第16話フェスティバルは終わらない(後編) 16



 よくいえばカッコイイ。

 悪くいえば女たらし。

 付き合う人すべてが満場一致でそういう感想を彼に浮かべるだろう。まあ私も同じ穴のムジナってやつ。そりゃあ塩顔系イケメンなんて華の女子高生としては放っておくわけないじゃん。皆よりも早く彼との仲を確立させることだけが私の目標になった。学生の本分は勉強? それよりも一時の恋なんだよ。

 でも、私にだって超えられない壁はある。

 人情というのがある。人が人を傷つけてはいけないなんて誰もが知っていることだ。どんなに落ちぶれていてもそれだけは心が黒に染まることはなかったのだ。

 彼は違った。確かに可愛いっていうわけではないかもしれないし、少し鈍間で苛つくところはあった。話す話題も全然乗れないし、コミニケーション出来ないでしょって思っていた。

 でもそれで傷つけていい言い訳にはならない。そんなのわかっていた。わかっていたけど私はそのまま彼から離れず、やがてその子は消えた。

 そのことで一つ変化があった。刹菜が、私の友達が異を唱えたのだ。これに対して彼は徐々に彼女の存在が気に食わなくなり、やがてそれは一人また一人と増えていき、気付けば私の知らない間に大きく膨れ上がってしまい、もう手の付けようがなかった。

 その結果、彼女は変わった。ただしそれは彼女自身が傷つけられたわけではない。

 彼女を守ろうとしたある生徒が犠牲になったからだ。陥れた彼等は反省の色どころか彼に怒りをぶつけるかのように悪評を広めた。私にも手伝わせようとしたのをきっかけにとうとう気付かされた。

 ああ、この人達はとんでもないことをしてるんだなって。

 だから私は彼と、良太郎と別れた。

 後悔なんてない。私はグループからハブられ、教室での居場所がなくなり、やがてそれは学校としての居場所がなくなっても、悪いとは思わなかった。


「お久しぶりです、浅間先輩」

「……え?」


 久しぶりだった。人から話しかけてもらえたのは。

 最も相手の顔を見た時は流石に愕然とした。だって君は私の事を嫌っているものだとばかり思っていたから。


「えーと、なんか去年の実行委員会の時と比べると随分と変わりましたね」

「……うん」

「でも、そっちの方が似合うっていうか……あ、いや前の長い髪の時が似合ってなかったというわけでは」

「大丈夫。私もこっちの方が気に入ってるし」


 うん、だってあの頃を思い出すから。

 髪と同じで色々と短く、狭く、気持ちが恐縮していくのが今の私には丁度いいんだ。

 さて、そういう話は置いといて。

 今は君がどうしてここに訪れたのかを聞かないと。


「どうしたの? というか雨宮君来ていいの? 謹慎中って噂だけど」

「いいんです。色々とね。で、浅間さんに用事あってきました」

「そう? あ、てか結衣でいいよ」

「あーいやそれは辞めときます。刹菜さんがうるさそうなんで」

「そっか」


 まだ好きなんだね、本当一途。

 でも真っすぐで折れ曲がらないその信念には共感が持てる。私も同じだったから。

 一緒にするのは失礼か。


「浅間さん。俺達に協力してもらえませんか? 今、あなたの元カレとその仲間達に刹菜さんが苦しめられ、ついでに俺の後輩の彼女も捕まってる。この状況を一変させるにはあなたの協力が不可欠なんです」

「……詳しく聞かせて」


 幸い私のクラスは展示なので店番の子がいるくらいだし、私が席を外したところで誰も気には留めやしない。存在を検知されてないのかもね。

 教室を離れて、ひとまず階段の踊り場まで移動する。この辺でいっか。


「どういうことなの?」

「浅間さんも今朝バラまかれたビラについてはご存知だと思います」

「後夜祭に刹菜が出るって話でしょ。知ってるよ」

「それを阻止したいですが生憎と連中は学校の中枢権力。一生徒である俺達だけじゃ止めることはできません」

「それなら私も同じじゃない?」

「いやどうしても必要なんですよ。まあ正直に話しますよ。あとで騙してたっていわれるのは嫌なんで」


 それを聞いてちょっとだけ危惧した。いや警戒心を強めないほうがおかしいでしょ。騙すって聞いて。これでもマナーやルールは守るいい子ちゃんなんですけど?


