第19話フェスティバルは終わらない(後編) 19



「お願いします、あなたの為ではなく私の為に来てもらえませんか?」

「どういうこと……?」

「今、雨宮が会長を説得しに行ってます。刹菜先輩が苦しまないように」

「無理だよ。どんな事言ったって雪村君や海風さんは」

「わかってます、でも彼は退学も覚悟して止めに行ったんです。つまりはどんなことしてでも、あなたを助けたいんですよ」

「……でもそしたら何であなたの為?」

「決まってるじゃないですか。あいつがいなくなるのが困るんですよ。私の大切な人なので」

「……そっか。好きなんだ」

「そうです。文句あります?」

「……あるかな」

「……こんな風に笑うんならそりゃ惚れるわな」

「え? 何か言った?」

「いえ。それでその」

「わかった。でも今の私に何をさせるの? 文句の一つくらいしか言えないけど」

「それを望んでるんで。思いっきり言ったってくださいよ。あのナルシスト会長に」



 × × ×


「刹菜......さん......」


 顔を見るのは丁度一年ぶりになるだろう。少しやつれたように見えるがそれでも目の前にいるのはやはり雷木刹菜、その人。

 髪型がロングから少し短めのセミロングに変わってる。大方、短い方が楽って理由で切ったのだろう。


「雪村君、私は出ないよ。あとごめんなさい。あなたがどれだけ私の事を好きでも私の気持ちはやっぱり変わんないや」

「……正気ですか? 知ってますよね? 体育祭の時、私が文化祭の事についてを生徒の前で話した際に何もお咎めがなかった理由を」

「その後に私を呼び出して、蒼に手を出さない事を理由に全ての責任を負わせようとしたことも忘れないで」

「そんなの些細な事だ。つまり生徒会長というだけでなく、おおっぴらな出来ないような事も私なら可能なんだよ」

「そうかもしれません。それでも私はもう限界ですし、これ以上我慢してると後輩に取られそうなので。だからすいません、後夜祭にも出ませんし、もうあなたの言うことを聞けません」


 と、刹菜さんは言い切った。

 彼女の表情から迷いはない。恐れてないのだ、何もかもを。会長にも権力にも、自分自身に正直でいる。

 正直に気持ちを言う、それが彼女の目指したユウナだ。だからこれは変化ではない。元に戻ったのだ、彼女自身が。


「ふざけないでよ! あなたがまた前に出るせいでどれほど迷惑かかるかわかってるの!? 私だけじゃない。男子も女子もあなたのせいで壊れてきたものを沢山みてきた! あなたが笑っている影でどれほど涙を流したことかわかる? それに……私はどんなに頑張っても……どんなにやっても……二番目にしか」

「そんなの知らないよ。私はそこまで器用じゃないし。私のせいで涙を流すならそれは謝る。でもこれが私だし。今更変えることは出来ないもん。今までだってなるべく調子乗ってると思われないようにしてたけど悪いけどこうみえてわがままなの。言いたいことをストレースに言う性格だからごめんね。好きな人に似てさ」


 ……すいません、ちょっと顔見れないです。いやわかってる、この人昔から恥ずかしげもなくそういう事言っちゃう人だって。わかってたけど久々に目の前で聞かせられるともう色々とね! こみ上げてくる感動やら羞恥心がね! んで、こっちを見ないでよ! 本当を!


「ふざけないでくれ……私が」

「あなたが私に送ってきたメッセ、これは今回の件の証拠として然るべき所に提出させてもらうから」

「それと一応雨宮が来てからの会話も念の為の予備として録音してますよ。あと会長のお仲間さんは先程変なヲタクさん達が普及させに行った……らしいです? そこは雨宮に確認してください」

「何で疑問形なんだよ」

「雨宮の知り合いなんだから私がわかるわけないじゃん」


 失礼だな、おい。どうせ普及活動とかいいながら適当にやってんだろ、あいつら。でも喧嘩強くないよね? 特にユマロマとか。軟弱だし臆病だし。なんとなーくその辺はnichさんがカバーしてそうな絵面が浮かばなくもないがそこは今度のオフ会の話の摘みにでもするとして。

