第14話大好きでした、ずっと 14
三月の授業なんざ殆ど午前中で終了、なんならテスト休みも含めると学校へ赴く回数なんざ手の指程である。
とはいえ例外もある訳で今日はその例外の日。
面倒なHRなんかそれこそネットを通して配信でもしてくれればいいものを。時代に取り残されてるよなー俺ら。
屋上は未だ出入り自由状態なので一人購買で買ったパンを口にしている。
周囲は誰もいない。というのは常識ある人なら当たり前で本日の予報は一日雪、そう三月にも関わらず雪。
そしてばっちり的中し、鼻から冷たい感触がじわっと広がっていくのが刺さるがこれはこれで気持ちいい。髪にも肩にも雪は容赦なく降ってきて、全身が凍っていくような感覚。スキー場で不十分な格好だとこんな感じなんだろうな。
「すいませーん。屋上閉鎖するんですいませんが出て行ってもらえます?」
そんな気分いい時間は続くわけない。そりゃそうなるよな。
諦めて立ち上がると声のする方にいた奴が見覚える方で思わずそっぽを向いてしまう。
「あれ? 雨宮先輩。奇遇ですね。あ、それと遅くなりましたがあけましておめでとうございます」
「おせぇよ。今何月だと思ってんだよ」
「いやまあ第一声はそっちのほうがいいかと」
はははと苦笑いする槻木宮葵。なんだろう、心底むかつく態度の奴を最近見たような気もする。てかもう一人後ろでぴょこぴょこ覗いてるが確かまどかさんだっけ。相変わらず微笑ましいことで。
「悪かったな。それじゃ」
「あ、その先輩、今お時間とか」
「ない」
ぶっきらぼうに言ってその場から去ろうとするががしっと手を掴まれた。うわ、気持ち悪っと思ったが相手は発言者である槻木宮ではなくまどかさんの方で上目遣いでこちらを注視している。よくわからんが君の彼氏に変な誤解とか与えなくないので早々に離してほしい。
「えーとごめん。離してほしいんだけど」
「あ、ごめんなさいっ! でも雨宮先輩が葵君の話を放置してどっか行こうとしたのでつい」
「あーうん。その通りなんだけど正直に言うとあんま俺に関わんないでほしいっていうか」
隠す気はない。
下手に言うとこういう連中は半ば諦めが悪いのだからな。特に槻木宮は一級品だろう。半年くらい前にこの目に映った光景は中々忘れようがないインパクトが強いものだった。
てかもういいだろ。無理に引き離してそのままドアの方へ歩いていくが後ろから声が降りかかる。
「雨宮先輩、最近生徒会室来ませんね」
「理由がないしそもそも俺は生徒会の人じゃねえ」
「……五日市先輩の言う通りですね。僕らに距離を取るようになったというのは」
踏み出した足が止まる。
なるほど。そうと分かれば苛立ちが自然と集まっていく。
再び足を踏み出そうとするが止まった隙に前に立ちふさがる者がいた。
「お願いします。話だけでも聞いてください」
「どうせ俺がこうなった理由でも訊けとかだろ? 知るかよ。君には関係ないだろ」
「あります。文化祭の時、先輩は葵君を助けてくれましたっ。だから私にとっては」「だからそういうのが迷惑なんだって言ってんだよ!」
言い放った言葉の刃は鋭くて、強く言ったかと思うが遅い。
涙目になった彼女は顔を俯き、その場で立ち尽くしたがこうなると面倒なのは後ろだ。
それが答えと言わんばかりに今度は肩を掴まれた。
「まどかは何も関係ない。そのまどかに当たるの辞めてもらえませんか?」
「当たるって何だよ。お前らが俺に声かけたのが悪いんだろうが」
ああ、何だろう。
一人にしてくれというのにどいつもこいつも。その上厄介事にも巻き込もうとしたりして。もうお前らにもこの世界にも興味なんかない。いっそのこと終わらせてやろうとも考えたさ。
「お前何なの? さっきから」
「生憎と僕は生徒会役員でもありませんがまどかが生徒会役員なのでまどかの頼みならあなたを元に戻す必要があります。五日市先輩の願いでもありますし」
「元に戻すってなんだよ? アニメの見過ぎなんじゃねえの?」
「かもしれませんね。一ヲタクの癖に現実と二次元の区別もつかない男ですから。ですがそれくらいの大往生を振る舞ったのがあなたですよ?」
「うるせぇな。お前何が目的なの?」
「目的はまどかが笑う顔ですが?」
「意味わかんね。平気でそういうことを言える精神がわからん」
「あなたこそいい加減にしたらどうです? 変に意地張ってるあなたの方がよっぽどみっともないです」
かちっと何かが壊れる音がする。
でもそれを気にする前に俺の身体が動く。右手で槻木宮の胸倉を掴み、近くの壁に押し付ける。強めに押したせいで槻木宮の表情が苦悶に変わっていく。
「辞めてっ! 葵君をこれ以上」
「……ちっ」
手を離すとすぐさままどかさんが駆け寄る。当の本人は俺を睨みつけて離さないが痛くも痒くもない。
長居は無用だとドアから踊り場に入り、そのまま階段を降りていく。
改めて実感するのはあの半年間でより沢山の人と付き合ってきた事実が骨身に染み渡るように感じる。放置しろと言われれば今まで誰も声なんかかけなかったのにここまで付き纏われるのは不愉快極まりない。自分で蒔いた種? そうかもしれないが俺は関わるなと言っているんだ。それなのにいつまでもついてくるあいつらが悪い。
面倒、ああもう何もかも面倒。
このまま有菜にも連絡通さず、卒業まで待つか。高校さえ抜ければ二度と会うことはないだろう。それに今の俺に何ができる? 有菜は本気だ。刹菜さんを救った時とは状況も違うし助ける理由もない。
強引に止めることならできるかもしれないがそれで根本的な解決になるか?
