第9話さよなら、ハッピーエンド! 9



 かみ人間にんげんを作った。だから神には敵わない。


 子供でもわかる簡単なこと。でも常識とは歴史の中で破る者が必ず現れる。

 だから世界から争いはなくならない。


「いやだからな、ほんまおかしいねん。自分」

「……なんですか。もしかして夢、っ!」

「あ、動かんほうがええで。ちょっとでもずれてたら自分こっち側だったんやから」

「そりゃ……楽しそうで」


 苦し紛れに答えると脱力感だつりょくかんいたみが身体を包み、大きく深呼吸しんこきゅうをする。

 見覚えのない天井に大きいベッドに白いカーテンとほんのりとアルコール消毒液しょうどくえき独特どくとくの匂いが鼻につーんと突き刺さる。


「病院、か」

「三日も寝るなんてロングスリーパーやね」

「刺されたら誰だってそれくらいは眠りますよ。で、どうなったんです?」

「何がや?」

「あの後のこと。今更説明の必要ないでしょ」

「……ほんま面白くないやつやなぁ」

「お、いい顔しますね」


 きっとそれは俺が初めて目にしたであろう悔し顔。垣間かいまえることさえしないであろう神使しんしがこの顔をするというのは一つの事実がそこにあるから。


 ―――った。


 すべて見通されていたはずのロジックはちょっとした回路かいろを弄っただけで狂ったのだ。人間はプログラムじゃないのでそこに感情という未知の領域が加わるけれど確かに俺はこの人との賭けに勝利という二文字で幕を下ろしたのだ。


「特になんもないで。刺された後はすぐに救急車きゅうきゅうしゃで自分ははこばれ卒業ムードは一変してお通夜つやや、お通夜つや。加害者である雷木有菜は警察に連れていかれ参考人さんこうにんとして姉も付き添って今に至る。はい、おしまい」

「未成年だから情状酌量じょうじょうしゃくりょうありますよね?」

「うちに訊くな。人間のルールなんざ知らん」


 そりゃそうだ。

 思い切って身体を起こしてみようと力を入れる。痛みはあるがなんとかできそうだ。


「動いてええんか?」

「動かない方がおかしいでしょ。三日も寝たんですから」

「……なら訊いてもええか?」

「あなたが質問なんて珍しいですね」

「悔しい話やが読めんかったからな。今回自分が考えたこの作図さくずが」

「作図なんて難しいものじゃないですよ。俺は常に動いてあなたは俺の動向にだけ注視した。最後の行動だけがまさに神の偶然ってやつですよ」

「うち?」

「はい。相手が人間なら対処はいくらでも可能ですから」


 リュナさんを目を細めた。

 未来を変える方法なんて広辞苑こうじえんにも載っちゃいないし世界中どの文献ぶんけんあさっても答えにはたどり着かない。だから方法としては二つ。

 一つは舞台のキャスティングである刹菜さん、有菜を卒業式に出せないようにすること。誘拐ゆうかいでもなんでもすればいいかと考えたが先延ばしになるだけとあんまり根本解決に繋がるさくではない。

 もう一つは―――賭け。俺が普段しないようなことをする。

 つまりは初めから自分がやられるつもりでいた。いくら俺から死ねと言われたり妹から自殺じさつ教唆きょうさされたところで本当に刹菜さんが死ぬとはあまり考えづらかったのでナイフの一つくらいは持ってきてるんだろうなぁとは思ってたからかばえば済む話。


 ただ今回の着目点ちゃくもくてんはあくまでこの人をだまくらかすこと。

 もし事前に俺が死のうと考えていれば間違いなくこの思考も読まれて神は軌道修正をしてくるだろう。神使と神は一心同体だから知られたらアウト。なんかずれてる気するけどまぁいい。

