第10話大好きでした、ずっと 10
「それでさ、プラリジェの二期は夏に延期だって。ほんと嫌になるよね。あーやだやだ」
「そうだな」
「おりょ? お兄ちゃん反応薄いね」
「そうか? まぁこんなご時世だしアニメーターの職場環境、雇用問題と上げたらキリないからな。仕方ないっていうのが率直な感想だな」
夕飯時。母親が所用で家を空けている中、澪霞と俺は二人きりの食事タイムを過ごしていた。二人で食べることはなくはないがここのところは澪霞が受験などもあって多忙な日々を謳歌していたこともあり殆どは親父かソロでの食事。こういうスケジュールがバラバラな家庭でもあるから昔みたいな一家団欒はたまにしかこない。
「そういえば今日お兄ちゃんに会いに来た綺麗な人って誰? ずっと前に家に来た人と違うみたいだけど」
「その人の妹さん。ただの世間話をしにきためんどくさい後輩だ」
「ほー。我が兄ながら姉妹揃って食いつぶしにかかると」
ははっと適当な苦笑いで返しとく。そんな悪夢は来ないだろう。
あの態度でなんとなくでもわかってくれたらならそれはそれでいい。あの輪にもう一度戻ろうと思わないし、手放した世界を取り戻そうとも考えていない。
雨宮蒼はぼっちで、学校中の嫌われ者。今は嫌われ者のレッテルがやや減ってきたがこの辺が俺の立ち位置としていい落としどころだ。
「ねぇねぇどこまで進んだの? もしかしてもうチューとかしたの?」
「うるさい。早く食え。興味ない」
「ちぇ。こっちも話せるカードがあるんだけどなぁ。鹿米君との進捗とか」
「……はぁ。そりゃ楽しそうでいいな」
大きく息を漏らしながら言うと澪霞が持っていた箸を床に落とし、目をぱちぱちさせている。
「お、お兄ちゃん? 興味ないの? 澪霞の恋バナだよ、恋バナ! それとも聞こえてないとか?」
「聞こえてるよ。別に興味ない。澪霞が誰かと付き合いたいなら付き合えばいいし。俺にはもう関係ない」
「な、なんで!? いつもなら血走った目で尋問してくるのに」
動揺したのかおろおろしだす澪霞に頬杖つきながらその疑問に答えていく。別におかしくもないだろうに。
「今までが逆に過剰干渉過ぎたんだよ。澪霞の人生に俺が口出すのもどうかと思っただけ。やりたいようにやれば?」
「……おかしいよ。お兄ちゃんそんなこと言わないよ」
辞めろ。
心配そうに眉間に皺を寄せる妹に動揺なんかよりも苛立ちがこみ上げる。何だよ、普段がおかしいから変えようとしていて今度はそっちがおかしいっていうのかよ。
「何かあったの? 澪霞でいいなら相談に」
「うっせぇな。しつけぇんだよ」
腹いせ混じりの言い方に澪霞は唖然とし、しばしそのまま目を見開くがやがてぷるぷると肩を震わせながら紅く染まった顔で怒鳴り散らす。
「何それ! せっかく心配してあげてんのに!」
「頼んでねぇよ。ごちそうさま」
逃げるようにそのまま食器を流しへもっていき、自室へと消えていく。後ろから澪霞がぎゃーぎゃー煩いがその内気が収まるだろう。
これで妹との仲も壊れたことになるのか。全く今までのものを壊して回るとか子供以外に表現の仕様がない。事実子供なので何も言い返せないが。
全く日曜だというのに嫌な一日だった。
× × ×
「元気―?」
「……」
昨日の対応は無駄と言わざるを得ない。
学校に着くや、二年の昇降口に待ち構えていた有菜は開口一番にそんなことをほざいていた。
「ありゃ? 無視?」
「……邪魔」
「邪魔? そりゃごめん」
そそっと俺の前からずれると彼女を無視し、下駄箱へ向かう。当然そんなんで諦めたとは思えないし、ちらほらこちらに視線を向ける男子もうっとおしい。階段まで来たらもう一度釘さすか。
「ねぇ蒼君。やっぱさお姉ちゃんの件なんだけど」
ぺらぺらと会話を始めるが俺が拾わないので独り言のようにしか見えない。これはこれで滑稽だがこいつの性格上、そんなんで諦めるような子には見えないんだよな。
下駄箱に着くとさっさと上履きに履き替え、教室まで足を進める。この辺からちらほらと見覚えある奴も視界に映ってくるので有菜が後ろにいる目立ってしょうがない。
「……おはよ、有菜」
「あ、侑奈先輩だ。おはよーです」
「で、何でここに? 見たとこ雨宮と話してるように見えないけど」
「そう見えます? いやちょいと蒼君に用事あって。けど無視するんですよ、この人」
えいっえいっと俺の頬をついてきて流石に頭きた。ぱしっと跳ねのけるとそのまま無視し続け、階段を昇っていく。
「ねぇ。話あるなら少しくらい聞いてあげてもいいんじゃない?」
「知らねぇよ。俺には関係ない」
こんなこと言ったって
「侑奈先輩いいですよー、もう。話したくなさそうだし」
「……何その態度。人が話そうとしてるのに」
ぐいっと腕を掴まれるが強引に振り切る。が、また掴まれてしまい、ようやくギブアップ。言葉を交わさないと駄目なのが人間の欠陥だ。こんなバグ、神様なら直してくれよ。
「何だよ」
「いい加減にしなよ! 修学旅行から何なの!? ずっと心配してたけどいい加減頭きた」
「そりゃこっちの台詞だ。俺が関わりたくないんだから空気読んで話しかけてくんなよ」
そのせいで先程よりも遠巻きからこちらに送る奇異な視線を集中し、ざわめきだけが広がっていく。あとで陰口もたっぷり更新されるだろう。そりゃクラスの人気者な五日市侑奈と雷木刹菜の妹である雷木有菜。それと口論しているのがかつての学校一の嫌われ者、雨宮蒼。
どちらが正かなんて大体想像がつきそうだ。
「蒼君。今は辞めとくよ。なんか人集まってきちゃったし。あはは」
「今じゃねぇ。もう二度と話しかけんな」
全く我儘な話だ。散々助けてもらいながら自分の都合で突き放すなんて。会社だったら即解雇。高校ですらこんな真似をしていれば時期に環境を乱すとか適当な理由付けられ退学だ。既に停学二つ。あと一つカウントするだけでこいつらとも一生おさらば。
ならその案も一考する余地はあるのかもしれないな。
けれどそれよりも先に頭を回転、いや衝撃が走った。
バチッとした音に気付いたのとそれは同時で視界が唐突に右にずれ、一瞬反応が遅れる。だがすぐに顔を戻すと理由はきちんと証明されるものだ。
「はぁ……はぁっ……」
「痛いんだけど?」
「うるさいっ……あんたにあまりにも馬鹿でどうしようもなくてなんかもうよくわからないからとりあえず殴っただけ」
「殴ったいうより叩かれたんだが」
「どっちでもいいっ……で、いい加減に……目覚めたのかよ」
「……うるせぇよ」
ほざくと俺は教室の方へ足を進ませていった。ざわめきが大きくなり、野次馬もぞろぞろと道を開けていくが後ろからひそひそと嘲笑混じった囁き声が聞こえてくる。拾っている余裕はないし、拾う価値もない。
「蒼くーん。とりあえずまたねー」
馬鹿に付ける薬はないというがその通り。
ほんと、いつになったら折れるんだろうな、どいつもこいつも。
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