 会長の方を向くともうそこには俺に知っている雪村真一はいない。崩れ落ち、俯きながらぼそぼそと独り言を呟いている男が映るのみ。サナさんもその姿を見て、若干引いている。


「もうゲームオーバーってことにしませんか? 会長」

「……負け?」

「さっきも言いましたが調子乗り過ぎたんですよ。皆川先輩とか柊先輩とか色々と駒になってくれる人はいて、その上対象の人物は条件を持ち掛ければ都合よく受け入れ、彼女が辱めを受ける姿を見て喜ぶつもりだったのかもしれませんが人間、生物ですから。完全に筋書き通りにするなんて神様じゃないと無理ですよ」


 自分でも言い聞かせてるつもりでそう言った。

 本音を言えば一番に頼りたいのはそこだった。けれど神様の力を使わない、というより使わせたくない理由がある。もうバレているかもしれないが。

 そんな男の言葉を聞いた会長はやがて立ち上がり、小さく笑みを浮かべると再び口を開いた。


「諦めよう。今回はどうあがいても無理だ」

「真一君……その」

「サナ」


 会長はサナさんの方を向くと大きく頭を下げ、言葉を綴った。


「申し訳なかった。君が望むことを出来なかった」

「……そうね。私が生徒会にわざわざ入り、君の彼女を演じてきたのもこの日を待ち望んで来たから。でもそれが思いもよらない相手にめちゃくちゃにされるなんてね」


 同じようにサナさんも笑うと二人はそのまま俺達を避け、体育館を出ていこうとした。


「会長、その」

「……雨宮。私が今更何を言っても響かないだろうがすまなかったな。君の高校生活を壊してしまって」

「……それに関しては恨んじゃいませんよ。生憎と事件が起きた後になってからの方が友達というのは増えましたから」

「そうか」


 聞き終えると会長達はそのまま出口から消えた。


 文化祭二日目。後夜祭まであと十分じゅっぷんだった。



 × × ×



「え? 全部嘘?」

「じゃあ誰が金盗んだんだよ!?」

「てか雨宮も無実って今更それって何?」

「あいつじゃないなら俺達普通にあいつの事を悪く言ってたんだけど……」

「マジで意味不明なんだけど……つかそれも嘘じゃね?」

「だよね。雨宮、普通にキモいし」


 トレンド一位になった気分と訊かれたら複雑としか答えようかない。

 後夜祭の開幕式で突然キャンセル扱いされた刹菜さんの件。加えて今まで起きた雨宮蒼に関わる事件は全て生徒会の責任であると発表、本人は何の罪も犯しておらず、全ては濡れ衣だったと。

 まあそう言われてからと何だというのが世論だ。掌クルーの奴もいれば言いがかりをつけて態度を変えない奴もいる。だから雨宮蒼に貼られたレッテルは薄まることはあれど、結局は危険な奴、それで終わるだ。


