第18話フェスティバルは終わらない(後編) 18
『ただいま持ちまして第七十三回、志閃祭を終了致します』
校内に拍手の音が響き渡る。まるでコミ〇の閉幕みたいだがまだ終わっていない。
体育館に行くとそこに二つの人影が見えた。島張さんの情報通りだ。つかずっと尾行してたとかもしかして暇だった? なんて聞くのは失礼だし、誰の為にしてたんだって話だよな。
ここからでも判別できる。そこにいるのはこれから俺が倒すべきボスキャラだ。ゲーム感覚で挑むつもりはないけど。
できるか?
結局、ここまでの間何も出来なかった俺が最後に重大な仕事を任された。
それがなければこいつらを追い詰めたことにならない。
神様、侑奈、島張さん、有菜、魔棟、槻木宮、それと出雲さんか。
皆、俺の為に力を貸してくれた。本当に何の設定のラノベなんだろうな、これ。
「お疲れ様、雨宮」
「お疲れ様です、会長。サナさんも」
「お疲れ様、雨宮君」
労いの言葉をかけながら一歩ずつ近づき、やがて一メートルくらいの距離になったところで足を止めた。
「まさか結衣を使って、良太郎の動きを封じるとはね。おかげであいつのこれからの高校生活は色々と大変だろうな」
「でしょうね。少なくともこれまで通りの爽やか系イケメンの肩書だけじゃ女の子は寄ってこないかと」
「そう仕向けたのは君だろ」
「俺じゃないですよ。ただ皆川先輩が手を出した女の彼氏が色々とタガの外れた奴ってだけの話です」
「……計算外だったな」
「いえ、こちらも色々と計算外でしたよ」
まあそのおかげであいつの引きつった顔が見れたのだからいいんだけど。
「本題に入りましょう。後夜祭での刹菜さん登壇を中止してください。その為の交渉材料ならあります」
「ドキュメントや生徒会室での録音なら知っている。どうやらマキナを入れたのは人選ミスだったようだ。こんなところで足をすくわれるとは」
「……そういう風にしか人を見られないんですか」
違った。
俺に声をかけてくれた時のこの人はもっと優しくて、面倒見がよくて。何より言葉一つ一つが暖かい。
それをほんの些細な感情が変えてしまったというのか。
「好きだった。私はずっと、ずっと好きだったんだよ。なのにあの女は……その私の気持ちを侮辱した!」
「侮辱? 会長が告って、フラれた。それだけの話でしょ?」
「それだけ? はあ?」
そこに映る男の表情はいつも見る涼しいものではない。
嫉妬、欲望、情欲。恋に陶酔した男の末路にはこういう顔をする人もいるんだなと思い知らされる。それほどまでに雷木刹菜を愛し、愛し、愛し。ただ、愛していたというだけの事実が突きつけられる。
「一目惚れ、一目惚れでわかったんだ。この人は私の運命の人だと! この人以外にありえないと!」
「会長なら引く手数多だろうに」
「君にはわからないだろう。一目惚れがどれほど尊く、そして美しいか」
今のこの人からはそれを検知しろというほうが無理な話だ。
それに俺が一目惚れをしてないと思っていたら大間違いだ。俺にだってある。
憧れ、惹かれ、好きという感情を向けられる相手を見つけたことが。
「サナさんだって刹菜さんに引けに劣らず、魅力的だと思いますけどね」
「あら? 相変わらず褒めてくれるのね。本当に優しいのね、君は」
「お世辞でもないですからね」
「知ってる。でも君がそんなことを言う必要はないから。私は去年君を騙す為だけに書道部だって利用したりして、とにかくあの女を叩き落す為なら何でもした」
その言葉を発す瞳は怨恨が映り、本当にその目的しか見えていない。
知らない。俺の知っているサナさんはこんな先輩じゃなかった。大人っぽくて頼りになって、ちょっと惹かれそうになって。会うたびに緊張だってした。話すときは言葉を必死に綴ろうと頭をフル回転させて振り絞った。
人はこんなにも変わってしまうのか。憎悪を込めた言葉を平気で口に出来るのか。
「一番になりたかった。あの女がいなければずっと、ずっと私が頂点に立てた!」
「立てた……頂点ってスクールカーストとかそういう」
「ええ、皆が私の事を好きと言って、私以外に可愛い人も美しい人もいちゃいけないの。私が最高で完璧で一番じゃないと駄目なの」
「……どうしてですか?」
「決まってるでしょ? 私が常に一番だったからよ!」
慄然しそうになるくらい目の前にいるのは海風サナという女性ではなくなっていた。誰だ、あんたは誰なんだよ。
