第3話大好きでした、ずっと 3


「おーそーい! 何してたんですかー?」

「呼ばれてから三十分以内に到着した所を褒めるべきでは」


 と、テーブルの上に並ぶなんともまあ美味しそうなお肉を凝視。高校生御用達の食べ放題プラン、今日もお世話になります。

 そしてそんなお肉達を幸せそうな表情で口に運んでいる方がもう一人。


「蒼は何飲む? ほい」

「躊躇せずアルコールメニューを差し出してくる辺りが悪意があるのかないのかわからないとこですよね、刹菜さん」

「ちなみに二十歳未満は飲酒禁止だよ。知らないの?」

「知ってるわボケ」


 からかい上手の刹菜さんだこと。

 かくして飲み物も適当に注文し、ようやく準備が整ったところで有菜が乾杯の音頭を上げる。


「それでは明日からの文化祭を祝して、かんぱーい!」

「はい、乾杯」

「かんぱい」


 カンとグラスをぶつける音を鳴らせ、宴は幕を開いた。

 もちろん宴なんて大層なものではないのだがこういうのは気分だからね。うん、気分。いきなり呼び出されて、三千八百円(食べ放題価格)も出費がかさんでいるんだからねっ!


「蒼君の所って何やるんだっけ?」

「タピオカ」

「うわーいかにもだなー」

「それに関しては否定しないけど」


 尚、クラス投票は闇取引があったそうで過半数がタピオカ屋に賛成し、俺の焼き鳥屋は儚く散った。いやタピオカブームもう尽きるって……マジで。飽きるよ、あれ。飲んだことないけど。


「ウチなんてコスプレ喫茶やるんだよー」

「人の事言えたクチか」

「えへへ。メイド服希望の子とか多かったからねー」


 それはどこのラノベ世界なんだろうとヲタク脳が考察を始めようとするが根源はどうせこいつだ。無理矢理にでも押し切ったに違いない。


「ふーん、確かに蒼のところは普通だね」


 有菜の横で聞いていた刹菜さんもようやく食べる手を止めて、口を開いた。うん、俺の育てた子たちはみんな誘拐されてるからね、あなたに。


「刹菜さんとこ何やるんです?」

「お姉ちゃんのところはお化け屋敷だよ!」


 意気揚々に応えたのは有菜。何故お前が言うんだろうか。


「私は受付しかやらないけどね。何か皆から下手に呼び込むよりかはお客さんが集まるからーって」

「納得ですね」

「そう? まあ否定はしないけどさ」


 刹菜さんは少し恥ずかし気にそう答えると手元のジンジャーエールに指してあるストローを吸った。しばらくずずっと音がする。好きなのね、ジュース。ドリンクバー行くついでに持ってきてあげるとしよう。

 そう考えた矢先だが先に動いたのは向こうだった。


「ごめん、ちょっとお代わり持ってくる」


 逃げるようにぱたぱたとドリンクバーコーナーへと消えていき、肉が焼ける音とそれをニコニコしながら待つ妹だけが残されている。ああ、はいはいお肉お肉。


「焼けたぞ」

「あんがと……んーっ! タンはいいね、やっぱ」


 俺が注文したやつですけどね、それ。


「それで? 守備はどうよ?」

「あ?」

「いやだからさっ、文化祭デートの青写真はどう描いてるかなーと」

「決めてねえよ」

「ありゃ蒼君もしかして仕事言い訳に放ったらかす系男子なんですか、そうですか」


 どうしてこいつが不満そうなのかは甚だ疑問だがそんな忙しいアピールする男子と一緒にしないで。あれはもう腫れ物に触れる扱いなので見てる側、聞いてる側も火傷するという全体攻撃。羞恥心以前に吐き気を催しそうになる……。


「有菜のところは何すんだっけ?」

「ウチはコスプレ喫茶だよー。来てくれるならどんな趣味でご要望にお応えしまっせ、兄貴」

「普通にクラTとかでいいんじゃねえの?」

「そんなこといってー。人気アニメのコスプレはそこそこ揃えたんだよ? 蒼君が好きなプライド&リジェクトの先生コスだってあるんだよ?」

「先生負けたじゃねえか……」


 おかしい。俺の未来予想図は先生と主人公のトゥルーエンドでみんな幸せ、やさしいせかいが待ってるはずだったんだけどねぇ……スピンオフとか先生エンドバージョン作らない? もしくはユマロマにでも頼んで、同人誌とか手出してみようかしら。


「さてと」


 有菜は軽く咳ばらいをすると俺の方を見据え、違う話題を切り出した。


「蒼君さ、本題に入ってもいい?」

「本題?」


 怪訝そうに訊くと有菜はこくりと首を縦に振る。


「そ。題して、お姉ちゃんのことをどう思ってるのかズバリ訊いちゃいましょうーかな」

「やる気もないし題されてもないな」

「で、どうなんですか?」

「どうも何もないだろ」


 刹菜さんは学校の先輩で気さくに話せる人。それ以上でもそれ以下でもない。

 もし今の質問の意図に恋愛要素についての腹を割りだそうとしているのなら答えた通り。流石に彼女いるのに他の女性に手を出す甲斐性なしにはなれない。


「ふーん。じゃもし、もしだよ? 五日市先輩と別れたらその時はお姉ちゃんと付き合ってくれる?」


 直球で偽りのない質問。思わずたじろいでしまうが彼女がその攻撃の手を辞めることはない。


「それとも……私がいい?」

「いやそれは」

「何でそこ即答なのよ!」


 声を高らかに上げる有菜にそっぽを向く。

 悪い子じゃないけど想像できなかったんだよ、許してくれ。


「悪いが今は侑奈がいるんでそれ以外は」

「はいはい。彼女大好き一途アピールおつー」

「うぜぇ……」


 と、彼女に対する怒気が膨らみかけたところで手にジュースを持った刹菜さんが戻ってくるのが見えた。


「言っとくけど全然本題に触れられなかったからまた今度ね」


 言うと有菜は俺が育ててた肉を一気に自分の皿へ移動させていく。そろそろお肉食べさせて……。


「はい、お姉ちゃん。お肉焼いといたよ」

「ありがと。うーん、タン塩だね、やっぱ」


 いやそれ俺が育てた子達……もういいや。

 結局、俺の腹は含まれず、財布も寂しくなっていただけの前夜祭。もうあいつの誘いにはしばらく乗らん。




 ※ ※ ※




 翌朝も翌朝で昨日の胃もたれを引きずりながらの文化祭の幕が切られる。焼肉食えないからとクッパとかやけ食いしちゃったのが駄目だったんだろうね。猛省してるが再犯の可能性は十分にあり得る。だって病みつきになるあの塩辛い感覚とその後の飲む炭酸飲料の爽やかさのベストマッチは依存症になっちまう。


「何死んだような面してんのよ」

「死んだような面なんだよ。綺麗な顔してるだろ?」

「いいから体調悪いなら休んでなさい。変に倒れたりでもしたら食中毒疑われるんだから」


 言われるがままにお手洗いへ直行。

 どうやらここが俺のマイルームだ。というより人間の大半は人生の三分の一をこの場所に費やしていると言って過言ではない。ここがなければわたしはここにはいない、社会的な意味で。


 はい、まずは体調を整えましょう。



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