第3話さよなら、ハッピーエンド! 3




 放課後ほうかごになるとすぐに校内は騒音そうおんに包まれるのは恒例行事。

 でも今日に限っては耳障りでしかなくHRが終わると同時に教室を飛び出した。

 まだ何も決まってないし決められていない。むしろ話は絶望の一路を少しずつ辿っていく。


 ―――蒼君。わたしと一つになる覚悟はある?


 結局、あの場での回答は沈黙しかなかった。多分下手に返すよりも最善だろう。気付けば有菜の姿はそこにはなく昼休み終了を知らせる。そこからは頭がホワイトアウトしていたようで何一つ考えられず、気付けば授業は終わっていた。

 誰に話しかけられたかもわからないがさっさと学校を後にして、ようやく駅に着いた所で真っ白な世界に亀裂きれつが入る。


「おい! そこに捨てんなよ! 燃えないゴミだぞ!」


 やけに大きく響いた声に顔をやれば駅のごみ箱の前で二人の男性が口論、いや中年っぽい男性ちゅうねんだんせいがスーツ着た二十代くらいの若者を注意をしただけか。見たとこ、ゴミ袋をそのまま燃えないゴミの方へ入れようとしたのだろう。


「……すいません。知らなかったんで……気を付けます」


 ばつが悪そうに燃えるゴミに投げ捨てるとそのまま若い方の男性は改札の方へと消えていき、そんな一面を見ていた中年男性は「何だあの態度は」とぶつぶつ文句をつぶやいてる。


 そうか。楽だよな。知らなかったって。どんな場面でも使える魔法の言葉だ。

 自分への罪悪感を少しでも減らせるし相手にも知らないなら仕方ないという先入観を植え付けられる。

 今だって知っていてゴミ袋を燃えないゴミに入れようとしたのと知ってて入れようとしたんじゃ後者の方が印象が悪い。ならば知らなかったほうがいい。後々の厄介事を減らすいい言葉だ。

 

 でも人を殺そうとした時にやり過ごせる魔法の言葉は存在しない。

 殺そうとしてるくらいに根本原因は根深く、止めようとするなら全員が無事というエンドは早々ありえない。なんなら全滅ぜんめつしてみんなお別れも視野に入れたほうがいい。人生、この歳でやり直しとは無念むねん

 俺が挑もうとしている正体は不明。黒くよどんでさわろうとしたら指が溶け、逃げようとした時には自分が自分でなくなる。いや世界が変わってしまうのではないか。

 論理的ろんりてきに考えよう。何度もそう思った。物事を手順てじゅんし、客観的きゃっかんに解決策を模索もさくし準備して実行。それが普通だ。

 けど、その普通が何よりも難しい。どんなに思考を巡らせても見えない壁が何層なんそうにもつらなって解への扉をはばんでいる。こんなロジックを誰が考案したんだろうか。最初の要件定義ようけんていぎから間違っているからポンコツが出来上がるんだ。


 欠陥動物けっかんどうぶつ。それが俺達人間だ。では決壊ではない生物はこの世にいるのか?

 その疑問に答えられるとしたらきっと今隣にいないあの子だろう。神様はなんだって知ってる。俺が知らないことも誰かが知らないこともみんな知っている。


「……ふぅ」


 空を仰ぎながら嘆息する。わた雲がふわふわと散らばり、呑気に泳いでいるようで気楽に思えた。あれくらい能天気でいられたらよかったのに。


「いやいやそれは無理やろ。雲に思考も感情もありゃせんよ」


 空気をぶち破って来た不快な声音をよく知っている。どうしてここに? とは不思議と疑問が浮かんでこない。考えれば答えてくれるだろうが別にどうもしない。

 ただそこにこの人がいただけのこと。


「こんにちは、リュナさん」

「おー。元気か?」


 軽く手をげたリュナさんの顔は今すぐにでもぶん殴りたくなるくらいには軽快で子馬鹿こばかにしたようにニヤニヤこっちを見てて本当に憎たらしい。いや実際に手をあげたんだけどね。


「どうしたんです? てっきりもう俺に興味も用もないものだと」

神使しんしはな常に見ておるんや。別にお前に興味があったとかやない。それがうちの仕事やからや」

「前から思ってましたが神使の仕事って福利厚生ふくりこうせいいいんですかね?」

「減らず口だけは一丁前になったようやな」

「おかげさまで」


 あんたのせいで色々と拗れたことだけは確かだよ。まぁ俺が悪い点もあるのでそこは否定しないけれど。

 目を細めて警戒を強める。何の用もなしに俺の前に現れるなんてことは地球が割れてもありえない。適当に見えるが神の使い。加えてあの子とは圧倒的に。その気になれば俺の存在だって一瞬で白紙になるだろうな。


