第2話さよなら、ハッピーエンド! 2



本日ほんじつ未明みめい、埼玉県内にある私立しりつ高校こうこうに通う卒業生が刃物で襲われ』


 思ったよりもそれはあったかくて舐めると少しだけしょっぱい。

 混乱もせず、ただ視線をゆっくり顔に移すと最後まで俺の方を見て、ほころんでいる口元は今にも動きそう。


 でも動かない。


 失敗も失敗。リズ達の協力があったにも関わらず、有菜に行動を見抜かれてしまい、脅された俺はどうすることもできないまま刹菜さんを呼び出し、そして有菜に後ろを押されて、勢いのまま刺してしまった。

 その場から動かず、やってきた教師きょうしじんつかまり、その後警察に連行。

 そのまま逮捕ということになり、この後裁判やらと手続きが沢山あるのだろう。なんにせよ俺はもう戻れない。家にも高校ここにも。


 どこにも俺の居場所なんてないのだ。


 大人達は口を揃えて訊く。

 何故こんなことをしたのか?

 動機はなんだ?

 過去のことから恨んでいたのか?


 教師連中に限ってはわれも忘れて、容赦なく暴力を振るってきたが黙秘もくひつづけた。

 警察も一向に割らない俺の態度に頭を抱えて結局けっきょく私情的な理由という形でそのまま少年院しょうねんいんへ送られることが決まった。


 これでよかった。

 有菜の名前を一回でも吐けばすべてが水の泡。あいつはもう何も縛られることなく自由な日々を手に入れたのだからこれでいいんだ。

 俺だけが不幸?

 当たり前だ。これは今までの報いとして受け取るべき罪。


 だからこれでいいんだ。




 × × ×




 最悪の目覚めだ。


 顔を起こして掛けてある時計を見ると午後五時。受付口には本を借りようと何人かの生徒が並んでいた。

 にしても最悪。こんなんじゃ幸先さいさきが思いやられるが無理もない。

 卒業式まであと三日というところまで差し掛かっているが未だにこれといった対策案がまとまっていない訳だし。


 いつまでも対策に移らなければあっという間にその時は現実としてやってくる。

 そうなれば後戻りはできないバッドエンドしか選択肢はないのを十分じゅうぶん痛感つうかんしてるから奮闘はしているが道は真っ暗のまま。ラノベとか漫画まんがならチート級キャラが手を貸してくれるがご都合つごう主義から程通り現実というクソゲーは正反対な結果しかもたらしてはくれない。


「……はぁ」


 溜息ためいきこぼすも反応者はいない。

 時間も迫っているので図書室から出てそのまま階段を下りる。

 今日も家帰ったらまたオンライン会議だなこれ……どうでもいいけどテレワークだからサボれると思ってる社員は今一度パソコンを調べておこう。監視ツールがバックグラウンドで動いて社用携帯から悪魔のご連絡がくるとかこないとか。

 鬱憤うっぷんとめんどくささを抱えるも解消するには致し方なし。さっさと帰ろうと中履きから履き替えてる時だった。


「やっほっほ」


 最悪。最低でもそんな感想が浮かんだ。

 今すぐにでも駆け出して去りたいが怪しまれたらそれこそ正夢まさゆめになってしまう。


「……何?」

「いやー蒼君に最後の意思確認をと思いまして」


 悪魔と化したこの女を今にでも説教の一つでも垂れてやろうかと思うが俺が言える立場ではない。別に賛成していた訳でもないが即座に否定もしなかったというのは根底にそういうつもりという可能性があったということを否定しきれない。

