第6話蒼い星が好きな君なら言っている意味がわかるだろう。6


 沈黙の時間は既に五分以上経っている。すぐに答えが出てこない相手にこれほど待つというのは苛立ちが積もるというもの。


「そうですか。だんまりなんですね」


 先程の質問が肯定と受け取られてもおかしくはない。しかし無理だろ。いきなり消えるから願いをこの場で言えって。俺が作りたい世界は何も想像できてないし、こんな切羽詰まった言い方ってないだろ、そりゃ。


「神様、急に」

「急じゃないですよね? 元々、文化祭が終わってわかることだったじゃないですか。大体先輩から聞いていたんでしょ? 私が消えることも」

「っ!」


 バレてやがる……そりゃ隠し通すのは無理か。

 観念した俺はようやく沈黙を破ろうと口を開いた。


「そうだよ。でも……信じられないんだ。神様が消えるっていうのが」

「消えますよ、私はね」


 あっさりと、そしてはっきりとその声は俺の耳に届いた。さらに「だけど」と言葉を続ける。


「その前に約束だけは守りたいんですよ。もうこの世界にいられるのはどんなに長くても二か月の十二月。それより前に神から命令が下れば、先輩が私を迎えに行きます。例え逃げようとしても私より上位の神使ですし、神が直々に手を下せばあっという間にジ・エンドです。ははは」


 笑いごとじゃねえよ……何でそんなに余裕ぶっこいてられんだよ、こいつは。


「さてと、それじゃあお話をまとめましょうか」


 と、俺に向けて人差し指を立てた。


「まず一つ。鹿米碧さんが文化祭二日目、いやその数日前から何を思い悩んでいたのかを一緒に探ってほしい事」


 その後中指も立てて、「二つ目」と言葉を付け加える。


「あなたが望む世界を考えてくること。出来れば来月初めの修学旅行までに」

「二週間も猶予をくれるなんて寛大だな」


 クラスでは毎日のように話題になっている修学旅行だったがこんな風にリミットを付けられてしまえば、俺も意識せざるを得ない。楽しくない方だけどな。

 が、神様は最後に薬指も立てて、親指と小指を合わせた形を作った。


「何の真似だ?」

「最後に個人的なお願いをしたいんですよ」

「お願い?」

「佳美さんの事です。もう二度と彼女にあんな真似はさせないようにしっかりと見ててあげてください」


 懇望の言葉に思わず目を見開いた。自分が消えるとわかった状況でもまだ気にしてんのかよ、こいつは。お人好しというか神好しか。


「わかった……なぁそういや」

「すいません。そろそろ時間なのでこれで。あ、お金はここに置いときますね」


 そう言って、足早に店を後にしていったので最後まで伝えられなかった。

 何だよ、聞こうと思ったのにさ。

 どこで花珂さんは俺の事を知ったのかって。



 × × ×



 翌日、クラスのHRでは修学旅行の班決めでいつも以上に賑やかになっていた。そりゃ学生一大イベントの一つで、浮足立つのを抑えろというのが無理なもの。俺だって内心ではちょっとワクワクしてるし。

 しかしね、しかしだよ?


「蒼、はいこれ」

「……五日市さん? どうして俺の班決めを君がしてるのかな?」

「あんたを入れるグループなんて私達しかいないんだから。五月も瀬尾川も歓迎のご様子だし」


 そう口にする視線の先にはこちらに向かって手を振る北条さんと、「雨宮君ならウェルカムウェルカム!」と謎にテンション高めの瀬尾川。約半年前に何があったかをお忘れでしょうか? 俺はお前の存在をほぼ忘れてたけどな!


「で、これスケジュール表ね。自由行動の時も含まれてるから」

「自由行動の意味って知ってる?」

「自由行動でしょ?」


 俺の動きは全て予定されてるんですがそれは。

 だが未だにクラスメイトからはどう扱えばいいかわからない危険物なのでここは穏便に済ます為にはここはお言葉に甘えさせて頂く方がいいだろうな。流石に中学みたいに旅館でも自由行動でも一人はちょっと寂しくね? 本音は魔棟辺り誘って聖地巡礼コースがよかったがこればかりはね。


