第5話さよなら、ハッピーエンド! 5


 ―――世界が明日滅ぶとしたら君はどうする?


 素敵すてきなキャッチコピーでまじまじと見つめた。動画が終わるとまた再生し、終わったらまた再生の繰り返し。そうしている内に家を出る時間になったのでそっと部屋を出る。

 昨晩さくばんは中々寝付けず某有名動画サイトで『自殺じさつ うつ』なんて縁起でもないワードで検索かけて適当に動画を漁ってたから寝たのは随分朝方に近いけど全然身体はだるくない。まぁ有名アーティストのつづった詩や心理しんりセラピストが語るはげましの言葉。どれも私の胸に響くものはない。


 こんな気を遣わなきゃいけなくなったのはわたしのせい。

 ぎしぎしときしむ音が響く廊下を歩くと隣にある有菜の部屋を通る。かれこそ一ヶ月は会話をしてない。わたしとすれ違う度に嫌そうな顔をして、時には舌打したうちもされた。その度にわたしが悲しそうな顔をしても全然気にも留めてくれなかったよね。ごめんね、こんなお姉ちゃんで。

 もっと楽しい家族にしたかったよ、私も。

 リビングに入るといつも通り、とはいかないいびつな空気が流れた空間が出迎えてくれる。台所だいどころにいる母とテーブルで携帯を弄る父。どこにでもいてどこにでもない。

 目を合わせない二人は当然会話もなく静寂せいじゃくただようまま。


「おはよう」


 それを無理に破ろうとしてもまるで空気そのものが拒んでいるようで何も返ってこない。わかってる。いたたまれないとかそんなんじゃない。これはわたしへの罰。今日が祝福された日だろうとわたしは祝福を受けてはならない。全てを壊したんだ。幸せにもなっちゃいけない。


「いってきます」


 この言葉を発せるのもあと何回だろう。留学りゅうがくしたらもうわたしを見送ってくれる相手もいなくなるからその時が終わりか。その頃にはどうなっちゃうんだろうね。

 父も母も離婚してそれぞれ別々の道をたどり、わたしも有菜も置いてけぼりかなこのままだと。二人で暮らすことになるのかな? 駄目か。有菜はきっと認めないもん。あの子はわたしと一緒にいると息苦しそう。いつからそうだったかはわからないけどこれでもわたしお姉ちゃんやってるもん。見えちゃうよ、そりゃ。ましてや人の感情とかは結構けっこう敏感びんかんだからさ……。


 玄関の扉を開けると日差しが勢いよく差してくる。君だけは祝福してくれるんだね。ありがと。

 卒業式―――わたしはいろいろなものから今日、卒業そつぎょうする。




 × × ×




「陽の光が降り注ぎ、桜の蕾も膨らみ始め、春の訪れを感じる今日この頃」


 去年と同じテンプレ文に思わず欠伸あくびが出そうになるがうまく殺して壇上を一瞥いちべつする。


 答辞とうじを読んでいる彼が未だ進学先が決まっていないと聞いたのは今朝教室での会話。彼女とも別れ、進学浪人しんがくろうにんすることらしい。とても昔の彼からは想像そうぞうできない姿には同情してしまう。

 今朝も廊下ろうかですれ違ったけど以前よりも大人しく少し弱ったように見えてしまい、何だか気まずかった。それでも「おはよう。雷木さん」と建前上たてまえじょうの挨拶とかちょっとした雑談くらいは交わしたんだけどさ。


 それにしてもこの学校にはほんと苦労させられた。


 一年生は変な正義感せいぎかんから色んな面倒事を止めようとしたけど結局自分が一番可愛くて何もできず。二年生になる頃も友達と思っていた子が騙そうとして、結果わたしは最愛さいあいの人を失った。


 そして三年生。私を慕うあの後輩はまたわたしを救おうと立ち上がった。何度も何度も苦しみ、その度に心が折れそうになっても諦めずに前を向いて―――わたしは果報者かほうものだな。


