第12話蒼い星が好きな君なら言っている意味がわかるだろう。12
ホテルに併設してあるビーチは夜なのにまぼらに宿泊客の姿が見える。木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中。おかげで教師達の目を誤魔化せそうだ。
「お待たせ―、遅くなって悪いね」
風呂上りなので上はパーカーで下は短パンとラフな格好。それでもいつもとは見慣れない女子の姿に思わずドキッとする。
「いや俺も今来たところだから」
「そか」
「とりあえず……歩くか」
「そだね。そこの岬まで行って、ついでに展望台も見よっか」
「もう入れないけどな」
朗らかな笑みを浮かべ、ゆっくりと歩き出した。
沖縄の夜は秋でも若干暖かい。関東は夜になるとかなり寒いというのに過ごしやすいもんだ。台風が多いのだけが難だがそれに耐えれるなら余生はここでのんびりと養生するのもいいのかもしれない。
「さて……呼び出した理由を聞こうかな」
神妙な声でそう尋ねる碧。そう急かさないでくれ。
「碧が教えてくれたブログを見てきた。神様も確認済みなんだろ?」
「まあ……そうですね」
神様の方を起こした。碧には悪いがこの口調の方がこの話は話しやすい。
俺はホテルに着くや否や部屋に格納されているPCで彼女のブログの閲覧を始めた。おかげで細かい調査はいらなくなった。全ての理由がそこにあったのだから。
「鹿米碧は数か月前に自分の親友を亡くしている。そのことをきっかけに彼女の元に不幸が訪れた。大きく分けて三つ、一つは家庭内で両親が離婚していた。今一緒に進んでいる父親は母親の再婚相手。二つ、その母親が病で倒れた。現在入院中だが深刻な病だ。手術も予定されている。そして三つ、これに関してはすでに解決済みらしいがトラウマとなって残ってるのだろう」
見ると神様は顔を俯いていた。ブログを見せなきゃよかったかもしれん。こいつは人間の悲劇、苦痛に酷く弱いから。
「ショックだろうな。新しい父親が手を出してくるなんて」
「……びっくりです、本当」
驚きもせず悲しそうな顔もせず神様はただ思ったままの感想を言ってくれた。
実の父親が娘に手を出す、ブログには一度だけとありその後は謝罪もあったおかげで家族間にヒビが入ることはなく平和に過ごせていると記載してあった。
でもそれは鹿米碧の心に受けた傷を考慮していない。彼女の心には間違いなくヒビが入り、そのリカバリーは誰もしてくれない。
「ブログにもあったぜ。自分のせいで誰もが不幸になってく。だから人付き合いをしたくないって。今の友達に何も言わないのもその為だし、何ならその友達からも距離を取ろうとしていたらしい」
「碧さんの心境を思えば当たり前ですよ。雨さんだって同じ立場なら」
「ああ、そうなるな」
自分のせいで何もかもがおかしくなる。そんな人を俺は見たことがある。今は取り戻したけれど、もし一歩間違えていれば彼女だって碧と同じようになっていたかもしれないんだ。
これが答え、これが解。けれどもう一つだけ開示しなければならないことがある。
憶測だろとつっこまれてしまえばそれまでだけど認識を合わせておけば後で忘れることはない。
雨宮蒼が導き出したもう一つの解を。
「あ、岬に着いちゃいましたね。船着き乗り場まで降りれないかな」
「防犯上入れないようになってるだろ。ま、ここからでも十分に海は見れる」
波音が大きく響くのに見えるのは漆黒の闇。慣れてくればその正体が見えてくるけど見えない方がいい。わからないほうがいいことだってある。
今も言うべきことだろうかと迷ってる自分がいる。これ以上彼女の枷になるような事を何故言わなくてはならないのかと。
だけどそれを黙っているのはきっと俺が後悔する。だから言わせてもらう。先に進む、その為には受け止めてもらう。どんなに辛く苦しく、それでもこの解で求めるものに近付けるなら。
「神様と碧さんの接点をずっと考えてた。結局俺一人では思い付かなかったけど。でもある人が俺に助言をしてくれて、ようやくわかったんだ」
「助言?」
「お前の先輩さんだよ。お前がトイレに行ってる間にちょいとな」
名前が出たにも関わらず驚いた様は見せず、諦めたように笑みを浮かべて神様は言った。
「なーんだ。どこにいてもあの人には見つかっちゃうんですね」
「お前ら神使ってのは本当は神そのものなんじゃねえかと疑っちまうよ」
「神の使いと書いて神使ですから」
「そりゃあそうだ」
こちらの口元にも笑みがこぼれる。言いづらい。けど辞めない。この口を動かす事を。言葉を綴る事を。
「神様、どうしてだ。どうしてお前は自分が消えた方がいいって思ったんだ?」
「……消えた方がいい理由なんて今更聞きます?」
「聞くさ。佳美さんを助けたのが原因でお前の存在が消される。確かにそれは神のルールにおいては禁忌かもしれない。でも」
「でもじゃないんですよ」
言葉を遮った神様は続けて当たり前で、だけど救済を意味しないその理由を口にした。
「神が本気を出すということがどんなに恐ろしいことかを人間は理解出来ない。私が消えることで雨さんも佳美さんも他の皆も幸せになるならそれが一番です」
