第7話大好きでした、ずっと 7


「雨宮君って僕のこと嫌い?」

「全く眼中にないだけ」

「真顔で言われるのは流石にメンタルくるなぁ、これ」


 げんなりした顔でそう答えると再び鹿米さんはヘッドホンを付け始めた。

 いきなり声かけてきたかと思えば開口一番がこれだ。印象はいいものか、悪いものか。というより印象変わりすぎなんだよ、こいつ。馴れ馴れしいといいますか。侑奈がいいならいいんだけど。

 空での時間を過ごすことまだ三時間。それなのにもう飛行機は沖縄の到着を知らせるアナウンスが流れていた。本当一瞬過ぎて訳わからなくなる。もう少し空の旅とやらを楽しむ余裕があってもいいとは思うが。


 花珂佳美という女の子が俺の記憶にいる。


 調査、なんて大それたことはしてないのだが人づてに彼女がどういう人物かを探るおとができた。中学時代の友人がこんなとこで役立ってくるとは……さて。

 顔面偏差値ランクはトップクラスでスタイルもよし。そしてどこかミステリアスな雰囲気を誘う青みがかかった黒髪。けれど華奢で小柄で守りたくなる一面は男子達の決意を促すには十分といえよう。


 何者かは知らない。

 でも確かに雨宮蒼と花珂佳美はどこかで会っている。廊下ですれ違ったというありふれたことではなく、もっと内密に。親しくしていて。


『お客様にお知らせします。当機はまもなく着陸態勢に入ります。安全の為、今一度シートベルトの確認をお願い致します』


 思考の海から覚まさせてくれた機内アナウンスもこれでおしまい。

 今はよそう。よすべきなのだ。変に考えている姿を侑奈に見られたりしたら、「浮気?」なんて勘ぐって面倒なことになる。ほんと女の子って恋人の為なら戦うことも辞さないし。特撮ヒーローもびっくりだ。






「各自部屋付いたら班長が知らせろよ、以上、解散!」


 体育教師の声がフロント内に響き、ぞろぞろと生徒達が部屋へと行進していく。

 尚、俺は一人部屋なので悠々自適に過ごさせてもらおう。それこそ部屋に缶チューハイやらサワーやら……ないです。

 一番最後尾になったが俺も向かうと部屋は一番端にあり、入ると特にこれという印象はない。ダブルベッドがでかでかと置かれているくらいか……意味はない、うん。


「蒼ー、入るよー」


 意味ないよな? と疑問符が頭上に浮かぶくらいにはジャストタイミング。俺の許可を待たずに扉が開き、侑奈が入ってきた。あ、ドア小開きにしてたんだった。


「へー、二人用だからそこそこあるわね」

「元々どこの部屋もこんなんだろ。つかそっちはいいのか?」

「んー、彼氏のとこ行くって言ったら笑顔で見送られたので。よっこらっせと」


 どぼんと後ろからベッドに倒れ、大きく腕を伸ばす侑奈。色々と見えそうで見えなさそうなのはプロの技か。


「今日さ、せっかくだし祝杯あげない?」

「断る」

「なんでさ」

「お前がここにきてるのバレたら俺の学校生活が崩壊の一途をたどる」

「もう陰キャから卒業ってことで」

「ヲタクは生涯陰キャなんだよ」


 世界が認めようと俺は認めない。

 ファッションヲタクやら「アニメみてる俺カッケーw」系な陽キャが増えてる現代社会の闇。こんな奴らがへらへらと笑いながらアニメを語るだけであらチョロい。女の子からすればギャップ萌えとかいうやつで。


「ふーん、でも来るよ」

「……勝手にしろ」

「うん、勝手にするね。それに」


 侑奈は飛び起きるとするっと俺の後ろに回り、耳元に顔を近づけ、ぼそっと囁いた。


「今回でちょっと大人になろうかな……って」

「っ!」


 からかうようににひひっと笑う姿は一級品だった。




 × × ×




 もやもや。

 脳裏を駆け巡る正体不明の感情が渦巻く最中。

 時刻は午後九時で先程簡単な連絡事項も終え、後は寝るだけ。思春期男子ならここから恋バナや突撃! あなたの好きな人の部屋へフィアウィゴー! タイムなのだが賢者中とも言うべき俺は大浴場にもいかず、室内で済ませた後はベッドでごろごろと寝転がるだけ。

 たまに携帯を見れば、ユマロマから同人の連絡が来ているがそんなのどうでもいい。


 本当に来るのか?

 いつもみたいにからかっている訳じゃなくて本当に、本当か?

