第17話大好きでした、ずっと 17




 長々と聞き入ってしまい開いた口が間抜けに大きく開いていた。

 随分昔のやんちゃな日々は学校中の窓ガラスを割った日々にも引けを取らない。こんなの序章に過ぎない。ごめん、そんなことしてない。

 他にも崖からダイブしたり、台風が猛威を奮う嵐の中、山に飛び込んでいったりともっと命がけなイベントが盛り沢山。もちろんあの時はなんでもできると信じ込んでいたし。十二の神々やら水の妖精の加護があると本気で思い込んだ今となっては可哀想で健気な厨二病罹患者としみじみに思える。まぁオチとしては澪霞に正座で差時間ぶっ通しに説教されたことでようやく俺は現実に帰って来れたらしい。冷たい寒い凍える許して澪霞すまん俺が悪かった。


「というわけでした。なのでこのノートは私の宝物でもあり現在もこうして持ち歩いているわけです。ほんとは早めに見つけることできたんで渡そうと思っていたらずるずると引きずっちゃって今に至る、という訳です」

「それ宝物にしちゃったかぁ~」


 不満げに言うとむくれて見せた顔がふぐみたいで可愛い。


「もうちょいと素直にお礼言わせる空気にしてくれてもいいじゃないですか。私話すのめっちゃ緊張したんですよっ!」

「悪い悪い。いやあまりにも滅却したはずの存在しない思い出だったものだから」

「黒歴史は永遠と残るんですよ」


 この報告は雨宮蒼に深く刺さった。

 脳内ナレーションは酷く響くがおかまいなしに花珂さんは語り続けていく。


「とにかくこの本についてはこれでおしまいです。まあ態度も改めたようなのでまた時間置いてツッキー君やまどかちゃんには謝ればいいんじゃないですか?」

「ああ、それは」

「謝るんですよ?」

「わかってるって」


 疑惑の眼差しがひしひしと向けられる。痛い辞めてわかってる本気の本当に今回は雨宮蒼の非だ。土下座の一つや二つしたところで受容してもらえるとは思ってはいない。

 だが言葉より行動。それしか心無い言葉で殴ったことと幼稚さゆえの暴力に対する反省は見せることができない。

 まもなく最後の授業も終わる。時間を置けというがこういうのは気まずくなってからじゃ遅い。生徒会室前で待ってれば来るか。


「悪かった。その、謝ってくるわ」

「ほ? 今日行くんですか?」

「後の方が面倒だろ。やれることは今日の内に終わらせたくてな」

「そりゃ感心します。でも雨宮さん、まだ話は終わってませんよ」

「へ?」


 まだ何か? と首を傾げるが向こうはその様子に呆れたような溜息を漏らす。


「そもそも私が会いに来た理由は心配してきたからですよ。正直に話してください、何があったんですか? 今更何もないと言いませんよね?」


 話題が揺れ動き、動揺が全身に走る。手汗がじわじわと滲み出て気持ち悪い。

 わかってる。もう今更隠すことはできまいと。ただ神様の話はともかく有菜についてはリスクがある。バレたら最後。今の彼女の殺意がこの子に向けられたとあればどのようにして責任を取れるのか、いや取れない。無理に決まってる巻き込む方がおかしい。


「雨宮さん?」

「あーまぁなんだ。言い訳とかじゃないんだが正直に話しづらい」


 つまりはこう答えるしかない。

 一瞬目を見張った花珂さんだがしばらくじっと視線をこっちに定めたまま、やがて軽い微笑に切り替えるとゆっくりと口を開いた。


「信じてくださいよ、私を」

「……いやでも」

「もちろん全面的信用を置けなんてことは言えません。そりゃ私も女の子だからなんでもかんでも受け止めてほしいなんて言われちゃわくわくもんなんで謹んでお受けしますけど、今は雨宮さんが楽になれる方法にしましょ」


 と、花珂さんは俺の手を取るとぎゅっと自分と手を握り合わせた。

 暖かさというのが率直だけどそれでも悩める男子高校生にとっては心の壁を溶かすに十分かもしれない。


 守れるだろうか。

 雨宮蒼はもう一度現実と向き合い、もう二度と誰も失わずに済むだろうか。

 賭けてもいいか? もし俺の周りでこれ以上誰かがいなくなる未来が選択されてしまうのなら俺も消える。いなくならなければ俺はもう一度この世界と向き合う。


 ―――もし佳美さんがまた同じような目にあったら、助けてあげてくださいね。あの時のように


 昔の俺は確かにヒーローだったのかもしれない。

 誰かの為に自己犠牲を恐れず、突っ走ってく姿に呆れる者しかいなかった世界。でもその行動の裏には何があった。

 俺は守りたかったんじゃないのか?

