が不明なだけらしいが。


 何の当てもなく身体は自然と沖縄へ赴き、そしてあの場所へ来た。

 例の岬、始まりであり終わりでもある。


「ばーか。気付くの遅いねん、自分」

「またってこういうことですか……」


 本当ほんとう神使しんしというのは暇な連中らしい。というかまた違う人の身体乗っ取ってるのかよ。

 だが俺がこの人がこの場にいることでどうやらハズレの可能性かのうせいが少し薄まった気するのでそこだけはいいとしよう。


「やめときやめとき。あいつ生き返らせることなんてうちにも無理むりや」

「いやそういうのじゃないんで」

「ふーん。じゃあ何や?」

「……神の力なんてもん存在しないようにしたかった、それで十分じゅうぶんですかね?」


 本心ほんしんかどうかはわからないけれど俺にとってもう人間は人間らしく生きるべきで神秘しんぴの力に触れるべきではないと考えてる。だから可能性を根絶こんぜつできるならやるしかないと思ってた。


 しかしそれも徒労とろうに終わった。何故なら、


「んなもんとっくの昔に消えてるわ放置する訳ないやろアホが」

「さいですか……」

「ほなご苦労様や。無駄な出費残念やなぁ」

「うるせぇ」


 これで次のコミ◯費用はなくなったがもういい。

 さっさと東京に戻ろうと踵を返そうとしたが背後はいごよりこえってくる。


「あぁせや。これはうちの独り言だから自分は聞かなくていいし知らなくていい」


 なんだその見え見えの魂胆こんたん

 少しだけ歩調を緩めて、聞き耳を立てる。どうせまためんどくさそうなことぬかすんだろうなぁ。


いっ週間しゅうかん、青森県のとある星がぎょーさん見える場所。神様かみさまからのサプライズや」


 足は止まり、振り返るもそこには人の姿も気配もなく。

 ほらみろ。やっぱりめんどくさいじゃねぇか。

 そんなことをぼやく相手もいないがこれでタスク終了という訳にはいかなくもなり、延長戦えんちょうせん突入とつにゅう


 こうして今に至るというわけだがこれで何もなかったら今度こそあの神使ぶっ飛ばす。ついでに神様もいいだろうか。この先の人生不幸しかないとしても是非その面をおがませて頂き、それから一発かましてやろうそうしよう。

 くだらない考えは疲れを一時いっときわすれさせてくれる。数年も経てば田舎いなかというのは変わっており、山の手前とはいえずいぶん入り組んだ場所に風変り。というより山に侵食しんしょくされて見えなくなってるんですがそれは……。

 黒に染められた闇の中を手探りで歩くのは困難。おまけに地図はほこりかぶった記憶だけとか無謀むぼうもいいとこ。

 それでもいつかは答えに辿り着くものであり、ようやく開けた場所に出て空を仰げばあの時と同じ星空のオンパレードライブが開催されていた。ほんのりと嗅いだことがある雨の匂いが鼻腔を擽るも既に止んでいる。


 見上げた先に見えるものはてんおれらをつなぐもの。けれどその糸は見えず、触れず、気付かない内にぷつっと切れる。それでも手を伸ばさずにはいられず掴めたような気にもなれてしまう。

 想像そうぞうりょくゆたかなこと。

 どこかでほくそ笑んでひとりぼっちな俺を見ている神様はどこですかと周囲を見渡したところで反応なんかありゃしない。むしろこんな民家みんかも無い場所で急に声なんて聞こえたら―――。




「誰ですか?」




 女の子の声。おそおそいたらさっきまで何の気配もなかったのにうっすらと人影が見えて、やがてゆっくりとそれはこちらに近付いてきて、月明かりでようやくそれが人間だということを確認し安堵あんどいきを漏らす。ほんとなんなんだこれ、下手なホラー映画よりも怖いんだけど。


「君は?」

「私は―――です。あなたは誰ですか?」

雨宮あめみやあおい。どこにでもいる社会人しゃかいじん

「……なんか厨二ちゅうににょうみたいな挨拶あいさつですね」

「その通り。アニメやラノベが好きなヲタクなんだ」

「ヲタク? あぁ、あの気持ち悪い」

「気持ち悪い言うなよ……試しにおすすめのアニメを紹介しょうかいしてやるから騙されたと思ってみてみろ。すぐハマるから」

「いやそういうのは……え、マジでこんな山奥やまおく勧誘かんゆう殺人鬼さつじんきとか連続れんぞく誘拐ゆうかいはんとかそういうやばめの奴じゃなくて」

「あのね……」


 そう思われるのは無理もないけどもう少しオブラードに包んでもいいんじゃないかしら。

 なんてことは向こうに微塵みじんも伝わっておらず困った顔で俺の方をまじまじ見て、どこかむっとしている。


「あの本当に人、ですよね?」

「まんま同じ質問しつもんしたい。君こそ人間にんげん?」

「に、人間です! 失礼しつれいじゃないですか?」

「お互い様だ。ま、こんな山奥にいきなり人と対面たいめんなんてホラー映画えいがでしかありえないもんな」

「ですね」


 意気投合いきとうごうした俺らは吹き出して誰もいない山の中で大きく笑った。誰にも聞こえないし目撃者もくげきしゃもいない。俺と彼女だけの世界。


 こんな世界で本当によかったんだろうか。こみ上げてくる感情かんじょうにどんな名前なまえをつけていいかわからない。けど、いい。完成されたものやわかっているものなんて何も面白くも無いし興味もわかない。


 だから面白おもしろいんだ、この世界せかいは。


「雨宮さん」

「何だ?」

「神様っていると思いますか?」

「なんだ。まるでテンプレみたいな台詞だな」

「は? 意味わかんないんですけど」

「だよな、ははっ」

「……この人やばい人では?」

「やばい人だよ」


 今も昔もずっとろくな人間なんかじゃない。自分がよく知ってる。


「神様かぁ。もしいたら言いたいことがあるんだよな」

「言いたいこと?」

「うん。ずっと言いたくて、でも言えなかった」


 口を止めて、もう一度いちどそらあおぎ、それから彼女かのじょの方を見た。

 初めて会う女の子。それがこんな山奥っていうのは何の設定なんだか。

 

 それでもこの台詞せりふを言うには十分じゅうぶんぎる舞台ぶたいだ。




きみ初恋はつこいぼくください」





 

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神様、君の初恋を僕に下さい。 鏑木鉱旗 @koki1026

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