第12話大好きでした、ずっと 12





「死ね、か」

「うん。死んでほしいの、あの人を」


 夢なら悪い夢だ。

 あの有菜が、実の姉をそんな風に言うなんて。

 文化祭の時だって心配して、それこそ俺が出会った当初からこいつはシスコンと呼称できるくらいには姉が大好きだった。


 そんな子がはっきりと実の姉を死んでほしいと口にした。


「流石に蒼君も信じられないか。でもこれなら信じられる?」


 と、鞄から一枚のクリアファイルを取り出し、その中から一枚の紙を取り出すと俺の方へ差し出してきたので受け取った。


「……おいマジかよ」

「えへへ。我ながら馬鹿な作戦だったけどお金持ちが味方に付くと凄いよねぇ」


 目を疑った。

 ありえない。この文章は少なくとも俺としか周知していないはずの内容だ。


、まだ大学決まらないらしいですよ。というよりこの時期に決まらないって絶望的ですよね。進学先決まらないのに卒業って」


 疑問を確信に変えてく発言を聞き逃したかった。けれど今の俺には有菜の声がしっかりと吸収されるので一字一句聞き間違い様がない。

 いつの間にか手に力が入り、紙がくしゃりと鳴る。しわが出来た紙を見て、「あーあ」と一声上げる有菜。それでもから始まるその文字列はくっきりと認識できる。


「……お前のせいで」

「そうだよ。今年、去年の文化祭事件の真相は私でしたー。というかこういうのってアニメだと改めて自己紹介するんだよね」


 こほんとわざとらしく咳をすると有菜はもう一度屈託のない笑みを浮かべる。


「初めまして、こっちが本当の雷木有菜です。よろしくね、蒼君」




 × × ×




「全部、ぜーんぶお姉ちゃんが悪いの。どうしてか? ずっとお姉ちゃんばっかり贔屓されてきたもん。パパもママも「刹菜が、刹菜が」ってうるさい。え? 私のことも考えてくれてる? ははは。馬鹿じゃないの、ママはともかくパパに至っては血が繋がってないもん。うん、今のパパと血縁関係なのはお姉ちゃんだけ。え? 私? あーなんか話が重くなるんだけどパパと付き合う前に付き合っていた男と色々関係持ってつい、ね? 当時は離婚秒読み間近だったけどママも反省したから結局当時生まれていたとお姉ちゃんの後につい一時の過ちでできちゃった私が誕生っていう訳。そ、つまり元々私は誰からも歓迎されずに誕生した悲しい子なんだよ、蒼君」


 質問一つ一つをあっけらかんとした態度で答え、末には自分がいらなかった子と締め切った有菜。彼女が俺の知っている雷木有菜であることに嘘偽りはない。

 今話していたことに疑いようはない。


「まあ動機はこんなとこかな? で、お姉ちゃんをちょーっと痛めつけられないかなって考えてたら丁度お姉ちゃんのこと好きなお金持ちで権力ありそうな人いたから軽く煽ってみたらアレよ? 愛の力って凄いんだねぇ」


 にへらと笑う彼女に可愛さより畏怖を覚える。何故そんなにも自身の行動に反省の色も隠せないのか。そもそもそれを俺に語った意味すらまだ理解できていない。


「まあ蒼君もお姉ちゃんの被害者ってやつ? ごめんね、ほんとに」

「はい、そうですかと簡単に許すとでも?」

「うんわかってるよ。殴られても文句は言えないよね。私のせいで学校での立場は最悪だし」

「そんなのでどうでもいい。俺は」

「でも全部お姉ちゃんの為にやっていたからそこはマイナス点かなぁ」


 激高に駆られるのを抑えつつ、軽き息を吐く。

 クールダウンさせておかないとこいつの目的を白日の下に晒せない。故に今ここでは不要不急なことはせず、少しでも情報を引き出すほうが先決。


「有菜。一つ訊きたいんだけど何で俺が刹菜さんに死ねって言わなきゃいけないんだ?」

「……それ訊く前にこっちから質問させて。どうして蒼君は私達から距離を取ったの?」


 言葉に詰まった。

 疎遠にした理由は別に脱力感が拭えなかったからとかそんなもん。

 雨宮蒼は所詮その辺にいる陰キャである。メンタルなんてクソザコだ。


 でも意外だった。

 俺の中で神様はただ偶然に会っただけの存在。そしてとんでもないハプニングに巻き込まれただけのラノベ主人公もどき。何でもどきかっていうのは大体のラノベ主人公は夢だったり能力だったりと"特別とくべつ"があるから。

 けど雨宮蒼は普通なのだ。

 今まで規格外なことをできていたのは運がよかったからとかそういう言い訳。

 話を戻そう。

 とにかく神様に対して好きという訳でもなかった。

 ただ違うとすれば。


 約束なんてもんをしたから。


 世界を変えたい。そんな想いを胸に抱きながら彼女との約束を守る為に刹菜さんを助けた。無論一人じゃ何もできず、多数の人を巻き込んだ形となったが結果的に最悪のケースは避けれた。

 けれどいち人間ができることなんて限られていた。

 本当に特別な力を持った存在にはあらがえず、ただ掌で踊らされた滑稽で惨めでラノベ主人公どころか物語のモブにも匹敵しないもの。


 それこそが雨宮蒼。


 むしろあの出来事はいいきっかけかもしれない。

 俺の本来の立場は友達なんかいらない。人と接すること自体が駄目なのだ。

 必要最低限の会話。誰にも迷惑かけず、孤独に生きていくことが俺のライフルートなのだ。


「何もない。ただ会う理由もなかっただけ」

「理由が無きゃ会っちゃ駄目なんだ、ふーん捻くれ者。でもさ一人で生きていくのは無理だと思うよ」

「そうか? 学業、仕事以外で人と接しなければ大抵の事は出来るようにも思えるが?」

「大抵のことはできても、心の穴は埋まらないもの」

「そういうふうに決めつけられるのマジむかつくんだけど」

「そのうちわかるよ」


 有菜はそのまま立ち上がり、荷物をまとめると財布から千円札を取り出し、テーブルの上に置いた。


「お姉ちゃんは蒼君のことをずっと好きだった。君が振ったあとも」

「知らねえよ」

「そう、知らなくていいの。だって蒼君の大切な人は別にいたんだって。誰なのかは知らないけど」


 煽りたいだけなのか、それとも本気で協力を求めているのか。

 ただ俺を見下ろす目は普段と変わらない。

 けど怖い。それだけ。


「本気で協力してくれるなら連絡頂戴。お姉ちゃんを今こそ殺すから」



 


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