第4話さよなら、ハッピーエンド! 4



 カレンダーに記された数字すうじをなぞるように指で追っていく。

 もっと時間があればよかったのに―――。

 そんな後悔だけが残っていく中で止まった場所は三月さんがつ十五じゅうごにち、卒業式前日。


 何もかも時間がなさすぎる。

 

 大体こんなにも多くの人の運命を変えるなんてそれこそおこがましい。ましてや俺はあの人達の血縁者けつえんしゃでもないし恋人ですらない。ただの先輩後輩関係なだけなのにどうしてこんな重たいもん背負わなきゃならんのか。

 なんてぼやいても誰も答えちゃくれんが心境で語るくらいは許されるだろう。


 今日も学校行けばまた有菜が最終確認とか言ってくるのだろう。

 いっそのことサボってしまおうか。一日くらいならバレやしない。あ、いやあいつのことだから看病とかぬかして家に来るか。

 懊悩煩悶おうのうはんのうとしているだけで時間が過ぎていく。朝ごはんを食べる余裕はなさそうだしひとまずは出るしかあるまい。

 しかしこういう時の準備が大事……いや保険とも言うべきか。手を伸ばして携帯けいたいを取りメッセージアプリを開いた。魔棟辺りにでも一言連絡を入れておいていざって時の対応を取れるようにしとく。保険大事。

 しかし返信前にトーク欄の一番上に見覚えあるアカウントから一通のメッセージ。

 恐る恐る開き、しばらく経ってから大きく溜息ためいきこぼした。よりにもよってこのタイミング……。


『授業前に会えない?』



 × × ×



「……何かふっきれた顔しちゃってうざい」

「あ、悪い」

「それだけ?」

「……色々と迷惑めいわくかけた。ごめん」

「ほんとだよ。あの日からずっとだよね」


 朝からとんだ懺悔ざんげイベントを入れ込んでくれたもんだよ神様。あ、この場合の神様はあっちじゃなくて崇拝している方の……どうでもいい。

 あんな一波乱ひとはらんを起こして以来は一言も口きいてないしどの面下げて話せるものかと避けてたんだよね正直。

 それでも五日市いつかいち侑奈ゆうなは目の前でむすっとした表情のままだがここにいる。

 朝の空き教室に二人きりなんて意味深な展開にしかならないけれど開口一番の会話として十分だろう。


謝罪しゃざいの一言で済むと思ってんだ?」


 訂正ていせい。言葉足らずのようだ。


「可能なことならなんなりと」

「今度駅前にできたスイーツパフェ行きたいなー」

「仰せのままに」

「それから今って政府せいふ公認こうにんのキャンペーンで旅費りょひが安く」

「それも出させて頂きます」

荷物にもつち欲しいからあんたもついていくのよ」


 苦い顔すると「文句あんの?」ときつい目で睨まれる。いえいえなんのなんの。

 なにしろ財布さいふがいくら軽くなっても彼女には逆らえないですし。なんだろうねほんと骨の髄から逆らっちゃいけないと本能が告げてるよ、うん。多分より意識したのは一年生の文化祭ぶんかさい事件じけん以降いこうに初めて話してからずっと。

 表情、声音、行動。一つ一つにいつの間にかかれていき、気付けばとりこになっているのかもしれない。そりゃ男子全員が可愛いというくらいに五日市は美少女のカテゴリーに十分入るから当たり前といえばそうなんだけど。


「あのさ」


 五日市はすっと重い口調で切り出す。おかげでこちらも真面目なおもむきにさせられるのだから便利なもんだ。


「またなんかやるの?」

「なんかってなによ」

「なんかだよ」

「答えになってねぇけど……まぁ、うん。やるよ」

「それ、危ないやつ?」


 首を小さく縦に振ると五日市は小さく嘆息した。


「何で私に相談しないのよ」

「言える空気じゃないだろ」

「それでも言うのが男ってやつだろ」

「無理無理。そこまで男気ないんで」

「はぁ……マジで馬鹿」


 ごめんと再度頭を下げるが未だに不貞腐ふてくされたままだ。

 でも五日市だけは絶対に巻き込めない。有菜のことを可愛い後輩として思っている以上は俺らに協力することも渋るだおるしそもそも話し合いで解決しようと止めてくるに違いない。

 だから無理。生憎俺じゃ正義感強い彼女をどん底に叩き落せるほど悪魔にはてっせないし。


「今からでも手伝えることない?」

「もうほぼ終わったからないよ」


 平気で嘘をついた。正確にいえばまだ完璧ではない。

 この数日間で。まだまだ不足天も多いだろうが人選もこれ以上ない布陣だしあとは神のみぞ知る―――なんだが最大のが残っておりいくら思考を巡らせてもナイスアイディアなんぞ捻り出てこない。

 


「じゃあ私にも教えてよ」

「いや企業秘密というか」

「……」


 黙って見つめられるの一番怖いんですけど?