「方法としてはとりあえず後夜祭を辞めさせるために実行委員会の中枢に攻撃をしかけていこうかと」

「攻撃?」

「早い話が委員長とそのバックにいる皆川です。体育祭での一件で恐らくですが生徒会長と委員長には何かしらの繋がりがあり、そして後輩の雨宮からの情報でも委員長権限で働く業務を委託していたというのが確認されています」


 隣にいるもう一人の男の子に目をやると大きく頷いている。

 なるほど、さっき彼女が捕まっているという後輩の彼氏君ね。元カレがご迷惑をおかけしまして。

 その彼がここで初めて口を開いた。


「元カノさんの前で悪く言うのもよくはないですがどうしても俺はあの人が許せませんよ。権力をチラつかせながら都合のいい条件を出して、無理矢理飲ませる。この際ですのではっきりいいますが俺はもうあの人の顔に泥を塗る程度じゃすまないくらい叩き落したいと思ってます」

「はぁ、まあいいんじゃない?」


 むしろやってくれ。


「で、その皆川先輩についての情報を今集めているところでして」

「……え? つまりノープランってこと?」


 訊くと「ははは」と苦笑いする後輩。もう一人の一年君は白い目で彼を見つめている。うん、気持ちは分かるよ。口だけは達者だねこの子。


「だから私に都合のいい情報を出させようと?」

「まあそれもありますがもし無理ならそのまま浅間さんの方から皆川先輩にお願いして、一時的に開放してもらい、色々と面倒な事を起こしてもらって不祥事にさせようかと」

「あのねぇ……君、本当にアニメや漫画の見過ぎだよ? 確かに噂通りのヲタク君だよ、こりゃあ。重症重症」

「今度浅間さんにも面白いアニメ教えますよ。あ、最近公開した新閉監督のやつ見ました?」

「はぁ……まあ見たけど」


 深い作戦があると思えば所詮は浅知恵ってやつだったか。

 しかし彼は少しだけ笑みを浮かべていた顔を消し、急に真面目な表情に切り替えた。


「でも確たる証拠の存在とやらを今、探しています」

「証拠?」

「去年の文化祭から今回の文化祭に至るまでのドキュメントデータ。それを見つけることで連中を抑えられます」

「本当?」

「嘘だったら俺らが困りますよ」


 そういう彼に迷いは見えない。

 ふーん。そっかそっか。確かにこの子は刹菜じゃないと駄目かもしれないね。まあアニメ談笑は今度少しだけ、少しだけ付き合ってもいいかな。


「確かに私ならあいつを困らせる都合のいい情報を持ってる。それもとびっきりで退学を間逃れないレベルのね、多分。でも条件がある」


 こんなの柄じゃないんだけどなぁ。

 大体消さない私も私だよね。いつかあいつを困らせようとでも思ってたのかしら。それともこういう風に誰かが必要とするから? わかんないや。

 でも確かにわかってるのは彼等を助けることをそんなに嫌とは思っていない事。


「いつか刹菜と二人きりで話す機会を作って。こうみえて私シャイだからね」


 こんな風にわざと笑っているのも本当に私って何なんだろうな。



 × × ×



「なんであんな嘘をついたんですか?」


 浅間さんと別れた後、唐突に声をかけてきた槻木宮に顔を向けた。


「仕方ねぇだろ。ああでもいわないと俺達が何も根拠なく動いているように思われるだろうし」

「それでもドキュメントデータが実は何の役にも立たないことを言うべきだと思いますよ」

「時には嘘を重ねないと駄目な時もあるんだよ」

「……先輩って意外と悪者なんですね」


 むしろここまでの過程でいい者だと印象付けられる場面があっただろうか。後輩としては中々癖者だよな、こいつ。


「で、皆川はどこにいるんだ?」

「実行委員会に顔を出しましょう。あ、先輩は駄目ですからね」

「わかってるって。つかお前もさっき皆川にシフトを押し付けられたって」


 俺の言葉を無視して、先に進む槻木宮。そうして実行委員会本部まで着くとその扉を勢いよく開けた。

 とりあえず近くの空き教室に隠れるがそこからでも十分声は聞こえてきた。


「お前、今まで何してたんだよ? 言っとくけどお前のクラスはなぁ」

「皆川はどこだ? 知らないなら意味がない」

「いやだからどこ行こうと……っ!」

「ねぇちょっと! 何してんのよアンタ!」


 あっちゃー。意外と彼って冷静さをなくすタイプ?