 なので直前までは。なんとかして止めれればいいなと。


 結果としてこのざまですがね。


「説明いります?」

「いやええわ。まさか百万回に一回の確率でしか起きない偶然を引き当てるんやから無理や無理」

「あ、やっぱこれ奇跡ってやつ?」

「当たり前やろ。神はなんでも見抜くんやから瞬間的に行動を切り替えたとしても時間軸じかんじくなんて関係ない」

「ですよねー流石神様」

「馬鹿にしてるやろ?」

「そりゃ大好きな子を取られましたから悪態のひとつくらいはね?」


 なんなら全力でぶん殴っても許されるとは思うがそれこそ罰当たりってやつ。


「はぁー、くそっ。負けや負け! うちの負けや!」

「あなたの悔しそうな顔を見れただけでもこの怪我の甲斐はありましたね」


 意地悪いじわるい笑みを浮かべるとくやしがった子供みたいに地団駄じだんだを踏んでいる。くっそおもしれぇ。馬鹿じゃねぇのかこいつ。


「あー! なんやその顔! 今すぐ存在消したろかぁ!?」

「いやいや病院で何を物騒ぶっそうなことを……それより例の件ですけど」

「ちっ。覚えとったか」

うそ半分はんぶんくらいにはね」


 この人が律儀に約束守るなんて微塵も思ってないが一応は言ってみる。

 しかし流石に観念したようで小さく嘆息し口を開いた。


「ええわ。生き返らせればええんやろ? ただ」

「いや待ってください」

「は?」


 怪訝な声を上げてまた睨みつけてくる。怖いって。


「その、神様を生き返らせるやつなんすけど」


 わかってる。自分でもこれが楽な道なのは。

 毎日この世界へたどり着いたらこの選択をどうするかを思索していたのだから。


 でも―――たどり着いた先はこれしかなかった。


「生き返らせなくていいです」


 静かな声で告げるとリュナさんは「ほう」と顎に手をやった。


「人間として生き返らせることもできるんやけど?」

「いりません。神様は俺の思い出の中でってことで」

「花珂佳美で満足すると?」

「満足もなにも花珂さんは別人でしょ」


 雨宮蒼あめみやあおいでも五日市侑奈ほうじょうさつきでも雷木刹菜らいきせつなでも雷木有菜らいきありなでもリズでもユマロマでもnichさんでも島張一華しまばりいちかでも北条五月ほうじょうさつきでも瀬尾川透せおがわとおるでも雪村真一ゆきむらしんいちでも海風うみかぜサナでも魔棟咲音まとうさきねでも弓南歌恋ゆみなかれんでも皆川良太郎みながわりょうたろうでも浅間結衣あさまゆいでも雨宮澪霞あめみやみおかでもひいらぎマキナでも一ノ瀬幸太郎いちのせこうたろうでも桑間洋一くわまよういちでも紀和場正宗きわばまさむねでも槻木宮葵つきのみやあおいでも出雲いづもまどかでも鹿米碧しかごめあおいでも―――ないんだ。


 みんな自分だけの物語があり、人生はその物語を題材にした小説。


「なんかしらけるけどその顔は変える気ないってやつやな」

「へへへ」

めてないわ。はぁぁぁぁぁま、しゃあない」


 くるりと扉の方へ振り返り、リュナさんは歩き出した。


「帰るんですか?」

「帰る。ついでにうちがあんたに関わるのはこれが最後さいごや」


 唐突の発言。でも驚きは走らず、妙に落ち着いていた。

 そんな気がしていたのかもな。


「覚えとくわ。あんたのことは」

「できれば忘れてほしいですけどね」

「無理やな。ま、次会うのは死んだ時やから手厚い歓迎かんげい用意よういしとくで。いやー楽しみやなぁ」

「できれば不老不死ふろうふしがいいなぁ」

「あほか。アニメの見過ぎや。ほな、またな」


 そう告げて、病室を後にしていく。

 数分後に何やら騒がしい音と「ここどこ!? 何で私ここに―――」とただならぬ声が聞こえたが察しはつく。


 これでおしまい。今はゆっくり休んで、あとはまぁ……うん、あとで考えるか。




 × × ×




 病院食は健康面けんこうめん重視じゅうしなので塩分控えめだから薄味が物足りなく感じる。

 あまり気にしてなかったけど年老いてくごとにそういう面も見つめていかないといけないんだよなぁ。荷が重いというか疲れるというか。


 事件のことは連日ニュースで報道されるも関係者は少年法により名前は非公開ひこうかい

 しかし文明ぶんめい発達はったつは一般人でもそういった情報を簡単に入手できるようにしてしまったのでぽちっとスマホから適当なSNSにアクセスすればあれよこれよと知られてしまう。