 わたしが最後に姿を見たのを修学旅行から戻ってきた次の日の昼休み。 陰鬱いんうつでもなく生き生きとしているわけでもなく。でも変わっていたあんな顔を見たことがない。

 もちろん心配はしたけど無視されちゃってつい態度たいどにカッとなってこっちも維持いじってたらそれどころじゃなくなってしまった。


 ―――会いたいな。


 本心を偽っても脳裏をよぎるのはその一心。だって高校最後だよ? わたし留学して二度と会えるかわからないんだよ? だったらさ……最後に全部捨てていきたいじゃん。どっかのテンプレヒロインみたいに

 

 大体期待をげるだけげておあずけという主人公しゅじんこうらしからぬ行動とかありえない意味わかんない。先輩だからという理由を免罪符めんざいふにしようとしてるつもり? 言ったよね、あわれだけどヒロインだって。ヒロインをこっぴどく振るのも主人公の役目なんじゃないの? そうして恋を失わせるのが君の仕事なんだよ。職務放棄しょくむほうきしてんじゃねーぞおら。


「お別れの歌。これまでお世話になった先生方、お父さんお母さん。後輩こうはいたちに感謝の気持ちを込めて歌います」


 思考しこうの海からちょいと現実げんじつのぞけば卒業式も佳境に入っていた。この後は退場になり、それぞれクラスごとで先生にお礼の言葉だったりリボンやネクタイを宙に投げたりとやりたい放題。今日だけは先生も寛容で笑って見過ごしてる。


 うちのクラスは何やるんだっけ。

 ろくに話聞いてなかったけどこれが思い出ならちゃんと合わせなきゃな……。


 




「ねぇねぇここに書いてよ! ここ!」

「マジで!? お前第二ボタン渡したの?」

「いやだって欲しがってたし」

「えー! さっき今枝がお前のこと探してたからてっきり渡しにいったかと」

「え、マジ? ボタンもうねぇよ」


 浮足うきあしつのも無理ない。これでおしまいなんだから。

 最後のHRも終われば記念撮影やら第二ボタン授与じゅよやらと大忙し。

 わたしは……特にないかな。なくはないけどどうせ相手にしてくれないもん蒼も……有菜も。


「どうしたの? なんかつまらなそうだけど」

「別にそんなことないです……ってかよくわたしに声かけましたね」

「いいじゃない。だって私友達いないもの」

「まさか。女子からはちょっとヤバイ人で見られてますけど男なら全然就職先として希望する人多いですよ」

「ありがと。でもわたしは就職したいほうだから」


 まるで友達みたいに会話を弾んでいるけど全然友達じゃないしなんならこの人私を蹴落けおとそうとしてたからね。おかげで退学になりかけるところだったんだから。

 恨みはないといえば嘘。だからんだかおしているこの人を見ると苛立つのは自然のことなのかなと思っているけど。


「で、サナさんは何でここにいるんですか?」


 怪訝な声音で訊くと伸ばした薬指を顎に当てながら「んー」と唸り、結局「暇だから」とくだらない返事が回答だった。

 疲れた。これ以上ここにいても残せる思い出は何もない。席を立ち、鞄に荷物をまとめるとみていたサナさんが会話を続ける。

 

「もう帰っちゃうの?」

「話す人もいないので。それじゃ、もう二度と会うことはないでしょう」

「ええ、そうね。流石にもう会わないでしょうけど……でも最後に一つだけいいかしら」


 めんどくさそうな表情をするも向こうはにこりと微笑んだ顔で返してくる。梃子てこでも諦めないよね、この人は。


「何ですか? 話だけなら訊きます」

「じゃあ簡単に。実はから言伝ことづてを預かってるの」


 胸が高鳴る音がした。動揺が顔にも出たのかサナさんが面白そうなものを見る目だがそんなことどうでもいい。嘘でしょ? もしかして最後だからほんとに別れの言葉とかそういうのぶつけてくるの? え、待って。わたし何も準備できてないしそんな直球ストレートありえないし。


「えと、あの」

「体育館裏にきてだって。ふふっ、もしかしてかしら?」

「し、失礼しますっ! その、ありがとうございました!」

「……楽しそうな顔してほんと憎らしいわね」

「もう会わないんですから。それじゃ!」


 教室を飛び出したわたしは最後にサナさんが何か呟いていたようだけどうまく聞き取れなかった。

 でも感謝の意だけは述べておいたのでこれでさよなら。


 もういかなきゃ。彼が―――蒼が待ってる。




「いってらっしゃい。悲劇ひげき舞台ぶたいへ」


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