第2話大好きでした、ずっと 2


 毎日が退屈。と、口走っていた日々はいつの頃だったか。

 今が忙しい忙しいと周囲にウザがられるまでアピールするほどかと言われりゃそこまでではないけれど、中学時代と比べれば一ヶ月という時間は早い。

 五月、六月、七月、八月……気付けば九月。

 どうってことのない半年と評するには若干騒がしかったと思う。

 北条五月と知り合い、瀬尾川に喧嘩を売られて互いに謹慎処分。で、その後何故かあいつから謝罪の意を込めて、焼肉に誘われる。よくわからんがまあ奢りらしいので付き合った。

 体育祭では刹菜さんの妹である有菜に頼まれて、体育祭の新競技に参加させられた。というよりもう体育祭は色々と破天荒。借り物競争で刹菜さんに引っ張り出され、全校生徒(専ら男子)の妬み嫉み混じりの視線を刺され、五日市もといからは手作り弁当を食えときた。しかもこれまた朝からハッスルされたのだろうと言わんばかりの五重にもなった弁当箱が目の前に置かれ、冷や汗を隠せない。

 当然、午後の第一種目は代わりを立てさせてもらった。

 この頃くらい、いやその少し前くらいだろうか。急に「名前で呼んでよ」と発した侑奈。ドッキリ企画と疑ったら、思いっきり蹴られたので素直に従ったが結局目的はわからない。何故か名前呼ぶ度に嬉しそうなのも首を傾げる一方だ。

 七月は皆で海にも行った。

 侑奈、魔棟、刹菜さん、有菜。あと侑奈の友達の島張さんや歌恋も誘った。途中から偶然を装ってきていたユマロマ、リズ、nichさんも合流して結構な大所帯。本当は生徒会長の雪村先輩やその彼女さんであるサナさんも誘ってはみたが多忙を理由に断られた。

 あとは八月。コミ〇とか花火大会とかそれこそ暇って呼べる時間はあったのだろうかと疑うくらい。それほど充実した日々で衝撃的で。


 それから―――侑奈と恋人になったことも変化になるだろう。



 × × ×



「蒼、終わったよ」

「ん。俺まだかかりそうだから先帰っててもいいけど」

「いい。待ってる」


 言うと近くの机に腰を下ろした侑奈は作業している俺の様子を後ろからじっと見つめている。お陰で気が散るが変に追い返すのもなぁ。彼女だし。


「侑奈って初日の休憩、何時から?」

「十二時」

「そっか」


 何気ない会話もあっさり切られた。いや自分で切ってしまった。ここで話を続けられるかどうかが陰キャと陽キャの差なんだろう。つまり陰キャ、アイアムインキャ。あと最近ヲタクでも陽キャのノリかましてる奴いるけどああいうのってほら、DQNと同じなんだよ。うん、そうそう。いや私心混じってるとかじゃないから。中学の頃にちょっとした因果関係が入っていたとかじゃないんで。

