第7話さよなら、ハッピーエンド! 7



 沈黙ちんもくり、その静寂が一秒、また一秒と続いていく。影から見守っている有菜は今頃いまごろ「してやった」と言わんばかりの顔をしていることだろう。そして、


「あれー? お姉ちゃんどうしたの? もしかして蒼君に何か言われちゃったぁ~?」


 とどめをさしに背後はいごからひょっと姿を現した。

 ふと頭を過る―――。


 愛を伝えることが告白こくはくというなら死を伝えるこの告白は何と命名すればいいのだろう。そもそも告白なんて言葉を誰が考案こうあんしたのか。もし面識めんしきがある相手ならきっと文句の一つはぶん投げていることだろう。

 ほんと一週間前の俺がいたらさぞこの行動に対して激昂げきこうられているはず。当たり前だ。認めたくない未来を結論からして俺は受け入れたのだから。刹菜さんと有菜。二人の人生を左右するこの局面を故意に曲げようとするのが俺の役目だったのにこんな形でやってしまうことになる……。


「お姉ちゃん残念だったね。蒼君も死んでほしいって。邪魔じゃまなんだよ、ほんとに。あんたのせいでママはおかしくなったし、パパもよくわからなくなっちゃった。正直好きになれなかったよパパは。あの人の娘であるあんたもね。ぶっちゃけあんな家族かてい崩壊ほうかいするのは時間の問題だったよ。でも誰がその引き金を引くのかなーってずっと思ってた。それがあんたとは本当によくやってくれたよ。馬鹿だねお姉ちゃん。でもいいじゃん? 他の男と作った妹なんて嫌いでしょ? 私達お母さん似かもしれないけど、でも私は他人にしか見えなかったよ。あんたもお母さんもお父さんも。みんなみんな私の敵だった。ねぇもう死んでよ、私の世界にあんたはいらないの」


 愉快ゆかいに、滑稽こっけいに語る有菜はもう何も隠す気はない。

 自分でもああいっといてなんだがほんとに馬鹿げてる。思わず自嘲じちょうの笑みがこぼれるくらいだ。


「あぁ、そうそう。蒼君、そろそろ例の返事聞かせてよ。これでもう君の味方はこの学校に誰もいないんだから。私も蒼君もみんなから幻滅げんめつされてこれからひどいじめにあうんだろうね。でもそしたらすぐにSNSに証拠の動画バラまいてそいつらの人生めちゃくちゃにしてやろうぜっ! 何しろ私ら人生をめちゃくちゃにするのはプロフェッショナルだし」

「……面白そうだな」


 力ない声で応えると有菜はそれに不満なのか眉をしかめ、口をへの字に曲げる。


「もっとテンションあげようよ。せっかく作戦さくせん大成功だいせいこうしたんだから」

「成功?」

「そうだよ。この人は私と蒼君で」


「違うよ」


 会話の腰を折ったのは俺の目の前にいるもう一人の雷木さん。

 ずっとうつむいたままだが声だけははっきりと俺らの両耳に響いただろう。有菜もしかめっ面のまま姉の方に顔をやる。


「は? 何なの?」

「確かに有菜がそういう風に思っていたことはよくわかった。思えば今までこんな感じで話したことなかったね。私は自分のことを全然打ち明けないのに有菜は私のことをいつでも気遣ってくれて」

「だから何!? 意味わかんないんだけどっ!」

「わからない? じゃあこれが―――答えだよ」


 ふわっと甘い香りと共に景色は一変する。

 憎悪が包まれた空間―――そんなものはない。

 あるのはただ一つ。



 姉が妹を抱き締めているどこにでもある日常だ。



 × × ×




 数日前、学校近くの喫茶店『RABAS』にてある男が奥のテーブルで待ちわびていた。


「暇なんですね」

「まぁね。今月も気分転換きぶんてんかんに世界一周くらいしかスケジュールがない。今までがしばられぎただけの話さ」

「うわっ……え、一人で?」

わるいか?」

「いえいえ。お金持ちだなと思っただけですよ。それに一人いいですよね俺も元ぼっちなので」


 あんな事件があったのにいまだこの余裕な態度はもう生まれつきなんだろうなと元生徒会長雪村真一に悪態をついた。

 こんな風に話すのはいつぶりだろうか。受験じゅけん本格的ほんかくてきに動いたであろう今年の一月からは三年生は殆ど登校とうこうする機会はない。ゆえに卒業式の練習がある今日くらいにしか彼を捕まえることはできないので無理言って呼び出したのだ。