 今はこうして警戒を強めてはいるも顔に出ていたようで有菜はぷっと吹き出した。


「どう? 覚悟はできた?」

「やるなんて一言も言ってないけど」

「あれ? やらないなんて返事も一言も聞いてないけど」

「シカトしてんだからわかるだろ」

「言葉じゃないと伝わらないことだってあるんだよ?」


 ヒロインみたいな台詞せりふを可愛く言うが話している内容は屑極まりないことである。

 周囲を見ればちらほらと下校する生徒達とすれ違っていく。こんだけ人多くなれば自然とばつが悪そうな顔になるのも無理はない。


「ちょっと場所変えよっか」






「んー、ここ。ここでしょ、やっぱり」


 連行されたのは体育館裏。日差しが入ってこないこの場所は青春のいち舞台ぶたい装置そうちとして使われることが多い、つまりはそういう場所である。

 まだ冬の名残なごりを残した風がゆっくりと吹き、対面にいる彼女の髪をなびかせている。

 にしてもつくづく今日はついてない。

 あこがれていた場所の思い出をこんな形で提供ていきょうされるなんて―――。


「寒いから早く終わらせよ。で、どうなの?」

「どうなのって言われても」

「言われてもじゃないの。なんか蒼君、少しは前向きになっちゃってるけどぶちまけた以上私は君にしか頼れないの。わかる?」

「わかりたくもないんだけどなぁ」


 好んで初恋はつこいともいえる先輩に自殺じさつ推奨すいしょう発言はつげんとか誰がするか。


「第一全然前向きじゃねぇよ。なんも変わってねぇ」

「嘘。前は希望なんてないみたいネガティブっていうか雰囲気っていうか……まぁそういう感じだったの。でも今の蒼君って文化祭の時とそっくりなんだよね、目が。お姉ちゃんをまた助けようとしてる時と同じだからあーこれもしかしてかなと思って」

「そりゃ錯覚さっかく。流石におたくら家庭の事情まで助けられねぇよ」

「助けてもらうつもりもないから。というかそこはちょっと黙って欲しかったなぁ」


 淡い口調から一気に冷えたトーンでじろっと睨みつける有菜。肩をすくめてはみるが内心は心臓バクバク。下手に探られてバレたらおじゃん。これ以上の情報展開はよしたほうがいいだろう。


「有菜。俺が断ったらどうするつもりだ?」

「どうするつもりって?」

「いや刹菜さんをどうやって追い込むのかなって。辞めろって言っても聞く気ねぇんだろ」

「おや? 変に興味津々だけど」

「そりゃあな。一応訊いとくだけ」


 もちろん彼女が素直に白状するとは微塵も思ってはいない、と割り切れるなら話は早いのだがこんな状況になってまで俺の中にいる見えないものは彼女を信じようとすしているらしい。


 とんだお節介過ぎて呆れを通り越してなんか凄げぇ。

 自己嫌悪じこけんおとか自責の念やらと啄まれて残っていないはずなのに突如はぽっこり生まれてきて随一囁いてくる。


 ―――彼女を助けよう。


 ―――許してあげよう、有菜を。


 この間nichさんにも言われたっけ。普通がどれほど難しくどれほど届きにくい存在か。

 理解してる? 説明できる? 無理だ。俺は普通という環境から常に離れて生きてきた異常者。現実ではなく非現実。三次元ではなく二次元。自分には持っていない環境を求め、いや逃げようとしてそうやってきた。


 だけど有菜は違う。彼女は決してこちら側ではなく今を、高校一年生というありふれた日常を手にしている女の子。それが逸脱いつだつした境界線きょうかいせんを越えようというのだから止めたいと思うのが普通。


「何も考えていないよ。蒼君が駄目なら私の口から言うだけ。妹と思ってる相手から言われるっていうのも中々でしょ」

「……本気で刹菜さんがいなくなってもいいんだな?」

「うん」


 迷うことなく首を縦に振り、その顔に迷いはない。


 ならばどうする? まだ自問自答タイムに入るか? いやそんな時間もないしもう答えは出ているだろう。いつだって雨宮蒼という異常者はヒール役を好みたがるのだから。


「わかった。お前がやるくらいなら俺がやってやるよ。めんどくせぇ十字架じゅうじか、一生背負ってやる」

「にひっ。その返事待ってた」


 言うと唐突に有菜は距離を詰め、狼狽うろたえる俺よりも先に顔を近づけ――。


 唇に熱いものが広がった。


 これがなにかはわかる。が、行動までは信じ切れない。

 何も身動き取れず、額、手、背中と気持ち悪い汗が噴き出し変に押さえつけられなくなる思考回路に頭はショート寸前。

 ようやく離れた彼女はまた一笑する。


「前払いだよ。これで私達は共犯者だね」

「共……犯者、か」

「そ。これからずっと、ずーっと私と蒼君は一心同体いっしんどうたい。お姉ちゃんを殺した罪を背負って生きてくの。あ、もしかして私が彼女じゃ嫌?」


 ちょいと首を傾げて問いただす彼女に先程の影響も相まって顔全体に熱が広がる。必死に取り繕うとした態度もこれで台無しだ。


「はははっ。変に照れてやがんの」

「うるせっ」

「いいのいいの。五日市先輩や神様には悪いけど蒼君なら私もいいかなぁって。あ、失礼か。一応ここ告白の場所だしこうした方がいいかな」


 ひょいと有菜は後ろに下がると背筋を伸ばし、こちらを見据える。

 次から次に何だとエラーログを吐き出す思考を無理矢理シャットダウンさせようとするがそこにさらなる起爆剤がぶち込まれる。



「ずっと好きでした。、私とずっと付き合ってくれますか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る