第2話さよなら、ハッピーエンド! 2
『
思ったよりもそれはあったかくて舐めると少しだけしょっぱい。
混乱もせず、ただ視線をゆっくり顔に移すと最後まで俺の方を見て、
でも動かない。
失敗も失敗。リズ達の協力があったにも関わらず、有菜に行動を見抜かれてしまい、脅された俺はどうすることもできないまま刹菜さんを呼び出し、そして有菜に後ろを押されて、勢いのまま刺してしまった。
その場から動かず、やってきた
そのまま逮捕ということになり、この後裁判やらと手続きが沢山あるのだろう。なんにせよ俺はもう戻れない。家にも
どこにも俺の居場所なんてないのだ。
大人達は口を揃えて訊く。
何故こんなことをしたのか?
動機はなんだ?
過去のことから恨んでいたのか?
教師連中に限っては
警察も一向に割らない俺の態度に頭を抱えて
これでよかった。
有菜の名前を一回でも吐けばすべてが水の泡。あいつはもう何も縛られることなく自由な日々を手に入れたのだからこれでいいんだ。
俺だけが不幸?
当たり前だ。これは今までの報いとして受け取るべき罪。
だからこれでいいんだ。
× × ×
最悪の目覚めだ。
顔を起こして掛けてある時計を見ると午後五時。受付口には本を借りようと何人かの生徒が並んでいた。
にしても最悪。こんなんじゃ
卒業式まであと三日というところまで差し掛かっているが未だにこれといった対策案がまとまっていない訳だし。
いつまでも対策に移らなければあっという間にその時は現実としてやってくる。
そうなれば後戻りはできないバッドエンドしか選択肢はないのを
「……はぁ」
時間も迫っているので図書室から出てそのまま階段を下りる。
今日も家帰ったらまたオンライン会議だなこれ……どうでもいいけどテレワークだからサボれると思ってる社員は今一度パソコンを調べておこう。監視ツールがバックグラウンドで動いて社用携帯から悪魔のご連絡がくるとかこないとか。
「やっほっほ」
最悪。最低でもそんな感想が浮かんだ。
今すぐにでも駆け出して去りたいが怪しまれたらそれこそ
「……何?」
「いやー蒼君に最後の意思確認をと思いまして」
悪魔と化したこの女を今にでも説教の一つでも垂れてやろうかと思うが俺が言える立場ではない。別に賛成していた訳でもないが即座に否定もしなかったというのは根底にそういうつもりという可能性があったということを否定しきれない。
今はこうして警戒を強めてはいるも顔に出ていたようで有菜はぷっと吹き出した。
「どう? 覚悟はできた?」
「やるなんて一言も言ってないけど」
「あれ? やらないなんて返事も一言も聞いてないけど」
「シカトしてんだからわかるだろ」
「言葉じゃないと伝わらないことだってあるんだよ?」
ヒロインみたいな
周囲を見ればちらほらと下校する生徒達とすれ違っていく。こんだけ人多くなれば自然とばつが悪そうな顔になるのも無理はない。
「ちょっと場所変えよっか」
「んー、ここ。ここでしょ、やっぱり」
連行されたのは体育館裏。日差しが入ってこないこの場所は青春のいち
まだ冬の
にしてもつくづく今日はついてない。
「寒いから早く終わらせよ。で、どうなの?」
「どうなのって言われても」
「言われてもじゃないの。なんか蒼君、少しは前向きになっちゃってるけどぶちまけた以上私は君にしか頼れないの。わかる?」
「わかりたくもないんだけどなぁ」
好んで
「第一全然前向きじゃねぇよ。なんも変わってねぇ」
「嘘。前は希望なんてないみたいネガティブっていうか雰囲気っていうか……まぁそういう感じだったの。でも今の蒼君って文化祭の時とそっくりなんだよね、目が。お姉ちゃんをまた助けようとしてる時と同じだからあーこれもしかしてかなと思って」
「そりゃ
「助けてもらうつもりもないから。というかそこはちょっと黙って欲しかったなぁ」
淡い口調から一気に冷えたトーンでじろっと睨みつける有菜。肩を
「有菜。俺が断ったらどうするつもりだ?」
「どうするつもりって?」
「いや刹菜さんをどうやって追い込むのかなって。辞めろって言っても聞く気ねぇんだろ」
「おや? 変に興味津々だけど」
「そりゃあな。一応訊いとくだけ」
もちろん彼女が素直に白状するとは微塵も思ってはいない、と割り切れるなら話は早いのだがこんな状況になってまで俺の中にいる見えないものは彼女を信じようとすしているらしい。
とんだお節介過ぎて呆れを通り越してなんか凄げぇ。
―――彼女を助けよう。
―――許してあげよう、有菜を。
この間nichさんにも言われたっけ。普通がどれほど難しくどれほど届きにくい存在か。
理解してる? 説明できる? 無理だ。俺は普通という環境から常に離れて生きてきた異常者。現実ではなく非現実。三次元ではなく二次元。自分には持っていない環境を求め、いや逃げようとしてそうやってきた。
だけど有菜は違う。彼女は決してこちら側ではなく今を、高校一年生というありふれた日常を手にしている女の子。それが
「何も考えていないよ。蒼君が駄目なら私の口から言うだけ。妹と思ってる相手から言われるっていうのも中々でしょ」
「……本気で刹菜さんがいなくなってもいいんだな?」
「うん」
迷うことなく首を縦に振り、その顔に迷いはない。
ならばどうする? まだ自問自答タイムに入るか? いやそんな時間もないしもう答えは出ているだろう。いつだって雨宮蒼という異常者はヒール役を好みたがるのだから。
「わかった。お前がやるくらいなら俺がやってやるよ。めんどくせぇ
「にひっ。その返事待ってた」
言うと唐突に有菜は距離を詰め、
唇に熱いものが広がった。
これがなにかはわかる。が、行動までは信じ切れない。
何も身動き取れず、額、手、背中と気持ち悪い汗が噴き出し変に押さえつけられなくなる思考回路に頭はショート寸前。
ようやく離れた彼女はまた一笑する。
「前払いだよ。これで私達は共犯者だね」
「共……犯者、か」
「そ。これからずっと、ずーっと私と蒼君は
ちょいと首を傾げて問いただす彼女に先程の影響も相まって顔全体に熱が広がる。必死に取り繕うとした態度もこれで台無しだ。
「はははっ。変に照れてやがんの」
「うるせっ」
「いいのいいの。五日市先輩や神様には悪いけど蒼君なら私もいいかなぁって。あ、失礼か。一応ここ告白の場所だしこうした方がいいかな」
ひょいと有菜は後ろに下がると背筋を伸ばし、こちらを見据える。
次から次に何だとエラーログを吐き出す思考を無理矢理シャットダウンさせようとするがそこにさらなる起爆剤がぶち込まれる。
「ずっと好きでした。雨宮先輩、私とずっと付き合ってくれますか?」
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