 常日頃から恋人意識が底値なのにいつ下方修正されたのか。気付けば侑奈の思い描く恋人ライフに色変わりしている。

 

 なっていいのか、俺が。

 今まで事実無根の関係だと疑われ続け、学校でも余計に日陰者。それでも五日市侑奈から告白された事実を糧にここまで生き続けてきた俺を。


 ピンポーン。


 ベルが鳴った。

 起き上がり、ゆっくりと扉の前へ進む。すーっ、はーっ、よし終わり。

 がちゃりと扉を開けるとひょこりと寝巻姿の侑奈が立っていた。Tシャツに短パン姿と意外そうで、けど案外合ってるような組み合わせ。髪はドライヤーで乾かしたけどまだ少し濡れている。


「ごめん、入っていい?」

「あ、ああ」


 時間も時間だからさっさと中に通す。下手に他の連中に見つかるのは面倒だし。


「誰にも見つからなかったか?」

「うん、一華しか知らないはず」

「そか」

「うん」


 うへぇ、ぎこちねぇ。

 いつもの楽観的テンポが自動オートで発動しないよぉ。


「な、何か飲むか? さっきホテル内のコンビニで色々と珍しそうなのを」

「いい」


 言うとどっと背中に圧がかかり、顔をやると侑奈がもたれかかっていた。


「ゆ、侑奈さん? 体調悪いの?」

「かもね。てか蒼こそ何で平気なの? 私はこんなにドキドキしてるのに」


 してるわ。さっきから心はずっとドキドキプリ〇ュアだぞ。と、機内でずっと視聴していた女児アニメは置いとくとして。

 ひとまずゆっくりとベッドへ腰を下ろさせる。

 勘違いするな、祝杯。今日は祝杯。


「蒼」


 いつもよりも意識染みた言い方に身体が固まる。

 本気だ。少なくとも五日市侑奈は本気で大人の階段とやらに足を掛けようとしている。いやいやいやいや待って待って。俺同人の方も十八禁はまだ買えないんだよ? いやユマロマからもらってるけどさぁ! 大体こんなとこで童貞リリースとかアニメでもないよ!? ドラマだよ!? もうこれで月9クラスだよ!


「侑奈、そのまずはいったん」

「……いや。そうやってはぐらかすの」

「はぐらかしてる訳じゃ」

「蒼はいつもそう。他の女の子と話すの辞めてほしいのに私の気持ちなんか知らないで刹菜先輩や有菜ちゃんとかと仲良さそうに」

「だからそれはだな」

「ヲタク仲間? 知らないよ。私はヲタクじゃないもん!」


 ぐいっとベッドに押し込まれる。反応する隙も与えられず、されるがまま。

 互いの顔が向き合い、侑奈はいひひと意地悪そうに笑っている。顔がいつもよりも紅く染まってるのは風呂上りのせいだ、きっとそうだ。


「ダメだよ、もう」

「ダメ? いや何が」

「言い訳しようとして逃げ回ったって全て潰すよ」


 こんな可愛い声と台詞がまるで合ってない。台本間違えてない? そう、脳内台本。何ならもう一度テイク2でやろうぜ? つか何もかも間違え、


「それ」


 ぐっと唇に指が当てられる。どうやらこれ以上頭を動かそうとするのはタブーらしい。


「わたしは好きだよ」

「そりゃあ俺も」

「もう一回」

「好き」

「もう一回」

「好き」

「もっと感情込めて」

「……好き」


 あーあ、もう駄目です。

 雰囲気最高潮のMAXハテンションですわ、これ。ヲタク諸君、どうやら僕もヲタクという肩書きよりも大事なものを見つけたでござる。脈もバイブレーションが止まることを知らぬ。もう脳内倉庫は今大慌て。がらがらとシャッターが閉まるような音が想像できる。


 ところでさ、買ってないんだけど?


 いやほら、アレだよ、アレ。

 男子高校生が買うのは躊躇する魔法のアイテム。あれさ、中学くらいの保健体育で教えてほしよなぁ。妄想内でイメトレするくらいしか出来んじゃん、まあ。

 あとはそういうお店行くとかね。俺いけないけど。


「蒼、その」

「侑奈、あの……」


 ごくりと息を呑む。

 今ここで逃げるのは恥というもの。しかしアレないとさぁ倫理的にまずいっていうか。流石に責任背負う覚悟はまだもうちょい早いって言うか。


「もう無理。蒼」


 侑奈の細い両腕がぎゅっと俺の顔を掴む。「はひっ」と変な声が出るがじーっと見つめる眼光にもうにげられない。

 夢か? ところがどっこい現実なのです。

 つまり俺は明日の朝になると学年集会で、「えー昨日部屋で授かりものを授かろうとした人達がいまして」と大衆の目に晒される。


 ありがとう、そしてさよなら。


 よろしく、未来! 変に決意を固めた俺は一度瞬きして、ゆっくりと侑奈の顔に触れる。


「蒼……」

「侑奈……」


 今更別展開ルートはあり得ない。

 ゆっくりと顔の距離を縮め、今にもが触れ合いそうになる。


 そうして俺は―――口づけを、




「ははっ、どうや? 楽しかったか?」

 




「……へ?」




 終わりの始まり。

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