はっきり言って雷木家の家庭環境に干渉しても元に戻る確率は相当低い。もちろん有菜の話が本当ならばだったらだが。これが少し早いエイプリルフールなら心底反吐が出る。二度と顔も見たくない。
ずっと傍にしてくれる? 逆だろ、二度と近づかないようにするの間違いじゃないのか。それなら少しは納得がいく。
階段を何段降りたかは覚えてないがそろそろ教室がある階層に着くだろう。後ろから誰も来ないのは未だにあいつらは屋上か。追ってこないことを見るに諦めてくれたか。そりゃ助かる。俺だってやりたくてああした訳じゃない。ただ突っかかってきた障害が出たので仕方なくだ。
言い訳をする犯罪者みたいな供述しか出ないのが俺らしい。
何がラノベ主人公だ。一人の女の子も救えず、神様に騙された哀れな男がここから再起する物語でもあるというのか? 無理だろ。現実は二次元のように上手くいかない。それをこの身を持って知ってるはずだ。
「みーつけた。雨宮さん、こんにちはっ」
また俺の足を止める障害が出てきた。
ふと顔を上げた先にいたのは先程同様後輩の一人。その紺色染みた黒髪と小柄な身体。俺の世界を狂わせた最初の人物。
「お久しぶりですねっ。あ、あけましておめでとうございますっ」
「お前もそれかよ」
君らまだ正月気分なの? なめんな、勉強しろ学生。
「何、花珂さんも何か用?」
「はいっ。バリバリ用事があります」
「上の二人と関係が?」
「いえすっ!」
花珂さんはきらっと横ピースを決めて、ついでにウインクのおまけ付きで肯定の返事を促す。ああ、どうもどうも。なんかまあ可愛さ上がっていいと思うけどなんだろうか、このラノベのサブヒロイン感溢れる感じ。前からこんなことをするような子ではなかったとは思うが月日は人を変えてしまったのか。
とはいえ上二人に関係あるというなら目的は同一。
ならこちらの対応にも変化はない。
「悪い。もう俺には」
「どうしたんですか? 雨宮さん、そんな意固地になって」
人の逆鱗に颯爽と触れてくる辺りは神様と変わらないなこの子は。
溜息を漏らすのも面倒で無視して、階段を下りてこうとする。
「何で無視するんですか? 何か悪いことしましたー?」
「はっきり言っていいなら言うけど多分メンタル傷つけるからそうなる前に消えて」
「その言い方が雨宮さんらしくて安心しました」
そういう口ぶりも何なんだよ。
遠慮しようと思った俺が馬鹿だ。本気でこいつらと疎遠になるなら袂を分かつ覚悟でやっとかないと。もう俺も限界だ。
「いい加減にしてくれよ!何だよどいつもこいつも! そんなに俺の邪魔をしたいのか!? どいつもこいつもいい加減にしろよっ!」
「……雨宮さんはそんな人じゃないって」
「うるせぇよ! お前に何がわかるんだよ!? 神様だからって調子乗んなよ!」
「え」
つい口が零れてしまい、目を逸らす。しまった。まだ俺はそんなこと言ってんのかよ。
つかなんだよ、この構図。後輩に対して怒鳴り散らす先輩とか情けないにも程がある。それも全部こいつらが関わってくるせいだ。俺は構うなというのになんなんだよ。誰が声かけろって頼んだんだよ。一人にしろって言ってんだから一人にさせてくれよ。
「……死ねばいいか?」
「え?」
「俺が死んだりすりゃお前らと関わらなくなるか? あーそれともあれか? 不登校にでもなってやろうか? そうすりゃ二度と顔見せなくて済むもんな」
へらへらと薄ら笑みを浮かべながら何とも言えない言葉をただ並べた。
本心? どっちでもいい。俺の人生が高校二年生で終わるのも悪くないだろう。そうすれば次はまともな人生送れるSSRキャラに転生でもできるはず。ああ、それで、
「馬鹿ですかっ!」
「へ?」
「ばか……なんですか……あめみ……やさん……」
「え? ちょ、何で泣いてんだよ」
唐突に泣き始めるとか情緒不安定にも程あるぞ。ぽろぽろと瞳から零れる涙が頬を伝っていき、やがてタイル床の地面に一つ、また一つと落ちていく。傍から見れば俺がいじめているようにしか見えない絵図。
すれ違い様に見る生徒から奇怪な視線が突き刺さって居心地悪い。
「あーなんだよ。泣くことないだろ、なぁ?」
「だって……死ぬっていうから……」
「は? いやあれは」
「雨宮さんは……わかって……ないから……本当に死のうとするのが……どんなに怖い……かって……」
「いやそりゃ」
「わからないですよっ! 本当に死のうとした人じゃないんですからっ!」
叫ぶとそのまま一目散に俺の前から駆け出していき、次第に響いた足音も聞こえなくなり、休憩時間終了を知らせるチャイムが大きく鳴った。
そういえばそうだった。
そうだったかもしれないけどもうかまうなよ……知らねぇよ、どんな事情があったかなんて。
いい加減に一人にしてくれよ。
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