第10話さよならハッピーエンド! 10



 幸い傷が浅いこともあって1ヶ月で退院たいいんはできた。

 しかしすぐに謝罪しゃざいにくる雷木家の対応やら学校からの事情聴取に長時間付き合わされるやらと疲労しかない毎日のてんてこ舞いで溜息ぽろぽろなんのその。


 有菜に関しては流石に殺人さつじん未遂みすいということで逮捕後しばらく警察の留置所りゅうちじょ勾留こうりゅう、そこから家庭かてい裁判さいばんけることになったらしい。同席はできなかったが再犯性はないと見なされ、しばらく児童じどう自立じりつ支援しえん施設しせつ送致そうちになったらしい。

 本人もかなり反省しているようだし彼女だけではなく両親りょうしんらも「自分らがもっとあの子達に向き合ってあげれば」と後悔している。こうして家族間できちんと過去を振り返れるならきっと大丈夫だろう。これ以上は何もないことを祈るだけ。


「本当にごめんなさい。妹のしたことは姉である私の責任でもあるわ」


 一番責任を感じているのはこの人だった。

 しばらく刹菜さんは再び部屋にふさむようになったが自力しりきで立ち上がり、俺の元へもこうしてきてくれた。それにこれは神様とやらが最後の足掻あがきで起きてしまった事故みたいなもの、許す許さないもあるものか。




 


 学校はしばらく混乱こんらんして、でも次第に元の顔を取り戻して時間だけが過ぎていった。

 神様のいない日々は退屈だけど昔と違い、誰かが常にいた。

 うるさくてめんどくさくて―――でも嫌じゃない。

 素直になれないのは相変わらずだが今も昔もアップデートされることはなくこのまま欠陥部品として残ったままだろう。まぁそれでいいんだけど。五日市なんかはしきりに付き纏うので「やっぱこのまま好きになっていいんじゃ」と不意に傾きそうになりますからね!


 体育祭たいいくさい夏休なつやすみ、文化祭ぶんかさい。俺達が経験いた半年も長かったあの日々はとても早くてとても短い。されど濃厚のうこうぎる思い出は消しゴムなんかじゃ消せない程に色鮮やか。


 いつか思っていた青春せいしゅん執筆しっぴつ活動かつどうは勝手にペンが走り、つまらない本を誰もが笑いそうなベストセラーへ大変貌だいへんぼう。なんて大袈裟過ぎ。でも真っ白なページはもうどこにもない。


 それからさくらう季節まであっという間だった。


「先輩、私と付き合ってくれませんか?」


 一途いちずおもいを胸につづられた言葉はいつまで経っても慣れず、歯がゆくて整理できなくて。

 でも―――断った。彼女を見て、感じ、そして悩んだ末での決断に泣きながらも納得してくれた。傷つけてしまった事実を隠さず、これからも後輩と先輩という仲として。


「やっぱり雨宮が好き」


 ずっと知ってたからこそ改めて打ち明けられた恋心こいごころ

 抑えてきた……抑えられてたか? と首を傾げはするもこうも表に出されてしまうと思わず吹き出して、大笑おおわらいするしかなくて。


 だからこそ俺も未だに残している恋心を告白した。


 花珂かかさん以上に泣かれて、かける言葉も見つからず、その場でただ満足するまで一緒にいて―――。


 人を好きになった瞬間は年なんて関係なく青春だ。

 れようにもくすぶる想いが栄養剤えいようざいになっていつまでもいつまでも「好き」と自身に植え付けられた感情が成長していく。やがて立派な華になればようやく日の目を見る機会とばかりに打ち明ける。

 あとは咲き続けるか、枯れてしまうかの二択。残酷、だけど美しい。


 それから人生がそのページを書き込むことを終えるまで彼女のことを永遠に思い続けてその一生に幕を閉じたのだった……。





 

 と、ここまでが最近まで見た夢の一部始終いちぶしじゅうである。

 この後青春第二幕キャンパスライフ編で高校以上に大胆に迫ってくる五日市とつい踏み込んでならないとこまで行ってしまい、気まずくなるまでが人気の理由となる。そんなアニメもラノベもない。ない。