 おっと。後ろで彼女を待たせてることを忘れちゃ駄目。さっさと手を動かす、と。


「蒼」


 不意に自分の名前が響き、後ろを振り返ると侑奈が机に寝伏してるような形で顔だけこちらを覗いていた。


「何だ?」

「……好き」

「はあ?」

「何でもない。なんか言いたくなった」


 言うと、今度は顔も机に埋めてしまう。そういう唐突なカウンターは男の子の顔を紅く染めるだけなら十分。俺も顔を戻し、作業に打ち込む。さっきよりも一心不乱に。

 いや誰も教室にいなくてよかった、いや本当に。

 むしろ二人きりだから言ってくれたまであるな。何だ、こいつ可愛すぎかよ。ああ、俺の彼女可愛いなぁ。絶対人前じゃ言えないんですけどね。

 そんなドッキリの甲斐もあり、作業はそれから数分後には終わり、片付けも済ませ侑奈と共に教室を後にする。


「文化祭の打ち上げ来るよね?」

「んーどうしようか悩んでんだよな。正直そこまで興味ない」

「話せる人いないから?」

「一々口に出さなくていいし当てなくてもいいのよ……まあそんなとこ」


 そもそも設計書がない時点でおかしいんだよ。友達作りのね。

 何か書店とかにある教材とか道徳書には『最近会ったできごとを話そう』、『共通の趣味の話題を持ち掛けよう』とかあるけど情報が古い。まずその場に現れるだけで自動オートで雰囲気を醸し出すこと。それに容姿、つまり一緒にいるだけで不快にならない、清潔感があると知らしめさせること。あ、毎日お風呂入るとかじゃなくて柔軟剤とかあとは強すぎない香水とか。顔も化粧水つけるとかは当たり前。ましてやニキビとか青髭くらいでも不潔と女子内ランキングの備考欄に追記されてしまうのだから今じゃ女子並に気を遣わないといけないくらいには忙しいのよ、男子も。


「ふーん。じゃあ私も行かないから二人で打ち上げする?」

「侑奈いないとクラスの打ち上げ崩壊するだろ。それに生徒会からも誘われてんじゃねえの?」

「いい。つかその辺は察せ、ばか」

「……うす」

「よろしい。じゃあ打ち上げのお店はいいとこ考えといてね」


 ニッと嬉しそうに笑う姿はこちらも口元が綻ぶもの。帰ったらネットでググるかぁ。

 五日市侑奈の告白は夏休みにあった花火大会。

 青天の霹靂とはこのこと。けど驚き反面、嬉しさ百倍。

 好きって言葉を女の子から向けられたのは人生初。だから自分もその言葉を言う。反復して何度も何度も。

 えーと、こんな形で雨宮蒼のステータスは更新されました。彼女持ちです、はい。

 学内では調子乗れる相手いないのでヲタク界隈で報告すると袋叩きにされた。祝福してくれたのnichさんくらいだよ、ちくしょう。

 それからまだ一ヶ月程度なのに幸せです。毎日登下校一緒でお昼も同じ。

 からかう奴らもいないしね。興味本位で声をかける男子は増えたが懇意にしたいと思う相手は誰もいない。まあクラスカーストトップともいえる五日市侑奈が無名の俺をパートナーとして選んだのは事件だろう。

 でもいいだろ。俺だって自分の人生設計図にそんな予定なかったんだから。


「あ、今日はここでいいや。これから友達と会うんだ」

「そか。じゃあまた明日」

「うん。夜にまた電話するね」

「わかった。じゃあ」

「ばいばい」


 いつもなら家まで送るのが彼氏の務め。その為に自転車通学を辞めたまである。最早澪霞にこき使われるようになってしまったのだがまあいいかな。

 さーて。打ち上げのお店どうしようかな。と、考えた矢先にポケットから振動が走る。ぶうぶる震えるものの正体はもちろんスマホちゃんなのだが宛先がこれまた珍しい。


『もしもし?』

『蒼君、お疲れー。愛人二号の有菜ちゃんですよー』

『その甘ったるい声辞めろ。どうした?』

『いえいえ。あ、今大丈夫です? 侑奈先輩が近くにいるなら折り返しますけど』

『一分前まではいたんだが今日はフラれた』

『ばーか』

『切るね』

『嘘嘘嘘! ごめんなさいってばせんぱいぃ……』


 瞬時に色んな声出せるなぁ、こいつ。歌恋からいい養成所でも紹介してもらったほうがいいんじゃないの? 才能あるよ?


『で、どうした?』

『えーとまあ雑談したいっていうか近くにいたならお茶しようかなって。お姉ちゃんも一緒ですし。あ、愛人一号と』

『忠告しておくがそれ侑奈の前では絶対言うなよ。悪ふざけ通じない子なんだから』

『それは蒼君次第ですねぇ……それじゃ駅前の焼肉屋で。今日は一緒に前夜祭と参りましょうやぁー!』


 甲高い明るい声を区切りに電話は切れ、代わりに俺の溜息が深くなる。

 冗談だろうとは思うが刹菜さんもいるっていうしいこう。うん、保険はかけとかないと駄目だしね。









 

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