「あ、蒼。それと今日って放課後なんかある?」

「ないけど、流石に遊びに行く金は」

「それは土曜日までなんとかしておくとして」


 土曜日も行きたくないです。勘弁してください。


「会いたくないならいいんだけどさ、元会長が蒼に話したい事あるって」

「元会長ってことは雪村さん?」

「そ。あんたが会長をさん付けなんて珍し」

「珍しいっていうか初めて呼んだわ」


 新生徒会体制になったおかげでもう生徒会長じゃないしな。

 ちなみに新生徒会長は今隣にいるお方で書記、会計には有菜とまどかさんだっけ。あとは生徒会役員ではないがちょくちょく手伝いをしているもう一人の葵君。何だか俺と違って、ラブコメ系ラノベの典型的主人公してる所を目にしているのでちょいと羨ましい。

 まあ後輩に会いたいのも含めて、色々とお話を伺いに行きますか。


「あ、雨宮君」

「ん?」

「私も放課後に少しだけお話あるんだけどいいかな?」


 そう声をかけてきたのは北条さん。会話するのも文化祭以来なので色々と言いたい事があるんだがそう提案持ちかけられるならその辺で会話しますかね。


「わかった。時間かかるけど先の方がいい?」

「課題やって時間潰してるから大丈夫だよー。終わったら教室まできてね」

「おけ」


 返事すると丁度よくチャイムが鳴った。

 




「雨宮先輩、手伝いに来てください」

「いや俺は無関係だし……」


 生徒会室へ入るやすぐに降りかかってきた声は役員でもない槻木宮からだった。やつれた頬と目の下にくっきりと出来ている隈。疲弊しきった声と後輩がここで何をされているのかは想像もしたくない。


「大袈裟だなぁ。全然大したことしてないじゃない」

「お前らがもっと働けば僕の仕事は楽になるんだよ!」

「それはまあ……ケースバイケース的な?」


 使い方が間違っているが有菜に今更指摘したところで直そうとはしないんで無視。

 それよりも俺は中央に置いてあるソファに腰をかけている人物の方が気になって仕方がない。


「久しぶりですね、会長」


 声に反応して振り返ると忘れられない顔がそこにはあった。


「ひ、久しぶりだな、雨宮」


 どこか怯えたような声。一か月前の余裕綽々な会長様はその面影すら見えない。髪もかなり短くし、顔も槻木宮程ではないがどこかやつれた様子。


「すっかり絞られたようですね」

「散々だったよ。両親には色々と黙っていたおかげでこっぴどく叱られたし、大学推薦も取り消しだからね。今は猛勉強というところだ」

「センターまであと数か月ですけど大丈夫ですか?」

「多少の勉強量でなんとかなる」


 多少でなんとかなる時点でやっぱりどこかおかしいよな、この人。五日市もそうだが普段真面目に授業を受けていればさほど受験には困らないという考えは一時間も真面目に受けれる集中力がある奴が言うもんだ。俺みたいにソシャゲの周回という誘惑に負ける奴には向いてないんだよ。


「サナさんはお元気ですか?」

「さあ。もう一言も交わしてないからね。君も私達の『噂』は知ってるだろう?」

「別れた話くらいなら」

「嘘をつけ。その顔は知ってると告げてるようなものだ」


 知らない方がおかしいくらいだ。

 雪村真一が雨宮蒼を生贄に数々の悪事を働いていた事やサナさんを利用し、性的欲求を満たしていた等という誹謗中傷な『噂』はこの学校のホットニュースとして大きく話題になっている。

 そのおかげで会長は前みたいに表立つ生活からこそこそと影でひっそりとする道を選んだとは聞いていたがこりゃ重症になるわな。


「怖いもんだな、『噂』ってのは」

「そうでしょう? メンタルやられて、逃げ出したくなりますよ」


 経験者の俺が語るのもあれだが本当に恐ろしい。増長だけしていき、歯止めがきかない。そして最終的には数十年後にやっと、それが『噂』の正体なんだよ。


「それじゃ話を聞かせてもらってもいいですか」

「ああ、その前に」


 と、元会長は今この場にいる生徒会役員達を一瞥すると彼等も察したのか、ぞろぞろと部屋から出て行き、俺と元会長の二人だけ。それほどまでに聞かれたくない話か。


「単刀直入に言おう。文化祭事件の真犯人について」

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