第6話さよなら、ハッピーエンド! 6



 見覚えある校舎こうしゃも今日で最後だと思うと感慨深さ―――なんてのはない。

 別に一生来れないということでもないし小学校、中学校だって同じような気持ちを抱いていたのだと思う。違うとしたらわたしはあの時ほど祝福しゅくふくなんかされてない。


 行くことが最適解か? そんな疑問を抱いてしまったけど待っていることを知った途端に駆け出してる時点で分岐はその一直線しか選択できないってわかってる。だからいいんだ。これで。

 校舎を飛び出し、駐輪場ちゅうりんじょうを抜ければ体育館たいいくかんの裏に繋がるのでひたすら記憶きおくに残っている道筋を辿っていく。何度も何度も呼び出され、その度に囁かれる青春溢れた言葉を綴られて正直いえばめんどくさい。でも表上は出せないから苦笑い。それも二年のとある時期からはパッタリ。みんな薄々気付いていたんだもんね。君と関わっているからろくに相手されないとか思われていたのかも。

 体育館裏側の方に入れば裏校門うらこうもんが繋がるだけで人目はまずない。まさに打ち明けたりするにはもってこいの場所。でも訪れたわたしは表情に驚きの色が浮かんだ。


「有菜……」

「やっほ。ごめんね。わざわざ呼び出しちゃって」


 失意。顔に出さないように取り繕うも多分バレてる。そっか、やっぱ来るわけないよね。


「あ。もしかして蒼君だと思ってた? そりゃごめんね。まぁ蒼君もそのうち来るからさ」

「別に思ってないし……でも蒼来るの?」

「来るのっていうか」


 その言葉の続きよりも前に後ろから足音が響く。

 期待は勝手に膨らみ、身体はロボットのように自動に動いてしまう。そうして反転するとようやく視界に彼の姿がうつる。


「ど、ども」

「……久しぶり」


 前よりも少しやつれ気味で目を合わせようとせず、でもまたこっち向いての繰り返し。居心地悪そうだなぁ、ほんと。


「そんじゃま、わたしはこの辺で。お邪魔虫はいないほうがいいもんね」

「え、有菜行っちゃうの?」

「うん。邪魔でしょ?」

「そんなことないけど……」

「まぁまぁ。こういう時は妹の気遣いを快く受け取りなよ。はいそんじゃ」


 言うだけ言ってどこかに消えてしまった我が妹に変に疑問は抱くが元々の呼び出しは彼なのだからまちがってはいない。まあ空気的にはいてほしいようないてほしくないような。


「その、久しぶりっすね」

「それさっきわたしが言った。大体何なの? 急に距離置いたと思ったら卒業式にサプライズ呼び出しなんて。もう少し頭捻れないの? 性格は捻くれてるくせに」

「誰が性格捻くれてんだ、ああっ?」


 むきに怒るところは相変わらず。というか単細胞たんさいぼう

 その様に吹き出さない訳もなく。


「ほんと、蒼だなぁ」

「なにそれ。意味わかんね」

「意味わかんないのはお互い様でしょ」

「まだ俺の方がましでしょ……あなたは勝手すぎるんですよ」

「え?」

「知らないと思ったんですか? 留学」


 そういえばと思い返せばその通りなんだけどわたしばかりに非がある訳じゃない。だって話せる空気にしなかったのどこのどいつよ。

 でも知っちゃったかぁ。わたしの口から言い出したかったのに。


「どこ留学行くんですか?」

「イギリス。蒼も来る?」

「あと一年待たないと無理ですよ」

「待ってもこないくせに。わたしを


 皮肉ひにくみた台詞せりふ

 その切れ味がどれぐらい痛いのかはわかってるしどれ程の傷を残せるかも知ってるけど女の子は黙って傷つけられてさよならなんて言えるほど強くない。


「どう? あの子とはうまくいってる?」

「うまく、っていうかまぁその色々と変わっちまったんで」

「なーんだ。じゃあ今誰もいないの?」

「いません。昨日も五日市ときっぱりしてきました」


 清々すがすがしい顔しちゃって。女の子を傷つけたことを理解してるのかねこのヲタクは。


「ならわたしと付き合う? 長距離恋愛ちょうきょりれんあいだけど」

「有難い申し出ですし最高ですね」

「でしょ? 下手に海外で高身長の外人彼氏より慣れ親しんでヲタク彼氏のほうがわたしは好みだし」

「でもすいません。俺やっぱりのこと好きなんです」

「……そっか」


 じゃあなんで君はここにいるのかな?

 つい漏れそうな口を抑えようとするけど時間の問題。だからその前に切り上げちゃったほうがよさそうだ。

 雨宮蒼。きっとこれから先の人生で忘れたくても忘れない。わたしを二度も救ってくれた主人公。でも女の子に対しは優柔不断でどこかずれてるところもあるし振り回されっぱなしで時には大それたこともしちゃう破天荒な子。


「その、いつ帰ってくるんですか?」

「関係ある? もう二度と会わないのに」

「俺が会いたいんですよ。一生に一度ですから、こんな先輩に出会えるの」

「それ都合よくない? そういう人わたし嫌いなんだけど」


 少し嫌味ったらしく言うと蒼は苦々にがにがしい顔で目を逸らす。ほんとそういうところ駄目だよねぇ。わたしもどこに惚れたんだが。

 仕方ないか。ここは先輩をしてあげますか。


 ―――君の想像通りの先輩で。


 ―――君の初恋だった先輩で。


 ―――わたしの大好きだった君の顔を見せる為に先輩に。


「蒼、ありがと。ずっとわたしの味方でいてくれて。ずっとずっと言いたかった。わたしの隣にいた時も。文化祭で助けてくれた時も……君がいないとほんと駄目だったよ」

「駄目、だった?」

「うん。駄目になっちゃった」


 えへへって誤魔化ごまかすように笑みを溢す。

 けど、それは決して踏んではいけないスイッチだった。

 急に彼の顔から笑みが消え、目を細めるとこちらを見据えてさっき違う声気を含みながら会話を続ける。


「そのせいでどんだけ俺が困ったかわかってるんですか?」

「あ、蒼?」

「はぁ……ほんとだる。なんであんたの為にここまでしなきゃ駄目なんだが」

「えと、ごめん。なんか変なこと」

「それが変なんだよ!」


 怒気を含んだ叫び声に身体を震わせる私。

 その蒼の姿はつい数日前にわたしの瞳が捉えた姿にそっくり。私のせいで互いに難癖なんくせをつけ、 ののしりあう両親。部屋に逃げてもわたしの罪悪感ざいあくかんは消えず蝕んでいく。


「気付けよ! ずっとずっと! あんたは自分の都合で周りをひっかきまわして! 俺も有菜も他のみんなもどれだけ迷惑したか……あんたの両親だってそうだよ! 自分の娘が勝手に決めて、それを気に家族が壊れていって。全部あんたのせいじゃねぇか!」


 いや。

 いやだいやだいやだいやだいやだいやだ。お願いもう言わないで、もう叫ばないで。わたしが悪かったのは知ってる……知ってるから。


「ほんとさぁ」


 もう何も言わないでよ!




「いっそのことねばいいんじゃねぇの」




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