第13話大好きでした、ずっと 13
家に帰宅してから渦巻くように一日の出来事が
これこそ夢ではないのかと思いたい、という願望だけが残るが結局現実は現実。でもそれを事実と認めることを抗うのが人間ってもの。
改めて
繰り返す、雷木有菜はそんなことを言わない。
でもそれこそ俺の理想像を押し付けているだけの話。実際今日起きたことが虚構の事象じゃないなら彼女は何者なんだろう? 俺は彼女の何を知っていたのだろう?
机に置かれた携帯を一瞥する。
このままスルーしていいことではないのは理解している。理解していても実際にどうすればいい? また救おうとする? 無理だ。もう雨宮蒼にはそんなことを気力も根性も行動力もない。
それに俺は一度あの人を振っている。
刹菜さんだって知っているはずだ。誰を選ぼうとしたか。
それでもまだ俺を求めているのかよ。一人の女の子も救えなかった馬鹿な男を。
考え事を底をつき、このまま寝るのも後味が悪い。
決心し、携帯を手にすると通話アプリを使い、有菜に電話を掛ける。時間も時間だからかからないことも一考したがすぐにがちゃっと音が耳から響き、数時間前に聞いた声が流れてくる。
『おー意外と早かったね』
『うるさい』
『ま、何でもいいけど。それで? これは協力体制を取ってくれるという認識でいいのかな?』
『いやまだ決めあぐねているが一つ疑問でな』
『疑問?』
『死ねって言わせてお前はあの人をどうしたいか。まさか言葉だけで本気で人が死ぬなんて思ってないだろ』
訊くと暫くは返答はなく、数十秒の後に笑い声が携帯のスピーカーから飛び出してくる。
『ははははっ! いやー蒼君みたいなヲタクは言葉だけで人を殺せるって信じてるもんだと思ってたけど』
『馬鹿にしてんなら切るぞ』
『冗談、冗談。でもそうだね、カラクリだけは教えてあげないと』
嘲笑う様が容易に想像でき、ちょっとだけ携帯を握る手に力が入る。馬鹿にするにも大概にしてほしいが今のこいつにそんな訴えは無意味か。
『お姉ちゃんの今の心境はどんな感じか想像できる?』
『家庭崩壊のキーを引いたことで自身の後悔に啄められ毎日ストレスで人とろくに話せない』
『うーん、実際にはもっとひどいけどね。だってご飯は全然食べないし部屋から独り言が聞こえてきて、「言わなきゃよかった」とか「私のせいだ」と嗚咽混じりの声が聞こえてくるし、あとなんか』
『……大丈夫なんだろうな?』
『あれー? もしかして心配ですかぁ~?』
『赤の他人でも普通に心配するだろ。自殺を考えてもおかしくない話だぞ、それ』
だがこの発言が実は今回の話のキーでもあるらしくて有菜からは明るい声が聞こえた。
『そうっ! それなんだよ、それっ! いやーまあ普通に考えたらそうなるよね。自分のせいで家庭が崩壊して、留学の夢も断念。そうして生きがいを失った人が行き着く先ってもうそこしかないじゃない?』
『それでも誰かに励ましてもらうとかすれば』
『ないない。お姉ちゃん、自慢じゃないけど小中で親友って呼べる相手なんかいないよ。集まってくる人は見た目とカリスマ性に惹かれた馬鹿な連中。本気で自分を考えてくれる人なんて世界でたった一人しかいないって思ってるはず』
そういうことか。ここまで来て、ようやく話が読めてきた。
精神状態限界寸前の人間が未だに支えにしている人が自分にはいると信じている。
ではもしその人から死ねと言われたら?
小学生だってわかる残酷な計算式だ。
昨今の苛め問題だって直接手を下さなくても、言葉で人を殺すと明言されるくらいには第二の凶器と呼ばれる変幻自在の刃物。
『……ここまでの話をバラして俺が素直に協力するとでも?』
『あ、やっぱり駄目?』
『……』
『煮え切らないなぁ。きちんと言葉にしないとわかんないぞ』
今すぐにでも携帯をぶん投げてやりたいぐらいに自制が効かなくなってきている。
でもこいつの腹の内では俺がキレることも入っているはず。故に挑発にも思える煽りに負けたらそこで切られ、別の方法を思案するに違いない。
『ま、お姉ちゃんを殺そうなんて物騒な妹は世界広しといえど私だけだしね』
『有菜。その』
『どうしてそうまでしてお姉ちゃんを殺したいのかっていう質問なら蒼君が覚悟を決めた後にお応えします。これ以上は私からの情報はなし。さて、どうかな?』
悪魔にしか思えない残光な提案。乗るか乗らないかなんて一般的教養を受けた高校生なら考える必要性はないはず。
でも、俺に即答することはできなかった。
わかっているのだろうか。これは殺人幇助になりかねない行為。
『ねぇ、蒼君。黙っていたままじゃわかんないよ? どうすんの? ねぇ?』
YESと答えられる訳ないだろ。
俺の初恋でもあり、初めての彼女でもあったはずのあの人を殺す。つまりこの世から存在を消す。消える、もういなくなる。
笑った顔も怒った顔も悩んだ顔も。一つ一つの感情が見えない、もう顔を合わせることすらもなくなってしまう。そんなの嫌、駄目。例え誰かがやろうとしているならば身体を張ってでも止めるべき行為だ。
『あ・お・い・く・ん?』
もう時間はない。
答えない方が今の彼女が何をするかわからないのだから何かしらは発言をした方が自衛にもなる。でもどうする。また考えさせてくれと言うべきか。それとも……駄目だ。わかってる、でも今のこいつにNOという返事は……。
そんな俺を呆れ果てたのだろう。電話口から溜息が漏れる音が聞こえてきた。
『はぁ、まあいいや。とりあえず卒業式当日までよろしく。あ、お姉ちゃんにこの事をバラすならそれでもいいけどそれが果たしていいのか悪いのかはよく考えてね。それじゃまたねー』
ぷつっと音が切れ、静寂な空気だけが俺に付き合ってくれる。
こんなはずじゃなかった、こんなことにしたくなかった。
そんなの言い訳でしかないのにどうしてだろう。
どうして俺の人生はこんな形に歪んでしまったのだろう。
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