第8話さよなら、ハッピーエンド! 8


「君は一体いったいなんなんだ!?」

「雷木先輩の後輩です。それ以上でもそれ以下でも」

「だったら一々いちいちくちはさまないでくれ! これは」

「家庭の問題だから? いやいやいやそれは違うでしょ。娘たちがどれだけ苦しんでるかを見抜けないからって逃げようとしないでくださいよ」

「っ!」


 きっと生意気なまいきなガキとしか見られていない。しかしそれでも言葉を、その想いを、止める訳にはいかない。ここまで呼び出して険悪なムードで終わりなんてさせねぇよ。


「せんぱ、いや刹菜さんが海外留学に行くことでどんな不都合ふつごうがあるかは想定できかねます。ですが、」

「ですが? あなた高校生の癖にうちの問題に首を突っ込んでそれで責任取れるの? ただでさえこの人のせいで」


 意気込みだけ、そう既に勢い飲まれそうな俺は少しでも冷静を保つが正直ギリギリ。

 まずなら太刀打ちできない相手だろう。


「そうですねぇ。そちらに関しては確かに首を突っ込めないとは思いますが私達の大事な人でもあるので」


 雰囲気だけではなく中身も大人であるnichさんとその隣にいるユマロマ、加えてこの場のセッティングをしてくれた元会長。彼等が自陣じじんにいるおかげで俺は何とかうったえることができる。


「責任……という話だとはっきり言って取れません。取れませんけど子供ゆえにわがままをいくらでも言えますから」

「何それ。話にならないわ」

「でしょうね。すみません……けれどこのまま何も言わずに終わらせたくなかったもんで」


 そんなのただの自分勝手じぶんかってだっていやでもわかる。


「何なの? あなたたち本当に刹菜の友達なの?」

「はい。疑うようでしたらご連絡しても構いませんけど……」


 母親はずっと目を細めて警戒を強める一方。

 そしてその様子を見ていた父親はというと。


「辞めなさい。この子らは刹菜の友達だよ」

「ふん。どうだか。大体あなたのその言い回しだって何? 自分は血が繋がってるからわかるっていうの?」

「言わないよ。君だって刹菜の母親じゃないか」

「そうやってまた……わかってないのならこの際言わせてもらうけど私をあの子達の母親として一番認めていないのはあなたなのよ!」


 まずい。

 このままだと話しどころじゃなくなる。nichさんもユマロマも互いに顔を見合わせてすぐに察した様子。


「落ち着いてください。すみません我々われわれ説明せつめいが足りず」

「申し訳ありません……雨君、ちょっとだけ黙ろうか」


 空気は最悪。誰もが彼女を宥める。

 このままいけば目論見はご破算。そんなたいそれたもんじゃない。ただ知りたかったんだ。あの姉妹を育てた人とこのきっかけを生んだ人達のことを。


 ―――黙ってればいいのはわかる。


 ―――このまま勝手に作戦を進めればいいのはわかる。


 それでも―――駄目だめだ。やっぱ言わねぇと無理むり


「そんなに血の繋がりが大事ですか?」


 俺の一言ひとことに一気に声を失い、全員が注目する。


「血の繋がりじゃないと娘と認められないのですか? あなたは」

「うるさい! あんたなんかに」

「言います! 俺のたった一人でもある愛すべき先輩のことですから隠さず言いますっ!」


 今度は俺の勢いに押されたのか母親がたじろく。

 もう我慢ならん。nichさんがぎゅっと肩を掴むがここでこの言葉を吐き出せないままなんて一生気持ち悪いし罪悪感ざいあくかんられそうだ。


「刹菜さんも、そして有菜だってあなたたちの大事な娘さんなんじゃないんですか?俺らなんかが絶対たどり着けない家族っていう一生に一度の関係なんだろ。じゃそれを守ってやれよ! 何が気に食わないのかは知らないけどこれ以上を苦しめるなよ!」


 調子乗りすぎだ。こんなに叫んでお店の人からも何言われるか。もうユマロマが強引にこの場から引き離そうとして身体が動く。でも俺だって必死に抗い、押さえつけられた口元から絞れる限りの言葉を漏らす。


「俺の! 大事なあいつらをこれ以上……これ以上……げほっ! えと……えと……とにかく! これ以上あいつらが泣くところなんか、へぶぅ!」

「流石に調子乗り過ぎよ」


 そこまでしかしゃべれないがもっともっと訴えたいことはいくらでもあった。

 けど最悪の形で幕を下ろしてしまった以上はこの人達はもう俺らを相手してくれないだろう。



 × × ×



 それが結果的に関係かんけい修復しゅうふくに繋がるなんてな。神様というやつは面白い人生を歩ませてくれるもんだ。

 あとは事前にこのタイミングで両親から二人に連絡してもらうことを依頼いらいして今に至る、こんなとこだ。


「蒼がお父さんとお母さんを?」

「いや。最後に決めたのはあの人達ですから」

「……そっか」


 嬉しそうに微笑ほほえむ刹菜さんにこっちも口元がほころぶ。きっとこの顔が見えただけでもあの抵抗は無駄ではなかったのだろう。まぁユマロマから軽く頭をぶたれるしあのnichさんからも呆れ混じりのお説教を頂くと散々だったのだが。