 現に俺のことや有菜のことは拡散されまくっていて「被害者も元々やばいやつ」「加害者の姉もお金を騙し取ってたらしい」「両方とも問題ある。マジで二人共くたばったほうがいい。社会に出るな」とつめたいコメントを見かける。


 確かにこんなのばっかじゃ神様も見捨てたくなる。

 けど悔いはない。

 もうあの神様はどこにもいないけどこれでよかった、そう思えるならやったことの意味はあるのだろう。

 とはいえ少し傷が残ってしまうらしいのでそこだけが代償だいしょうだが致し方なし。


「失礼しまーす」


 声と共にがらっと病室の扉を開かれる。誰ぞと見れば我らが志閃の制服姿に身を包んだ五日市がいた。


「元気そうね」

「なんとかな」


 挨拶をして五日市は俺のベッドの元まで来るとよいしょと近くの椅子を寄せて腰を下ろした。


「何をやらかすかと思ったらここまでとはね」


 あきれた顔をしながらそう言われてしまえばあははと苦笑いを溢すしかない。自業自得なので言い訳は不要。とはいえきっと説明しなければ納得はしてくれないようでじーっと睨まれている。怖い……。


「言いたいことは?」

「ごめんの一言でいい?」

「はぁ……ここまでくると泣けないわよほんと。危ないことだとは思ってたけどまさかここまでどえらいもんが降ってくるなんて予想つくわけないでしょ」

「そりゃもうご迷惑おかけしまして」

「ほんとよ。全く」


 お冠侑奈ゆうな様のようでご機嫌取りを考えるも病室じゃ何もできんし身体もろくに動かせん。いやこうみえて動くとまだ少し痛むから寝てるようにと医者から厳命されている。

 つまりこういう状況においては逃げる選択が封じられる。


「えと、学校の方はどんな感じです?」

「しばらく休校きゅうこう。だけど二人に関わる関係者は事情じじょう聴取ちょうしゅで呼び出し。私とか魔棟君とか―――刹菜先輩も」

「そうなるよねぇ」


 何ならその場にいたわけですし。

 

「で、結局真相は何? どうせ痴情の縺れとかあんたが襲おうとしたとか全部デマでしょ」

「ご想像そうぞうにお任せは無理?」

「無理」


 即答過ぎてこれにはまいってしまう。

 けれど少し考えて、やっぱりねと決めて再度口を開いた。


「ごめん。こればっかりは想像にお任せで頼むわ」

「―――殴っていい?」

「いいよ。絶対言わないから」

「ぶん殴っても?」

「威力が上がって痛そうだなぁ。でも言わない」

「じゃあ―――キスしても?」


 唐突とうとつに逆方向な発言がぶっ飛んできたので互いに頬を赤らめてそっぽを向いて、それからちらりと横目で見れば同じように五日市もこちらの様子を窺っていて余計に気まずくなる。


「あのさぁ」

「し、仕方ないでしょ! あんたがかたくなに言わないのが悪いのよ!」


 病室でお静かにと注意しようと思ったが逆に逆鱗に触れそうだ。


「五日市」


 もう一度彼女の名前を呼ぶ。

 びくっと肩を震わせていたがすぐに落ち着いて俺の方に顔をやる。これなら窓の方向いてくれてたほうがよかったけれどもういいや。


「悪いけど墓場はかばまで持ってくから、これ」


 言い切った俺の顔は勝ち誇っていてさぞ生意気に映っていること。

 しかし五日市は軽く息を吐いて、それから唇を綻ばせた。


「はいはい。もういいわよ。でも学校戻る時は少しうるさいわよ」

「嫌われ者継続ってやつ?」

「嫌われ者の方がまだましかもね。多分全校生徒から質問攻めにあうんじゃないかしら」

「うわぁ。退学届たいがくとどけって先生に出せばいいんだっけ?」

「その前に生徒会が預かってあげるわ。受理じゅりはしないけど」

「へいへい……」


 折れてくれたのかは知らんがそれ以上五日市は突っ込まず、「そういえば」と別の話題を切り出した。今期始まったアニメの話で少女漫画が原作物。五日市が昔読んでいたようで話している彼女の顔は久々に明るく楽しそうだったのでほっと安堵を下ろせた。


 なんにしてもこの事件が完全に世間からも学校からもクローズするまでは時間がかかる。

 その前に姿を消したいがもう一年は耐えないと駄目そうですねこりゃ。

 





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