「会長と付き合っていたのも刹菜さんを蹴落とす為ですか?」
「ああ、というより真一君、もういいんじゃないかしら?」
「だね。もう隠す必要もないだろう」
互いに顔を見合わせて、頷き合う会長と副会長。
何の事かと首を傾げると、その理由を会長が教えてくれた。
「嘘なんだ」
「嘘?」
「私とサナは付き合ってないんだ」
「は?」
「付き合ってない、全部芝居だ。そうすることで周囲を上手く利用できそうだったから」
「……何ですか、それ」
「それくらい私たちは雷木刹菜を許さない、それだけだ」
馬鹿かよ、この人。
いやもう何言っても駄目だろう。俺の言葉は何一つ届かない。
サナさんもこの人もどうやら力づくで止めるしか解決の糸口は見えないな。
「で、どうするんだ雨宮。もうお前に私達を止める手立てはないだろう。言っとくが暴力で解決できると思わないでくれ。こうみえても良太郎よりかは強いつもりなんだ」
「……俺くらいならサナさんでも勝てますよ」
小言を呟くには十分なくらいまだ余裕を見せられる。
さて、そろそろこちら側も動くしかない。力で駄目なら頭でやってみますか。
「会長は何を見通してるんですか?」
「見通す?」
「刹菜さんをどん底に叩き落して、サナさんと仲良く二人で満たされた欲望の日々を過ごす感じですか?」
「変わらないさ。ただ彼女がボロボロになって、精神的に立ち直れなくなった事があったとしても私達は一切関知しない。それにもう私達の目の前に現れることなければ彼女も嫌な想いをせずに済むだろう。違う場所で理想の学校生活とやらを送ってほしいものだな」
「全然気持ちがこもってないですね。それとここまで来たならついでに教えてくれませんか? 具体的に後夜祭で彼女に何を言おうとしたか」
ここからが勝負だ。
ポケットにそっと手を入れ、ある物のスイッチを押す。
「簡単だよ。昨年の文化祭で文化祭実行委員会をかき乱し、雨宮蒼に運営費を盗ませた挙句全ての責任を押し付けたという事を彼女の口から言ってもらう、それだけの話だ」
きた。
勝った。俺はニヤリと勝利の笑みを浮かべた。
「何だその顔は」
「今の発言、流石にまずいですよね。会長本人の口から言うのは」
「……雨宮」
「浮かれすぎなんですよ。何もかも上手く言ってるからってつい調子に乗る。そういうところありますよね、あなた」
同じ手を使わないと思ったのだろう。もっと効果的な方法でやってくるとでも。
でも録音だって重要な証拠になると今の日本社会の裁判例を見れば一目瞭然。流石に肉声ならば証拠としては決定的だろう。
それにこれだけじゃない……らしい。いやらしいというのは俺は知らないのだ。魔棟が間に合えば途中で証拠の方からやってくるから待っていろとの事なんだが……。
「それがどうした? 言っておくがその程度で私が狼狽えるとでも? これぐらいじゃ動じもしないし、それに彼女だって自ら進んで後夜祭に出てくれるだろう」
「……何か脅したんですか?」
「まあそんなところだ。君をダシに使えば乗ってくれると思ったら案の定だったからな」
これにはさすがに激昂を駆られそうになる。いくら何でも人をからかい過ぎだろう、この男は。
「ああ、それと言っておくが皆川や紀和場以外にも私に協力してくれる連中はいてね。一応君がこのままその録音しているレコーダー等を置いてここを出てくれたら済む話なんだが」
「……屑だな、あんた」
心底呆れた。
だがどうするか。マジでいるならこの録音レコーダーを壊されてしまうともうこちらに手札はない。つまり元の木阿弥だ。何かも振り出し、いや手遅れと言ったところだろう。それだけは避けないとまずい。
会長と睨み合いながらじりじりと後ずさりをするが背後も気になる。
どうすればいい、どうしたらいい。
そうして後ろから連中と思われる人の声が、
「本当に私もそう思うよ、雪村君」
し……なかった。
間違えるはずがない。その声色を。
何度も聞いている。その声色を。
そして安心する、その声色が。
ゆっくりと顔を振り向いた。徐々に、少しずつ。その顔がそこにいることがありえないと思いながら。
「はぁ……はぁ、間に合った」
「ありがとね。侑奈ちゃん」
そうしてその先にはクラスメイトとかつての大好きだったその人、
五日市侑奈と雷木刹菜がいた。
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