 これですべてが丸く―――な訳ない。むしろここからが本題だ。


「そっか、そうなんだ。結局最初から蒼君は私を裏切うらぎるつもりってことでしょ」

「ま、結果的にはそうなるな」

「嘘つき。私と一緒にお姉ちゃんを殺した罪を背負って生きていくって約束したじゃん」

「俺はまだ返事を出してないんだけどな。あ、そうそうついでに言うなら」


 こほんと咳ばらいをして有菜に近付く。あの時と同じで彼女の瞳を見据えて―――


「悪い。お前の告白を受けられん。俺、好きな人いるから」


 一つの返事を浮かせた。

 刹菜さんでも五日市でも花珂さんでもない。俺の好きな奴はいつだってあいつだけだ。この先ずっと会えなくても構わない。それでもこの感情だけはうそいつわりを持たせたくねぇんだ。

 言葉を受け止め、いやぶつけられた有菜は肩をぷるぷると震わせながら再度さいどにらみつける。


「ふざけないでっ! 私のことをずっと、ずっと笑っていたってこと!?」

「有菜。違うの。蒼は」

「うるさいっ! そもそも何なの! あんたが全てをめちゃくちゃにした癖に結局は周りが助けてくれて今度はそっち側って何様のつもりよ!」

「違うよ。わたしは有菜と同じ。罪は消えないから」

「わたしをあんたなんかと一緒にすんなっ!」


 天に届くような絶叫ぜっきょうにはぁはぁと興奮こうふん状態じょうたいが止まない彼女。


 胸騒むなさわぎは動揺に変わり、そして一気に戦慄せんりつとした恐怖に進化する。

 有菜は制服のブレザーの中にしのばせていた胸ポケットかちゃりと音と共に鋭利に光ったを取り出した。


「ナイ、フ……」


 誰がそう呟いたのかはわからないがその場にいる全員が硬直こうちょくしたかのように動けなくなった。


「殺してやるっ! わたしがどれだけ……どれだけ……」


 目から零れ落ちるそれは叫びそのもの。苦悶くもん表情ひょうじょう。その顔にさせてしまったのは他ならぬ俺だ。この状況を作り、一番苦しめていることも。わかっていた、彼女を騙すことが激昂に触れ、そのが向かれることも。


 けどこの道以外に素直に彼女が受け入れる方法なんかない。ちっぽけな頭の思考回路を何度もループさせた結果がそれだ。全く平凡というのは人間のバグだよ。神様は何考えてんやら。


「有菜。お前姉の為に嫌々付き合って来たくせに姉殺して自分の人生エンドでいいの?」

「うるっさい! うるさいっ! うるさいっ! 大体蒼君の嘘つき! 私の力になってくれるって言ったじゃんか!」

「ああ、言った。だから嘘つきだ」

「嘘つき! わたしが……私がずっと一緒にいてあげるって言ったのになんでよ!」

「ごめん……今はそれしか言えない」


 わかってる。彼女の心を踏みにじる行為だったことも。

 一人の後輩をどんなに傷つけたかも。


 けど俺はそれ以上にこの世界からこの人が、そして有菜が消える。そんなバットエンドを許容きょようできないから。例え神が決めた行為でもあらがわないといけないから。






 きっと神様の予想通りの行動なんだろう。

 俺がこいつを騙すことも。こうして彼女の心を踏みにじることも。リュナさんが今頃物影から滑稽だと笑っていることもこの世界せかいのすべてを見通みとおしている。


 たった一つの約束。

 そう、約束。思えば雨宮蒼は幾つの約束をしてきたのだろう。

 神様、刹菜さん、そして有菜。なんなら五日市にだって。ああ、でも最悪の形で叶えて上げたな。でもごめん。


 やっぱり駄目なんだ。


 俺はあの人が好きだ。五日市侑奈と恋人になる未来、それもありだ。ずっと俺のことを見ていて、そうして好きという気持ちを抱え続けてくれた。いくら俺が不貞腐ふてくされ強く当たっても彼女だけはあきらめなかった。

 雷木刹菜と恋人の未来。初恋の人とゴールインなんてそれこそヲタクとしては最高のハッピーエンドだ。きっと一生自慢できるだろうな。

 花珂佳美でもいい。あんな健気な後輩が俺のことを好いてくれる。何より俺は彼女の顔を見る度にそれこそを思い出すんだろうな。


 とにかく沢山の人が恋人になる未来は幸せに満ちたものになる。

 けど駄目なんだ。俺は、雨宮蒼が望むのはあいつなんだ。


 あの神様がいい。更に欲をいうなら、


 あの神様が初めて恋を―――初恋はつこいをしたなら。


 その相手は俺だったら死ぬほど嬉しい。

 だからもう叶わない願いだろうけど言うよ。

 きっとこれでいい。神様、たった今決めた幸せのルート。


「もういい……あんたさえ……あんたさえいなければっ!」

「おいっ! よすんだ!」

「雷木さんっ! 危ないっ!」


 きっと神様はまた怒るんだろうなぁ。自分の命を何だと思ってるんだって。

 でもさ、神様ならわかるだろ。俺は俺だって。


 いつだって雨宮蒼はどこかおかしくどこか駄目でそれでいて無茶をするって。俺は言ったぜ。神様、俺は全員が生きる世界が欲しいって。それも結局はリュナさんのうそおどらされたんだけどな。


 これでいい。

 そうして君が生きる世界に近付けるなら俺はそこに足を踏みいれる。そこでまた君に言うんだ。訳も分からないことを。


「えっ」


 ごめんなさい、刹菜さん。多分あなたを突き飛ばすなんて一生に一度ですから。

 でもこれで―――。


「蒼っ!」


 腹部ふくぶから広がっていく痛みとほんのり暖かい感触かんしょく。そうして薄れる意識いしきの中でふとある想いがまた頭を過った。


 もしあいつに初恋なんてのがあれば……そうだな。




 神様かみさまきみ初恋はつこいぼくください。



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