「驚いたよ。君から連絡が来るとはね」

「俺も二度と話すことなんかないとは思ってましたけど恥ずかしながらあなたの協力が必要な事態が発生したので」

「必要? なんだ詐欺さぎでもやるのか?」

「あなたと一緒にしないでください……まぁ間違ってもいないというか」


 すると元会長はニヤっと不敵ふてきな笑みに口元を変える。


「そうかそうか。ついに理解してくれる時がきたか」

「違いますよ。いいから話を聞いてください」






 話を終えると元会長は注文していたブラックコーヒーを一口含み、軽く溜息を漏らす。


「そうか。刹菜君の妹が……」

「あなたにとっては好都合こうつごうなことかもしれませんけど」

「心外だ……けど私がそれに対して口を挟める義理ではないことは承知してる」

「ならお願いします。その義理とやらを手にするために協力してください」

「……私に彼女を助ける資格しかくがあるとでも?」

「でも俺に借りがありますよね」

「そんなの屁理屈へりくつに過ぎない話だ」

「どうでもいいです。俺はただある姉妹を助けたいんですよ」

「無理に決まってるだろう。二兎にともの一兎いっとをもず、だ」

「生憎と俺はわがままなんんでね。ということであの二人を助ける為に協力してもらえませんか?」

「いやだから」


 結論からして数時間に及ぶ説得で元会長は折れた。ただ付きとなってしまったがそこは頭を下げにいくしかない。


「それで? 作戦の青写真あおじゃしんはあるのか?」

「一応。けですけどねこれは―――」

「……それは作戦とは言わないんじゃないか?」

「いいんですよ。その時は俺が身体を張って有菜を止めます」

「私が裏切うらぎる可能性も考慮したまえよ」

「ははは。どの口がほざいてんだ」


 じっくり話す余裕はなかったが元会長に頼むことはそこまで多くない。何故ならこの人は卒業式で唯一有菜にノーマークされる人、それだけの人選理由だ。俺が多少とも繋がりある人物ならどこでキャッチされるかわからない。しかし既に刹菜さんからも有菜からも、そして俺からも二度と顔も合わせないとされているこの男なら捕まえるのにぴったりだ。


 これで協力者は―――




 × × ×




「はぁ!? 意味わかんない! どういうこと!」


 いきどおりを俺にぶつける有菜にここから穏やかな説明なんて聞き入れてもらえるかどうか。つか無理でしょ、これ。

 ひとまず勝手に語っとくか。


「何も。ただ俺は元会長に協力して一言伝えてもらっただけだ」

「……何を?」

SNS

「何それ。陰でやり取りしてたってこと?」

「な訳ねぇだろ。大体お前今日俺にべったりだったじゃねぇか。どこにそんな隙あるんだよ」

「そんなのトイレとかに籠っちゃえば」

「あーまあそういうこともできたか。でもそこは俺だけじゃ駄目でね。刹菜さんに少しでも興味を持ってもらうには俺以外の相手にも関心持ってもらわないと」

「ねぇさっきから回りくどいんだけど?」


 にらみつける有菜に手汗がじんと滲んでく。グーの形にした手を開けばさぞ気持ち悪い感触かんしょくが全身に広がっていくだろう。


「回りくどくても説明というのは長いものだよ、雷木有菜さん」


 有菜の背後からの声に俺も視線のフォーカスを声のする方にやると立役者の一人である元会長の姿、次いで後ろにサナさんも見える。


「……あんた何しに来たの?」

「事の結果を見届けにきただけさ。気にせず続けてくれ」


 いやそれはそれで気になるからどっか行ってくんね? あんたフレンドリーにしてるように思ってるけど色々忘れてないからね? なめんな。


「刹菜さん。ここ最近俺の友人とSNSでやり取りしてるようですけどどうですか?」

「うん。なんか蒼の友達って感じ……少し熱いけど」

「そういうやつなんですよ」

「ってか蒼、彼はいいけどあの美人な大学生の人何なの? また知らない所でハーレム作ってたの?」

「いやあの人彼氏いますし……」


 えぇ……。俺助けてるのに何でこっちから責められるの?

 てか放置しそうになってるから有菜が益々不機嫌になってるので戻して戻して。


「その何だ。有菜は知ってるだろうけど俺とこの人の出会いはアニメっていうか」

「知ってる。気持ち悪い趣味持ってることは」

「ストレートに言うなぁ」


 ヲタクが今やグローバルな趣味だというのは総理大臣そうりだいじんでも知ってるのに。

 

「私もいまいち理解には苦しむがね」

「あんたは黙っててください」

「文句を言いたくなるだろう。伝言だけの小間こま使つかいなのだから」


 そんな俺と元会長の会話のやり取りに有菜は自身の疑問をぶつけていく。


「……雪村さんじゃ話すこともできないと思ってたけど」

「そうだな。しかしこの男の名前を出せば彼女は耳を貸してくれるはずだろう」

「だとしてもただSNSのメッセージ見ろってどういうこと? 今日のことを蒼君がばらしたの?」

「だから俺じゃねぇよ。いくら今日をしのいだところでまた数日後にはお前は何か仕掛けるだろうし最悪包丁なんかで刺しかねないし」

「蒼君……さっきからもったいぶってるつもりかもしれないけどいい加減にしてくれない?」

「長い話なんだよ」


 言ってる俺が疲れてきたぜ。

 でもこれは順を追わないと面倒な作戦でな。何しろ刹菜さんを救うってだけでも大変なのにこいつも救わないといけないんだからな。

 と、ここで俺のフォローつもりか、刹菜さんが一歩前に出て有菜の方を見やる。


「有菜の言ってた通り、私のせいでうちの家族壊れちゃったからさ。もう生きる意味とかなくしてたの、ここのところ。で、暇つぶしで携帯を弄ってたら知らない人からメッセージ来てて」