 彼女達を、そしてあの日々を。


 未だに引きずっているのなら再度断言してもいい。

 俺の知っている神様はもういない。もうどこを探しても見つかることがない。あの声も肌も空気も。目の前にいる彼女でも鹿米碧にもどこにもいない。

 言いたかった。あの時、俺が一番大好きだった女の子のことを。

 北条五月でも、雷木刹菜でも、五日市侑奈でも、花珂佳美でもない。


 大好きなのは君だったんだ。


 けどもういない。

 この世界に君はもういなくなってしまった。

 あんな幻想見せられ、忘れかけていた自分を彼女はきっと許してくれないだろう。許されるはずがない。許してもらおうとも思わない。

 だから今考えるしかない。問い直すしかない。

 彼女はいつだって俺の周りを見ていた。雨宮蒼という一人の人間に渦巻く人達のことを考えていた。


 ―――あなたはどうして……どうして自分の事しか考えないのですか?


 懐かしい問いだ。

 あの答えから随分と行動を改めたつもりだったが本質は何も変わっていない。

 未練がましく一人の女の子を女々しく思い続けてるせいで触れるもの全て敵としか見えてない狭い世界の持ち主。雨宮蒼の青春の日々はそういう彩なのだ。


「聞いてくれるか?」

「はいっ! 雨宮さんの役に立つなら喜んでっ!」


 はにかんだ微笑みを乗せた表情が愛おしい。その面影にあの子がやはり残ってる。鹿米碧が同じように笑うと同じ感想を漏らすのだろう。


 もう一度。

 あともう一度。馬鹿みたいなヒーローを演じれるのだろうか。雨宮蒼はもう一度大判振る舞いで一人の女の子を救えるのだろうか。

 雷木刹菜を救う物語から始まり、雷木刹菜を救う物語でピリオドを打つ。踏み越えてはいけない領域にいるとかいないとかもう関係ない。最初からあの人と俺は友達という関係であり、その事実だけは神様だって認めている。だって神様が決めた事柄なんだろ。

 今だって俺が再起しようとしているこの時も全部掌の上で見ているんだろ。なら躍らせてやろう、マリオネットになってやろう。もう二度とあの子に会えない事実が目の前にあったとしても俺は結局逃げれないし真意を突かれればこの通りころりと変わる調子者に違いない。

 軽薄だと思われてもいい。芯がないと呆れられてもいい。


 守りたい人がそこにいるから。守りたい物がそこにあるから。

 これ以上未練を残さず、振り切るように。

 以前、青春という名のページに毎日コツコツと執筆活動していると言った。喜劇的な表情だがある意味的を得ているんじゃないだろうか。だって人は思い出が大好きだ。残しておくことが好きだ。

 だからあとで見返すときにその記憶は鮮明に残せる。それが自分が開放的であればあるほど。自らを晒し出し、何もかも賭けれる覚悟とそれに比例する歓喜。

 これを青春と呼称せずしてなんと呼ぶか。

 さて思考の海からそろそろ覚めるしよう。

 何しろこれから先、やらなきゃいけないことが盛りだくさん。雨宮蒼、高校最後の大舞台。いやほんとにこれで最後にしてください。


「それじゃまずはそうだな」


 後の一年は他の奴と変わらず、高校生らしい設定でやっていかせてほしいもんだ。こんな非現実的な日常はここでおしまい。神様がいるいないなんてもういい。

 終わり、閉幕。

 やろう。雨宮蒼。


 ずっと大好きだったあの子が笑ってくれるように。



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