「そこまで警戒けいかいされると悲しいなぁ」

「これまでの行いを反省してください。で? 本題はなんですか?」

「少しくらいええやないか。だべるくらい」

「嫌ですね。あなたの顔を見てると吐気がする」

「うちの顔やないからそう言われてもなぁ」


 本人からすればどこぞの餓鬼がきから嫌悪感を抱かれても大した問題ではないしこの中の人は巻き込まれただけなんだろうがこの顔は夢にも出てきそうなので二度とごめんだ。


「電車来るんでさっさとしてください、はい」

「はぁー。つまらなさは相変わらずやなぁ」


 ほっとけ。

 最後に会った時とは違い、こんなにも緊張感がないと却って怖い。

 そう思った矢先のことだった。



「単刀直入に言うわ。を返して欲しいか?」



 絶句ぜっくした。その意味が何を現すのかを考える必要もなく。

 

「おもろいなぁその顔。よっぽど好きやったんやな」

「……うるさいですよ」


 理性があってよかった。ここで激昂に駆られたところでこれからの俺が不利になるだけ。全ては神の思うがまま。


「で、本当の用件は?」

「いやだから自分の言う神様を生き返らせ」

「んな訳ないでしょ。あんたがあいつを消したくせに」

「せやな。もうこの世界から存在自体を消した。だから誰にも認識できるはずがないんや。自分除いてな」

「それってわざわざ忘れさせないでやったから感謝かんしゃしろってやつです?」

「お、してくれるんか。そりゃおおきに」


 やっぱり一発くらいならいいか? ここまで女を殴りたいと思ったのはこの人以外いない。

 わかってる。偏狭へんきょうな思考で動いても空しいだけなのは。この人のペースに乗せられてしまったのは凡庸さ故だ。冷静さがあってもどうせ崩されるのだから適当ぐらいに付き合うほうがちょうどいい。


「生き返って欲しくないんか? あんだけあの子のこと好きやったくせに」

「だからこそです。あなたは知ら……いや知ってますよね。ならわざわざ口にしなくても」

「せやから神様からの最後のチャンスってやつや」


 苦々しい顔だけが唯一の抵抗となる。

 ほんと人の神経を逆撫でするのだけは一丁前、いや神様級か。そりゃかないっこない。意気阻喪いきそそうとした俺はその顔が見たかったと言わんばかりにリュナさんはおどける。


「いやぁ最高やな!」

「そろそろ嘘でしたってネタバラシタイムじゃないんですか?」

「嘘な訳あるかい。神使が嘘なんて外道極まりない行為する訳ないやろ」

「あんたがそれ言いますか」


 今すぐ神を信仰している新興宗教団体に土下座どげざしてこい。


「本気で生き返らせるつもりですか?」

「せや。ちなみにその条件なんやけど」

「卒業式当日に雷木刹菜を殺させないこと」

「理解が早くて助かるわ」


 むしろそれ以外にあるというのか。緊張感で変な汗が手に滲む。気持ち悪くてさっさと拭いたいが操られているように握った拳を離すこともできない。


「忠告はしたる。この未来は簡単には変えられへんぞ。よっぽどのもん犠牲にせんとな」

「それがなにかを教えてくれたりしませんかね? 沖縄まで一緒にいったよしみで」

「言うかボケ」


 だよね。期待なんて微塵もしてないからいいんだけど。

 だが弱い奴はすぐ吠えるのと同じで、口を動かしてしまうのは一種の防衛本能かもしれん。こいつを殺せるものなら今すぐにでもそうしてやりたいのだが所詮は別人のお面を被ってるだけ。この先も一隙も本性を垣間見せることはない。


「ま、やれるだけやってみぃや。神様自身も認めた変えられない未来。それを覆せるもんやら

「気前良いですね……」


 そんな美味しい話には必ずどこかに罠がある。

 こんなの毒林檎だと分かった上で食すのと同じだ。


 問題は毒林檎を食べた上で死なない方法である。

 難易度なんてものじゃ図れないミッション。報酬は天井知らず。


―――卒業式の日に雷木刹菜を必ず死なすな。それで神様は生き返る。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る