「それがそのメッセージの相手って訳?」

「うん。でも今日まで気付かなかったよ。蒼の知り合いだって」

「……誰? 蒼君の知り合いなんて限られるでしょ。五日市先輩? 魔棟先輩? それとも葵? それならまどかちゃんもついてくるしお得か。なんなら」

「俺の知り合いラインナップを殆どあげてくれるようだけどお前じゃ絶対わかんねぇよ。興味ないだろヲタクには」

「ヲタク……?」

「人間、沈んでるときは嫌なことに向き合おうとするより好きなことに向き合うのが一番なんでね」


 言うと、ポケットから携帯を取り出して有菜の方に見せる。画面に映し出されているのは俺と刹菜さんの出会いのきっかけでもいえるあの大ヒットライトノベル、夢恋シリーズ最新作の公式HPの画面。そこにある『ファン専用せんよう交流こうりゅう掲示板けいじばん』のチャットらん


 刹菜さんのことだからと今まで訊いてこなかったSNSアカウントについて調べた結果、案の定簡単に見つかった。もちろんヲタ垢である。

 こうなりゃこの方向から刹菜さんとコンタクトを取れるのだがここで俺が出しゃばってもそこまでの効果こうか期待きたいできない。となれば別の相手に彼女のケアをお願いするしかあるまい。

 そうと決まれば彼女の好きなもので会話を弾ませられる人見知りしない相手。脳裏にはあの親友しんゆうしか思いつかなかった。まぁその日の内に頼み込むと俺の了解も待たずにあいつは接触しやがったけど。

 とはいえ有菜に気付かれないためにはリズ、そして元会長に協力してもらってなんとか刹菜さんに伝えてもらうしか思いつく手段はなかった。別にメールとかでいいじゃんとは思うけど本人ほんにん携帯けいたいひらかない可能性もあったので一応ね念には念というわけ。


「もちろんリズだけじゃない。こういうフォローは同性からもあったほうがいいからnichさんも」

「ふーん。それであの人に頼み込んだと」

「いや下手な人より全然よかったでしょ……」

「そりゃそうかもしれないけどさ。でも気になるでしょ」

「いやおかしいからねそれ。あとあのひと彼氏かれしいるんだから……」

「かもしれないけどさ……ま、凄い人ってのはわかったよ。何の警戒も抱かせずに近付いて色々と相談乗ってくれたんだから」


 唯一懸念してたのはこの案はnichさんからのもの。俺はリズだけで行けるかと思っていたが、「女の子の不安を軽視し過ぎ」と何故か俺とユマロマが正座せいざさせながら怒られた。何で?

 しかし女の子のことは女の子が一番詳しい。しかも包容力ほうようりょく抜群ばつぐんの年上ともなるなら非の付けようがないし何より俺のヲタク仲間で信用できない人は一人もいない。


 にしても驚いた。いくら刹菜さんが一日中ふさぎ込む日はないだろうからとまさか彼女の家の近くで監視し、出てきた瞬間を狙って声をかけてくとは。俺やユマロマなら怪しい宗教勧誘しゅうきょうかんゆうのように見えたがそこは女性の大人。ジュースをこぼしてしまうという小さい事故に見せかけた事由で彼女と接触を図り、そこからうまくアニメ好きという話題わだいで近づいた。もちろん俺も怪しいとは思ってたけれど、「いいのよ。大体アニメ好きが怪しいのはきちんと相手の目を見て話さなかったり、身だしなみにつかってなかったり。それに雰囲気ふんいきつくりも大事。下手に営業的になると向こうも怪しいだろうから駆け引きが大事なの。そうすることで相手のパーソナルスペースに突っ込める訳だし」と、聞いていた俺らも貫通ダメージを追ったがこれはこれでうまくケアに回れたようで。


「nichさんからは完璧なケア済と聞いてたから不安はありましたけどね」

「ほんとあの人恐ろしいんだけど……でも今度二人で買い物行く約束した。カラオケも」

「何よりです」


 みんな知ってるよ。nichさんがただ者じゃないことは。


 さぁこれで全てだ。

 まとめに入ろう。


「SNSではリズ、オフラインではnichさんと俺のヲタク仲間が刹菜さんのメンタルフォローをし、その間に俺は元会長に頼み込んでをしてきたんだよ」

「……何それ。蒼君まだ何かやってたの?」

「あぁ。ただこれに関してはお前らもびっくりするんじゃねぇの? 今頃携帯に連絡が来てるだろうし」

「携帯?」


 有菜が怪訝けげんそうに尋ねる有菜と同じように首を傾げる刹菜さんはそれぞれ携帯を取り出す。そして、


「え!?」

「はぁ!?」


 喫驚きっきょうの声が互いに漏れる。

 一番めんどくさい仕事だったよ、ほんとに。


「蒼君、君何したの?」

「蒼……嘘じゃないよね、これ」


 信じ切れてないって顔だな。わかる、わかるぞ。

 だって俺も未だに信じられねぇもん。




 まさかお前らの両親の仲を取り持つことになるなんて。




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