第11話大好きでした、ずっと 11






 花粉が猛威を奮うこの時期はどこへ行くにもティッシュ、マスクが必須。だけど考える事はどいつもこいつも同じで在庫不足で店頭の品切れPOPを目にして、吐息が漏れる。落胆することなんて慣れてはいるが休みの日まで出てきたのにこの仕打ちとは……。


「あれ? 蒼君みーっけ」


 聞き覚えのある声にぴくっと耳が震える。

 みーっけじゃねえよ。見つかる前にずらかろうと自転車に跨ぐががしっとハンドルを抑えつけられ、顔を上げればニッコリフェイスの女の子がいる。雷木有菜だ。


「せっかく休みなんだからどこかでお茶しましょ」

「断る。模試の勉強がある」

「模試なんてどうでもいいくせに。ま、日陰な陰キャになっちゃった蒼君は陽キャの私と話すのが怖いですかね」

「ほざいてろ。俺は」

「そうやって言えば幻滅してどっか行ってくれるとでも? ほんと精神年齢だけは子供ですね。今時の高校生もうちょい高いですよ?」


 ちらりと顔をやると煽ってやったりと言わんばかりに意地の悪い笑みを浮かべている魔性の女。下手な芝居は通用しないのはわかっているけど人の心を覗き込むように笑うその姿は嫌いだ。つか先週会ったばかりでよくも声かける気が起きたもんだ。メンタルだけは一丁前だよ、ほんと。


「じゃあどうしたらどっかに消えてくれるんだ?」

「私の話を訊いてある提案に了承してくれたらいいですよ」

「提案?」

「はい。多分蒼君なら乗っかってくれると信じてます」

「変に信用されてるところもいい加減辞めてほしいんだけどな……」


 頭をぽりぽりとかきながら、仕方なく自転車から降りると「えへへ」と目の前の女の子は無邪気な笑顔に切り替わる。

 それでも前と異なる点に懐疑的な態度がつい顔に出そうになるが今は隠し、後についていくことにした。


 やっぱこいつこんな風に笑う奴だったか?







「まあお姉ちゃんが悪いんですよ、つまりは。私が欲しかったのに勝手に食べちゃって」

「……なぁ。いい加減早く話せ」

「いやですからこれが本題ですよ。それでお姉ちゃんが」

「帰る」


 テーブルから立ち、そのまま伝票を持っていこうとしたががしっと腕を掴まれる。


「ごめんなさいって。ついからかいたくて。何せこうして蒼君とお話しするのは久しぶりだったんで」

「そのまま久しいままになって、お前の記憶から俺のことを消してくれればよかったんだけどな」

「嫌です。お姉ちゃんの初彼を忘れるなんて」


 言うとずずーっと手元のジュースを吸い始まる有菜。

 駅前の喫茶店に連行されて早二時間。本題を追求しようとするも交わされ、どうでもいい世間話ばっかり。こいつに多少の親しみとやらを覚えていなければとっくのとうに後にしてる。


「なぁ本当に何の話があるんだ? てかそれって俺じゃなくてもよくないか? 五日市とかもう一人の葵君とかいるだろ」

「もう一人のボクみたいな言い方ですね。蒼君ってカードゲームやってたっけ?」

「やってるけど?」

「ふふん、じゃあよくカードショップとかでドローッ! って決めてるんですね」


 有菜はカードを引くポーズを取るがはっきり言って不愉快だ。カードゲーマーを侮辱したような発言、SNSに晒してとことん追い詰めてやろうか、このアマ。


「……有菜。真面目に教えてくれ。冗談抜きでやらないといけないこともあるんだ」

「そうですか。私との雑談は面白くないですか」

「はっきり言うけど不愉快でしかない。俺を昔の俺だと思ってるならお門違いだ。もうお前の知ってる雨宮蒼はいねぇよ」


 強気な口調で、それでもつながりを断ち切るように言い放った。

 いい。もうこいつに振り回されるのもうんざりだし、高校が終われば顔を会わせなくなる仲だ。どう邪見に扱おうがかまわん。学校でまた悪評を広められたとしてもこれ以上何も失うものはないし。


 聞いていた有菜は少し崩れた前髪をくいっと整えるとこちらに瞳を見据え、すうっと吐息を漏らした後,再度話を切り出した。


「お願いがあるの」

「お願い?」

「蒼君にしか頼めないこと。他の人じゃ絶対首を縦に振ってくれないから」


 丁寧な物腰に注視する瞳、そして懇願する言葉はようやく本題というのを感じられるものだ。

 テーブルに置いてあるコーヒーを手に取り、一口啜る。


「ごめん。本当に」

「……冗談じゃなさそうだしまあ聞くだけは聞く」

「お、本当?」

「真面目な話だったらな」


 釘を指しておくとうへぇと苦い顔された。いや本気でくだらない話なら帰るぞ。

 そうして前置きが終わったところでようやく本題のベールを脱ぐ時がきた。


「蒼君」

「何だ?」

「……お姉ちゃんのこと好き?」

「は?」


 唐突に何言ってんだ、こいつ。


「好き?」

「先輩として尊敬してる。それだけ」

「そ。前みたいに恋愛感情は一切ないと?」

「ああ」

「じゃあこれから話すことでお姉ちゃんに話が漏れることは一切ないと考えていい? これバレたら本気で蒼君許さないよ」


 にっとした笑いを見せているのに言葉は正反対。空気もさっきと違い、どこか痛い。


「有菜、この前の話なら」

「違うよ。この話は前の蒼君の態度で話そうって決めたこと。下手にお姉ちゃんを信用してるなら蒼君は

「敵? 何の冗談だ?」

「真面目だよ。至って真面目。でもこれ訊いたら蒼君は私のことを幻滅するかもしれないし裏切るかもしれない。正直今までは蒼君の周りに沢山いたから話せなかったけど今なら話してもいいかなって」

「……一人の方がお前にとって都合いいのか?」


 こくりと首を振った。迷いの欠片は一切なさそうだ。


「言っちゃ悪いが俺みたいな奴にそんな重たそうな話を振ってもご期待に応えられそうにないんだが」

「蒼君はただお姉ちゃんに言えばいいんだ。私の考えた台詞を」

「……それって結構重たいやつ?」

「んー蒼君からしたらそうかも。でも安心して」


 すっと有菜は嗜虐的な笑みに切り替えると口調もどこか大人っぽく変わり、続きの言葉を綴る。


「私がずっといてあげるよ。君の傍に」


 思わず視線を逸らし、軽く吐息を漏らす。

 普通の男の子から見たらこんな可愛い子がずっと傍なんて最高に魅力的な提案で

疑心になる前には首を縦に振るだろう。それこそアニメや漫画の世界。

 この間の態度も含め、それでも尚、俺に関わろうとするこいつの本心は何も見えず、ましてや空気からもここから逃さないという意志すら見えるようで席を立つにもちと分が悪い。

 それにこいつは冗談で言おうとはしていない。なら話を聞くだけ聞くのがさっさと帰れる最善策だろう。

 

「じゃあ教えてくれ。俺は刹菜さんに何を言えばいいんだ?」

「待ってました! でもねっ、ほんとに簡単だよ、簡単なんだっ」


 出会ってから一時も笑みを崩さない彼女。

 けど今日初めて見たかもしれない、その顔を。

 初めて人に畏怖を覚えたかもしれない。

 でも言い間違いじゃない。


 こいつは―――雷木有菜らいきありなは。


「お姉ちゃんに死んでくれって言ってくれないかな?」

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