 それでもこの頑な姿勢だけは崩す訳にはいくまい。


「どうしても駄目なんだ」

「駄目、かな」

「じゃあこれだけは言って。危ないことはしないって」

「……何で訊くの?」

「もう嫌なの。私の大好きな人が傷つく姿を見るのは」


 うるおわせた瞳からぽろりと頬を伝う涙が光る。その顔に笑顔なんてない。

 反則だろそんなん……なんだよ、メインヒロインみたいなこと言いやがって。変にフラグ立てさせんじゃねえよ。


「お前には関係ないことなんだ」

「関係ある」

「関係ない」

「ある。絶対ある」

「ない」

「……心配して言ってくれてるの?」

「っ!」


 思わず狼狽するもすぐに冷静がこみあげる。

 ここでバラせば全てがおしまい。


「私にとってはあんたがいなくなるのが一番嫌。その為なら汚いことだって」

「五日市」


 ぴんと通った声で静止させる。びくっと一瞬肩を震えさせ、再度俺の方に顔をやった。


「悪い。お前だけは絶対に巻き込めない」

「……そっか」

「ごめん」

「いいよ。そういう奴だって知ってるし」


 諦めたように苦笑いを乗せながらそう言うと彼女は歩を進め、教室を後にしようとした。

 一緒にいたい。彼女とまた笑って話したい。

 でもそれは―――終わってから。無事になにもかもが幕を閉じれば。


「これだけは約束して」


 入口の扉の前でくるりと踵を返す。もう表情は無理に笑っているようでいっぱいいっぱいなのが伝わり、余計に辛い。


「あの返事、絶対返して」

「返すよ、必ず」


 答えると納得したように頷き、そのまま立ち去っていく。

 明日の今頃はどういう心境だろうか。卒業式が延々と続いて、運命の場が来ないことを願っているのか。


 ほんと神様は悪い奴だ。




 × × ×




 クラスには戻れず、気付いたら屋上にいた。

 天気はここ数日晴れ模様で花粉が絶好調と連日ニュースでやっているからあまり陽が当たる外には出たくないけどここしか一人になれそうな場所がなかった。


 自然と涙は収まっていた。

 空を仰いでいたからかわかんないけど人前で泣くなんて何年ぶりだろう。


 あいつを好きにならなきゃこんなめんどくさいことにはならなかった。

 私の高校こうこう生活せいかつは雨宮蒼に出会ってからどこかずれた。私がああいう感じの人を好きになるなんて中学時代の私が聞いたら即座に否定するだろう。高身長こうしんちょうでイケメンがいいなんて言いそうだよね私なら。


 それまでに付き合ってきたどの人も私が心から惹かれたとはお世辞せじにも言い難い。

 そりゃ全部告白された側なので自分からじゃないというのもあるけどそれでも恋人って関係なら少しは変わると思ったのに私は欠陥しているのか一ミリも好きという感情が芽生えない。


 なのにあいつはそれしかない。

 だから嫌いになるべきなんだ。


 ―――きらい。


 そうだ。嫌いだ。私はあいつのことをずっと嫌いだと認識にんしきし続ければいい。

 これからずっと、二度と顔を見せない時まで。


 嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い―――好き。


 嫌いになればなるほどこれは益々大きくなる。

 ここまで私は単純な人間だったのかな。もっとずるくて悪い子になれないかな。

 あいつがやろうとしてることだって知ろうと思えばいくらでも伝手はある。

 どうせ魔棟君辺りが絡んでいそうだから脅してでも無理矢理むりやり聞き出して今からでも辞めさせれば―――無理か。どうせ私はまた蚊帳の外なんだ。

 

 だから無理矢理にでもあんな約束をした。

 アニメみたいな真似して全然私らしくないし自分でもキモいことしたなーとは思ってるけどこうでもしないとあいつの頭には残らないから仕方ない。


 いつ、どこで、何を起こすかもわからないからただ心配し続けて身を焦がす想いを燻り続けるだけ。本当に片思いってめんどくさいなぁ。


 だからその責任は取ってもらないと困る。


 その為にも―――帰ってきなさいよ、馬鹿ばか


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