「……で、何で来たんですか?」


 そう問いかけた先にいるのは本当に一年ぶりの再会のあの人だった。今は空き教室の窓からグラウンドで騒ぐ生徒達を二人で見つめている。

 相変わらず変わってない。でも物凄く懐かしい、なのに前と同じみたいに接するのが中々出来ない。

 黙ったままの沈黙を破るべく質問を投げかけた経緯はそれだ。


「蒼が相変わらず無茶するから」

「何もしてませんよ。少しラノベ主人公並みに騒いだだけですから」

「色々聞いてるよ。大変だったみたいね」

「二次元みたいに都合よいお助けキャラがいなくて辛かったですけどね。まあ終わったなら何でもいいですよ」


 そう、終わったから。ミッションコンプリートした俺にもうやることはないから。


「……後夜祭、行かないの?」

「行っても面倒になるし、空気悪くなるだけなんで。刹菜さんこそいけばいいのに」

「同じだよ。だからハブれ者同士で仲良くやるのがいいと思うんだけど?」

「……あなたがそれでいいなら」

「うん、そうする」


 小さく微笑んだ顔を見るとこちらもつられてしまう。何だ、ちゃんと話せるじゃん。口を開くか開かないかの違いか。


「蒼の周りには色んな人がいるんだね」

「自分でも驚くぐらいにびっくりですけどね」

「女の子の友達が多いというのは個人的には文句あるけど……ま、楽しそうならいいよ、それで」


 いやマジでこんなに増えるとは思ってなかったんです。いや本当に。

 けど去年から一年。五日市だったり魔棟だったり。ついでに会長達だって友達まではいかないが知り合い程度にはなった。

 そして半年前。奇跡を見た。人という枠を超えた存在に出会った。

 約束もした。そして叶えた。だからこれから褒美をもらいにいかないといけない。

 どうしたいかなんて検討もついてないし、そもそも神様とは話さないといけない事が沢山あるからまずはそっちの問題を解決し、進めないといけない。


「ねぇ、蒼」

「何ですか?」

「蒼はさ、今でも私の事好き?」

「その質問をこのムードで言うのはずるすぎません?」

「女の子がずるい生物なの知らないの?」

「いえ、もう嫌というほどには」

「なら答えられるよね」


 そうやって上目遣いで見つめてくるのも卑怯だ。そう女の子は卑怯だ。欲しい物を独占しようとして感情を揺れ動かし、自分の為に全力で行動する。それがいいことでも悪いことでも関係ない。

 ただ行き着く先に自己満足を超えた何かがあるから。


「すいません。正直わからないです」

「そっか」


 意外と呆気ない返事だった。もっと色々言われるかなと思ったのに。


「理由聞いてもいい?」

「……つい最近なら間違いなく刹菜さんが一番でした」

「あら。それはありがと」

「でも俺……告られたんです。友達に」


 自分でこういうことを人に口にする日が来るとは思わなかったな。

 こちらも保留のままだ。これ以上待たせるのはいくらずぼらな俺でもまずいし、申し訳ない。かといって今の俺に断る理由は見つからない。

 そりゃあ刹菜さんが本筋だったさ。でもあんな必死で訴えられて、それであんな顔をするんだぜ? 今まで俺を適当にしか扱わなかった同級生だった女子の初めて見る素顔ともいえるもの。

 悩むなという方が無理な話だ。


「じゃあその結果次第では私も参戦する余地はあるってことか」

「ノーコメントで」


 そう答えると再び窓の方に目をやった。

 フォークダンスのさながら、少し離れた木の下で男子と女子が向かい合いながら話している様が見えた。ある程度は察せるから微笑ましいというか、色々と恥ずかしくなるっていうか。

 でもそういうもんだよな。文化祭って。


「刹菜さん」

「何?」

「あの時の約束ってまだ有効ですか?」

「……うん。というか聞きたい。どうかな? 私はユウナになれたかな?」


 少し間を置いた。考える必要なんてないのに。

 でもこういうのはすぐに言わない方がいいんだろうな、きっと。

 だから落ち着いて、ゆっくりとその答えを提示する。


「少しだけ。まだまだ完璧ではないですね」

「……今日だけだもんね」

「ええ、今日だけですから」

「じゃあこれからも私の事を見ててくれる? 勿論約束は継続で」

「こちらこそ。まあこちらへの報酬は今期アニメのブルーレイBOXに変わるかもしれませんけど」

「そうならないように祈ってるよ」

「性格が黒いなぁ」

「わがままといってほしいね」


 もう十分過ぎるくらいにわかりましたよ、ええ、本当に。

 雷木刹菜は昔と変わらず可愛くて見惚れてしまって、そして自分の欲に忠実で優しくて。それ以外にも上げたらキリがないけど、とにかくこの人は俺の知っている雷木刹菜で間違いない。


「蒼」

「はい」

「またよろしくね」

「よろしくお願いします」


 そう、止まったままの時間はこれから始めよう。

 ゆっくりと、ゆっくりとね。

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