第8話大好きでした、ずっと 8



「っ!」

「お、目覚めたんか」

「……最悪の目覚めですね、全く」


 十月とはいえ沖縄の夜はまだまだ虫が飛んでいる。耳元で聞こえたプーンという羽音は目障り過ぎた。


「どうやった? それとも神使らしくこういったほうがええか……


 オセロの石が裏返ったようにその人も変わっていたががそれよりもこの場にいるべきはずのもう一人の存在がいないことに気づき、彼女を睨みながら問く。


「ふざけんな。神様はどこいった?」

「さあ? 少なくとも私はあなたの味方じゃないですから」


 ポケットから携帯を取り出し、時間を確認する。

 俺が部屋から出て、まだ一時間も満たない。大体さっきで神様とリュナさんと話し込んでた時間で三十分。それから、


「あなたが寝ていた時間なら五分程度ですよ」

「は?」

「リンクさせないであげた方がいいのかなと思いまして」


 くすくすと薄ら笑みを浮かべるリュナさん。これが正体か。えげつねぇな、全く。


「もう一度訊く。俺の願いは」

「叶ってませんよ」

「は?」

「叶ってないんです、あなたの願いなんか」


 はっきりと、でも嘘をついてるように思えない口ぶりに動揺が全身を駆け巡る。額から零れ落ちる汗が止まらない。


「あなたはこの場で先程あの子に願いを伝え、彼女はそれに応えようとした。けれどそんなの無理です」

「無理って誰が」

「決まってるんです。この世の理は全て神様が」


 どんな反論も受け付けないただ一つの事象。

 神様、神様神様神様神様……ああっ、もう結局それか!


「神様ってなんだよ……俺がどうしようが」

「勝手にできるわけないじゃないですか。あなたがそう思っているのも神様が全て決定している。自分の意志で決めているのではなくて、意志そのものが神様の決定で決まってるのです」

「ふざけんな。そんなの人間はお前らの傀儡物かよ」

「マリオネットともいいますかね」


 激高に駆られの数秒前、いやもう待てなかった。

 生まれてはじめてだろう。女を思いっきりぶん殴ったのは。殴った自分自身も痛く、なのにリュナさんは薄ら笑いを辞めずにこちらをじっと見つめていた。


「このままあなたの記憶も消して、おしまいでいいじゃないですか。もうあなたの知っている神様はいないんです」

「ふざけんな……ふざけんな、ふざけんなっ!」


 倒れ込んだリュナさんの上に馬乗りになって、拳を振り下ろす。

 何度も、何度も。顔が腫れ上がり、どんどんと無残な姿に変貌していく様を悲しむ余裕もない。こんなのキャラじゃないってわかってる。


「いくらでもどうぞ。どうせこの身体も私のではありませんし」

「どこまで馬鹿にしたら気が済むんだてめぇら……」

「神様ですから」


 何度振り下ろしたか思い出せない程に殴り続ける。

 引きつる様子も怯える様子も見えない。波音だけが響く最中、感情も消え失せる。


「こういう時は嘲笑った方があなたの心に来るんですかね」

「……死ねよ」

「生死に関係ないですから。あ、でもこのままだとこのが耐えられないかもしれませんね。人間のルールだとあなたは犯罪者ってことになりますかね?」


 ようやく止まった。

 リュナさ……こいつの上から立ち上がると大きく息をはいた。


「彼女にDVしちゃうタイプなんですね、あはっ」

「うせろ。お前の顔なんか二度と見たくねぇ」

「言われてなくてもこれで最後です。というより希望なんか持つから悪いんです。だから言ったじゃないですか……って」




 × × ×




 ホテルに戻った俺は最終日まで体調不良で通し、そのまま埼玉へ帰宅。

 通常営業に戻った学校も今まで通り、とはいかずどこかふさぎ込み。


 唯一驚いたのは鹿米碧がいたこと。最初は神様かと思ったが、「えーと君誰かな?」と彼女本来の姿が見えたことで再び希望は途絶えた。

 五日市とも段々と疎遠になり、月日が重なることで次第に話すことはなくなった。

 学校だけじゃない。ユマロマやリズ達も。家で過ごす時間が増えたのは昔とおんなじ。今思えばこの半年は全て夢の世界とでも言うべきだろう。それが覚めただけ。本来の雨宮蒼は未だ嫌われ者で文化祭で刹菜さんを救えないまま。

 そうであった欲しかったが現実は現実。


。生徒会長が呼んでる」


 その日々に一つ変化に触れたのは五日市が声をかけてきたこと。


「いやお前だろ。生徒会長は」

「ああ、雪村先輩の方」

「今手が離せないのでメッセとかでよこせと伝えといて」

「自分で伝えて。私あんたの小間係じゃないし」


 ぶっきらぼうにそう言うと自席を戻ってしまう。今時小間係とは言わないだろ。

 面倒な身体を起こし、教室を出ると相も変わらず雪村真一が立っていた。


「久々だな、何か」

「用件をどうぞ。次の授業準備あるんで手身近に」

「……そうか」


 言うと雪村はそのまま踵を返し、階段の方へ進んでいく。


「ついていったほうがいいですか?」

「いや。様子を見に来ただけと一つしたかっただけだからな。もういいぞ」


 何しに来たんだあの人。

 思考が読めないのは昔からだが本当に今のは意味不明。

 けど今更真意を問うのも面倒だから教室へ戻っていく。


 そう面倒。もう何かもが面倒。


 あーあ。人生面倒。

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