 まさか一分も経たない内に問題を起こすとは。すぐに実行本部に飛び込むとそこには実行委員の胸倉を掴んでいる槻木宮がいた。


「いいから教えろ。本気で殴る」

「いやお前そんな事したら」


 そういった実行委員だったが言葉途中で思いっきり槻木宮に壁にたたきつけられる。周囲の生徒は固唾を飲んで見守っており、誰も手が出せない模様。


「槻木宮。流石にやりすぎ。後輩に超えられちゃ先輩の顔ないんだけど」

「……すいません。流石に先輩を超えるのはキツイです」


 いや何でそこだけ冷静なんだよ。俺がぶん殴ってやろうか。


「で、実行委員の皆さん。事を荒立てたくないんで簡潔に。皆川先輩は今どこにいますか?」


 訊くと近くにいた女子委員が小さい声で口を開いた。


「さ、三階。一年生フロアで見回りしてるはずです……」

「あんがと。よし、槻……あ」


 目を擦るがもうそこに後輩の姿はいない。あいつは瞬間移動のスキルでもついてるのだろうか。急いで三階に駆ける。もう遅いかもしれんがあの野郎のことだ。何を考えているかはわからないが血走った状態で殴り掛かりでもすれば停学という処分だけしか待っとらんのに。

 三階に着くとすでに廊下で人だかりが。もう悪い予感しかしないが恐る恐る近づくと、


「僕の彼女に近寄んな! この下衆野郎がっ!」


 勇敢なライトノベル主人公みたいな男の子がそこにはいましたとさ。



 × × ×



 何も考えられない。

 ただ僕にとって出雲まどかという存在がそこまでさせるという事実がそこにはある。いつもくっ付いてきて、ちょっとウザイとも思っていた時もあった。

 でも好きなんだな、僕も。お前が僕を何十、何百と好きと明言するように僕だって出雲まどかという女の子が愛おしくてたまらない。好きという言葉よりも重たく表現するなら愛している。結婚も前提に考えてる。だってこんな偏屈野郎を好きになってくれるような女の子なんて僕の一生では君しかいないだろう。

 だからさ、少しくらいは僕も羞恥心抑えてさ、カッコつけてみようと思うんだ。


「まどか!」


 ほら、そうやって振り向いた瞬間、笑顔になる。

 だからお前という存在は僕にとっては必要不可欠なんだよ。

 そうして手を伸ばすとまどかも手を伸ばして、やがてそれは繋がって、僕の元へと引き寄せる。


「悪いね先輩。どうしてもこいつが他の男と歩いているのが許せないんだよ。つかとっとと失せろ、下衆が」

「あ?」


 ぎろりとこちらを睨んでくるが殴るなり蹴るなりどうぞ。

 すうっと息を吸い、ここは思いっきり叫んでやりますか。


「聞こえなかったならちゃんと言ってやるよ」

「いやだからお前」

「僕の彼女に近寄んな! この下衆野郎がっ!」


 今この瞬間一年生達の視線は僕の物。嬉しくもないけどね。


「お前さ、何調子乗ってんの? せっかくいいところだったのに」

「何がですか? 私をデートに何度も誘ったり、身体触ってきたり」

「あれー? もしかして怒ってる? ごめんごめん、でもまどかちゃんは少しだけ黙っててね」


 そう言って僕の方を向く。

 そうだ、今お前が相手にするのは僕、槻木宮葵だ。


「言っとくけどお前、クラスどうなってもいいんだよな?」

「大層な言葉を吐きますね。ちなみに先輩もどうなってもいいんですか?」

「はあ? 何だよ、お前。俺を脅してるの?」

「こっちには先輩を困らせるのに十分なカードがあるってことですよ」


 口にしてから僕は雨宮先輩に心の中で謝罪した。本当は少し打ち合わせしてから切るべきカードなはずなのに。


「いやお前それで脅してるつもりかよ? どうせあれだろ、俺の元カノとかから聞いたんだろ。知ってんだよ、お前らが結衣と話してたのを」

「随分と余裕ですね。こっちにはその時の会話ログが残ってるのに」

「メッセとか残してたって俺がやったって証拠は? そんなのどこにあるんだよ?」

「そんなのあなた宛から送られてきたメッセという時点で学校やら警察は動いてくれそうですけど?」

「だろうな。まあそれが普通の生徒だったらって話だ」


 なんだこいつの余裕。

 ……いや待てよ。確か生徒会は今まで停学スレスレなことでもお咎めなしだったとか。もしだ。もしそれが生徒会だけでなくその関係者、つまりは皆川にも適用されるのだとしたら?


