第8話蒼い星が好きな君なら言っている意味がわかるだろう。8


 その瞳は熱く、けどやっぱり恥ずかしそう。だけどこちらを見つめるのだけは辞めない。

 そんな表情をされたら誰だって思うだろう。この子は俺に気があるんじゃないかなと。


「私と雨宮君ってどこか似てると思わない?」

「似てる要素が見つからないな」

「そう? 探せばあると思うよ、君と私」


 魅力的な言葉だがそれに乗っかれるくらい甘い話ではない。

 この子が俺にストレートな想いを、偽りではない本当の気持ちを持っているのだけは確かだ。以前に教室で起きた騒動でも彼女は俺を庇おうとしたし、何より会話をしていればわかってしまう。

 だから今も口元に手をやり、くすっと微笑む。


「私が諦めたと思ってた?」

「いいや、頭の片隅にはあったよ」

「片隅じゃなくてずっと考えてほしいな。侑奈みたいに」

「五日市はなんつーか……その」

「まさか侑奈をあそこまで焚きつける協力者がいると思わなかった。本当に誤算だったよ。もう少しゆっくりと君をこっちに向かせたかったのにさ」


 そう嬉しそうに綻ばせる北条さんは立ち上がると、僕に近付いた。既に机一つ分しかない距離感を少しずつ、ただの一cmも残さないように。彼女は立ち止まったのは俺の胸にこつんと頭をぶつけた所だった。


「敵うわけないじゃん。相手は侑奈だよ? 雨宮君の傍にずっといた人だよ? 私が後から入り込む隙なんてないじゃん」


  かける言葉はない。余計惨めにさせるだけだから。

 手を回すことも出来ない。そういう気を持たせることがどれだけ残酷なのかくらいは分かるだろう。

 北条五月、ただのクラスメイト。それ以上でもそれ以下でも雨宮蒼が彼女に抱くプロフィールは変わらない。けど彼女は違う。こんな雨宮蒼でも、金を盗み先輩をストーカーしていたと最低最悪の後輩としてレッテルを貼られ続けていた時からずっとその想いは変わらなかった。

 これはラノベでもアニメでもない。都合のいいように作られていないのが人生というクソみたいな作品だ。改変は誰も出来ない。それこそ神様だけにしかな。


「どんな理由でもいいよ。君が私に感謝をしてくれるなら同情でもいい。付き合ってよ」

「……何でそんなに俺がいいんだ? そうまでして付き合いたい価値があるとは思えないんだけど」


 訊くと、ぶつけていた頭を離れ、俺の顔を見つめる。その上目遣いは卑怯だ。けど視線を逸らすことも出来ないんじゃ黙って見つめ合うしかない。


「今年の文化祭さ、私は君の事なーんにも助けられなかった。侑奈達がこそこそと動いている事は知ってたけど、それでもその中に入りたいと声をかけることはしなかった。いや出来なかったんだよ。もう君達の輪に私が入り込む隙なんてないから」

「いやあれは」

「そんなんじゃないのは知ってる。君は先輩を助けたいが為に動いた。そして救った。あの生徒会長を圧倒して。見たよ、随分と無茶したね」

「そいつはどうも」


 とてもカッコイイとは言えない立ち廻りだったけれどね。

 しかし北条さんは「けどね」と付け加えて、言葉を綴った。


「君はそういう馬鹿だと思える事を可能にする力を持ってる。そういうのに惹かれる事が悪いとは思わないんじゃない?」

「面白い目をお持ちのことで」

「北条五月はそういう女の子なの」


 会話につられて、こちらの口元にも笑みが浮かぶ。


「文化祭中に再アタックかけるつもりだったのに雨宮君はずっと別の子の所にいたからこんなにも時間かかっちゃった」

「何に迷ったのか聞いてもいいか?」

「それ聞くの野暮っていうんだよ。ま、女の子には色々と決断するための時間が必要だったって事」


 得意げにそう言うと背を向けて、ちょっと俺から距離を取る。そしてくるりとまたこちらに振り向く。


「修学旅行の後でもよかったんだ。でも侑奈はもう動く気でいる。それならその前に勝負を仕掛けないと勝てない。それに私の中でそろそろはっきりさせたくて」

「……そか」

「雨宮君のせいだからね。私ってもっと調子乗ってて、こんな恋する乙女みたいな真似、全然柄じゃないんだから」

「まあそれはわかる」

「それ分かられるのもうざいんだけどー」


 そっちが言わせたんだろうがと文句を言いたくなる。

 けどその言葉よりも先に俺の視線の先で起こった事に思考が奪われた。

 何故なら丁度窓から差し込んだ夕陽が屈折し、俺達二人を照らした。眩しくて、一瞬目を瞑って、ゆっくり瞼を開く。そこに映った光景は違った。明らかにさっきとは違っていたんだ。

 北条五月がいなくなった訳じゃない。今も目の前に居る。でも違う。だってさっきの彼女には無かったんだ。


 瞳から光り輝く零れ落ちるものが。


「やっぱさぁ……駄目なのかなぁ……後から入ってきた私じゃ……入り込む余地ないのかなぁ」


 漏れた嗚咽を直視も出来ず、俺はそっぽを逸らした。

 誰かに決断を託せるのだとしたらどんなに楽だろう。でも無理、だって雨宮蒼は俺だから。

 誰かに好意を譲れるのだとしたらきっと皆幸せになるだろう。でも無理、だって彼女が好きなのは雨宮蒼だから。

 決めないといけない、雨宮蒼は。切り捨てないといけない、雨宮蒼は。

 そう考えてから数分、俺はようやくその答えを切り出した。

 

「北条さん、俺は―――」


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