 入院生活にゅういんせいかつ存外ぞんがい長くて、やることないのが辛い。

 差し入れのラノベも未視聴のアニメも消化済。思い切ってまた自分でSSでも書いてみようと奮起ふんきするも三日坊主みっかぼうずと御覧の有様。

 つまんないなぁ。


「雨宮さん。診察のお時間ですよ」

「はーい」


 看護師かんごしさんに呼ばれて診察室へ向かうと初老の先生が「こんにちは」と柔らかい笑みで挨拶あいさつされる。こちらも返し、健康状態や傷の具合も見てもらって終わり。大体十五分くらいだ。


「うん。問題なさそうだね。退院日たいいんび明日でいいかな?」

「え、そんな急に決めれるもんなんですか?」


 つい聞き返してしまった。まだ続くのかーと思ってた矢先に入院生活最終回のお知らせ。嬉しいのだが明日ゲーセンいかね? なノリ過ぎて逆に不安なんだけど。


「大丈夫だよ。君もそろそろ飽きてきただろう」

「いえ、そんな……」

「まぁまぁ。高校生は学校で青春すべきなんだよ。私も高校の時はそりゃもう無茶むちゃわせてなかなかやらかしたもんなんだ。あれは」


 あ、これ話長くなるやつだ。

 見かねた看護師さんも思い出を語る先生をよそに「じゃあ病室戻りましょうね」と俺を連れ出した。先生ありがとうございました。


「そっか、終わりか……」


 病室に戻った俺はほそりと呟いて窓のほうを見る。

 ふわっと柔らかい雲が無数に浮かぶ空模様そらもようを直視。天気予報ではここ数日は良好で晴れ日が続くのだとか。

 少しだけ視線を落とせば風に乗って桜の花びらが無数に舞っている。

 病院前の桜並木から飛んできたのだろうか。見てるだけでも風情であるから見飽きず視界から消えるまで追っていた。


 あと数日すれば四月。

 最終学年さいしゅうがくねんに上がり、高校生活もラストクールのスタート。

 去年の今頃は五日市と放課後に訳もわからない愚痴を言い合って過ごしてたっけ。不満を抱えつつも刹菜さんの件でじっと堪えて、新学期もこうなんだろうなぁと憂鬱気味ゆううつぎみになってたらオフ会であいつにあって。


 それからの一年は楽しく、辛く、面白く―――いくら書いてもページが追い付かないくらいに充実していた。


 神様と出会う世界なんて百回生まれ変わって一回当たるか当たらないかのとんだガチャ。リセマラし足りないくらいでそのうちなげいてあきらめそう。


 この世界を今の神様がどう見ているのか。

 もし話す機会あれば訊いてみたい。本当に人の人生を操れるのなら振り回して楽しいか? きずきあげてきた関係や想いを壊して面白いか? 返答次第で存在抹消覚悟で殴り掛かれるだろう。ま、神様なんで返り討ちが関の山。


 表面上ひょうめんじょうはこの桜の花びらみたいに綺麗きれいで、少し掘れば見るのもおぞましい黒いものがうじゃうじゃ。世界は決して美しさだけでは成立しない。

 そんなところで生きていて意味いみがあるのかと問われればだんまり。

 でも無理にでもこの世界からフェイドアウトさせられるなら抵抗ていこうはする。だってこんな場所でも俺はまだいたいのだ。


 神様かみさま

 俺が望んだ世界からは遠のいたかもしれないし近づいたかもしれない。

 強いて言うなら少しだけ望みと違うところはあるけど。



「会いたいなぁ」



 君に。

 十七年と少し生きてきた人生の全てを振り返っても、雨宮蒼が大好きと断言だんげんできる君に会いたい。

 もう望みはかなわないかもしれないけど俺は―――。


「やっぱ……会いだい……なぁ……」


 言葉に出せばこうなるってわかってたのに。

 つたなみだが止まらないこともずっと奥にしまった感情が溢れてくることも。


 やっぱり好きって難しいな、ほんと。


 



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