「その顔は気付いたって顔だな。そうだよ、真一に頼めば大体の事はもみ消せんだよ」

「……本物の屑ですね」

「何とでも言えよ。とにかくお前は馬鹿みてえに突っ込んで何もかも台無しにしたわけ。つかお前如きが何とかできると思った訳? 何が僕の彼女だよ。笑わせんじゃねえよ」


 勝ち誇ったように笑う皆川。拳に力が溜まるがまどかがいるのに人を殴ってもいいのだろうか。

 でも僕がいなくてもあとは雨宮先輩がなんとかしてくれる。

 そうだ、なら仕方ない。どうせ停学、退学になろうとも構わない。まどかがいるならね。

 そう決心し、覚悟を決めようとした時だった。

 後ろの野次馬達がざわざわと騒ぎ、目の前にいる皆川も意外そうに僕の後ろを見つめている。


「久しぶり。良太郎」

「……結衣」


 振り向くと先程あった浅間先輩がいた。僕の事に眼中ないのか、素通りして皆川先輩の正面に立つとニコリと笑顔を一つ。

 そして。


 パシッ!


 大きな平手打ちの音が一つ。

 んで、さらに、


「私! 浅間結衣は! この皆川良太郎に! 襲われたことがあります!」


 と大きく叫んだ。

 これに唖然としたが周囲のざわめきは異常なほどではないし、よく見ると一年以外の上級生もいる。


「結衣。お前何言って」

「あんたがそういうことをしてくるってわかってて付き合ったのは私だけどあそこまで乱暴にされるとは思わなかった。言っとくけど証拠足りないならあの時私が隠し持ってたモバイルレコーダーも提出しようか? ああ、それならあんたに色々口留めされている女の子達もつれてきて、色々と面倒な方に持っていてあげようか?」


 圧倒的にまくしたてる浅間先輩に流石の皆川も言葉を詰まらせる。


「わ、私も証言します!」

「ま、まどか。いやお前」

「だ、だからまどかちゃん。君がそういう事したらクラスが」


 話題をすり替えようとこちらの話に乗っかってきた皆川だが今度はこいつの背後から声が上がる。


「やれるもんならやってみろよ。先輩さん?」


 声の主の方に顔を向くと川口がどこか誇った表情でそこに立っており、後ろにはクラスメイトが。え? 何で?


「別に出店停止にしようが無断でやるからよ。クラス全員の同意で停学覚悟でやってやるよ」

「はあ!? いやお前ら」

「ねぇ、さっきから話題をすり替えようとしないでよ、良太郎」


 もはや哀れである。

 前からも後ろからも逃れられない壁。


「おい、あの皆川先輩が実はDVしてたって」

「私憧れてたのに……」

「もうSNSでも話題持ち切りだよ、これ」


 野次馬からの声にも気付いたのか、これまで積み上げたきたものが壊れてきたのがわかる。


「し、真一。そうだ、真一に連絡すればいいんだ」

 

 急いで携帯を取り出し、どこかに電話をかけ始めるが耳元に当ててからいくら待っても繋がらないのか、焦りが積もった皆川はやがて携帯を床にたたきつける。


「何で出ねぇんだよ! まさかここで見捨てんのかよ、おい!」

「もういいから。色々と我慢してたけどもう限界」

「結衣! お前はあいつらに騙されてんだよ! 大体俺は」

「私の友達を酷い目に合わせようとした時点で私はあんたを許す気はないよ。知らないの? 友達が困ってたら助けましょうって」


 チェックメイト。

 その言葉がよく似合った気がした。


「葵君っ、蒼君っ」

「ん? どうした?」

「まさかこんな大胆な告白がお望みとは思いませんでした」

「は? いやなんの」

「みんなの前で俺の彼女に触るなって言ってくれたじゃないですか」


 ここでようやく僕は羞恥心を抑えるどころか、この学校で一番恥ずかしいことをしているという自覚が芽生えてきた。

 顔がどんどんと熱くなってきた。え、待って。僕そんなこと言ったの?


「まどかも大好きですからねっ。ずーっと葵君の隣にいますからっ」


 と、僕に抱き着いてくるまどかに川口達がいるクラスメイトの方から祝福の声が上がる。いやもう何なんだ、これ。結果的に取り戻せてるけど全然僕の予想とは違くない? もっとこうスムーズに事を進めるはずだったのに……。


「槻木宮」

「あ、先輩……」

「……なんかまあ……お疲れ」


 その言葉に僕の心は何か色々崩れた気がした。

 違う! 絶対こんなの僕のキャラなんかじゃないからなっ!


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