「お前の都合で話すなよ。お前が消えることで」
「消えたらもう誰も私を覚えていないからそれでいいんです。雨さんの望む世界を作り出し、その後に私は自分自身を消す。そうすることで先輩も納得してもうこの世界に私という存在がいた事実は消えます」
その事実が駄目なんだよ。
昔と違って俺は弱くなった。誰かが周りにいないと思いたくないのに寂しく感じるし苦しくなる。自分を強がろうとしても一人で生きていくことが出来ない、弱小な存在だよ。
だから全員がいる世界がいい。
五日市、花珂さん、刹菜さん。それだけじゃない。雨宮蒼にとってみんなとは沢山の人を指す。
もう昔とは違う。そんな正論を振りかざすのが馬鹿だと言われようがいいじゃないか。普通にみんなと学校生活を過ごし、時には恋愛したり、時には喧嘩し、時にはみんなで笑ったり。
それだけの事をしたい。最初に神様が見せてくれたあの世界じゃなくてもいい。
ただ当たり前の事をしたいだけなんだ。
その中にお前もいる。花珂佳美でも鹿米碧でもない。
神様もいる。だから消えてほしくない。
「神様、約束を守ってくれ。俺の作りたい世界を」
「……私がいる世界は出来ませんよ。残る身体がないんですから」
「残る身体がないなら作ればいいだろ。神様なんだから」
「神様の使いにそこまでの力はないです」
「なら力を持ってる人を頼ればいい」
と、口元にニヤリと笑みを浮かばせる。唐突の発言に神様は怪訝そうな表情になっているがじっくり待て。きちんと説明しよう。
「リュナさん、いるんでしょ?」
「せっかくムードをぶち壊さないようにしてやってんのに呼び出すとかつまらん男やなぁ、自分」
「うるさいです」
どこから見ていたかは知らないが近くの茂みからひょこっと顔を出して来た。どこにいても逃げられないのだから初めから呼べばいい。
「リュナさん、昼間に聞きましたがもう一度。神様はどうあっても消えるしか道はないのですね? あと三月から十二月までに期限変更になった経緯を詳しく」
「その質問は神の気紛れとでも答えとくわ。あと何度も言うとるがな。そいつは存在を消すことしか道は無いだと。もしそれをしなければウチらがそいつを消す」
「……でも消滅後に例の件で生まれ変わることは可能ですよね?」
「はあ?」
突拍子もない発言に今度はリュナさんが声を上げる。
「自分何言うてるかわかってるん? 神の定めたルールを人間如きが」
「破れない。でも神使なら出来るんじゃないですか?」
「……なるほど。そういう腹か」
俺の考えを読んだリュナさんは「はぁ」と小さく息を吐く。
「言っておくがそれでこいつが助かるとでも? 神様の気が少しでも変われば、すぐに滅せられる。自分それがわかってるんか?」
「可能性に賭けるのは悪い事じゃないでしょう。あと俺こう見えてヲタクなんでそういう非現実的な実験は好きなんですよ。マッドサイエンティストみたいで」
「……勝手にせい。そもそも過去改変をすること自体もウチが見逃しているだけでほんまはあかんからな」
「ご厚意に感謝します」
神様だけが話についていけず、困惑した様子だ。
つまりはこういうことだ。
「今から神様に過去改変をしてもらう。その世界は『消滅した後の神様が人間として生きれる世界』を作る。神使なら何千万という過去に遡って、神の誕生からそういうことが可能なように出来るんじゃねえかとおもってな。上手くいくかはともかくやってみる価値はある。成功すれば儲けもん、失敗したらお前が消えるまでの間は耐久アニメ鑑賞にでも付き合ってやる」
「……馬鹿なんですか?」
呆れた様子でそう尋ねる神様。客観的に見れば支離滅裂としているというのが素直な感想だろう。
でも神様、お前にはこの世界を変えることに拒否する理由はないだろ。何しろ当初の約束は花珂佳美の意識を取り戻すことなんだからな。そしてお前が一度消えることでお前の中にいる鹿米碧も元に戻る。そういう話のはずだ。彼女の境遇に関しては俺なんかでいいなら十分に相談に乗ろう。死のうと考えている人を放置するくらいには心が死んだつもりはないし。
「神様、やれるよな?」
「……まとめると私が人間として生きられる世界に変える。そういうことですよね?」
「そういうことやな。ま、ウチとしてはあんまり看過出来ないんやがちょいと契約したもんやからな。そこの陰キャ童貞ヲタクと」
神の使いはオブラートという言葉を知らないのかな?
「ま、仕方ないですね。全く神使としての大仕事がこんな事になるとは」
「ちゃうな。これが神使としての最後の仕事や。これで終わり」
優しさや温情なんてない。むしろ失敗しろとさえ思ってるだろうだろう。
「わかりました。ですが責任は取れませんよ」
「わかってる。頼むぞ」
ついに覚悟を決めたのか、自分の頬を一度叩くと目を閉じた神様。
「じゃあな、神様。また」
「またって言葉が現実になる事を祈ってください」
「……ほな。あーせや。自分、ほんまに気い付けや」
その言葉を区切りに一瞬だけ視界がブラックアウトした。
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