第13話フェスティバルは終わらない(後編) 13
文化祭初日が来た。
今頃体育館は開幕式の最中で、大勢の生徒が盛り上がっていることだろう。おまけに生徒会役員、文化祭実行委員をほぼ全員出ているはず。
だがあの人のことだ。この絶好のタイミングを俺が狙ってくることくらいは予想しているはず。つまりは、
「一階正面玄関誰もいないです」
「裏門付近にも雨宮らしき人物は見当たりません」
鼠一匹の侵入を許さない構えだ。いやここまでする? たかが生徒一人の侵入程度で大袈裟過ぎだろ。まあ俺にとっては退学がかかってるので死活問題な訳だが。
さてと、もう少しすればまもなく開場だ。流石にこの変装は簡単には見破れないし、この姿を知っているのは有菜と魔棟の二人だけしか知らせていない。
敵を欺くには味方からというのはこういうことである。
「よし、そろそろいくか」
それにしても動きにくい。
制服姿の方がいいだろうと歌恋がチョイスしてくれたのだが何だか足がスースーするし、人に見られている感覚がものすごく嫌だ。どこかおかしいだろうか、足が太すぎるから違和感あるとか? でもnichさんとか歌恋は「細すぎて逆に心配」って言ってから……あぁ、ラノベ主人公が女装するときってこんな感覚なのか。
「どうぞー。ご招待の方ですかー?」
いきなり声をかけられ、顔を上げた先には受付の女子生徒が笑顔でこちらを向いている。不審に思われてはなさそうで少し安心した。でも声を上げたら流石にバレるよな、これ……。
とりあえず適当に会釈して、先へと進む。目的地は視聴覚室内にある機材室。そこが有菜と約束した作戦場となっている。まずはそこで落ち合い、連中の狙いを探っていく。その後はそれに対する防衛策を考え、実行。この二日間でとても行えるとは思えないスケジュールだがあとで後悔するよりかはましだ。
「……あれ?」
思わず声を上げてしまった。
目的地である視聴覚室にたどり着いたのだが聞いていた話では放送委員が自主制作映画の上映をやるということだが教室前の看板には『実行委員会第二本部 関係者以外立ち入り禁止』と記してある。いや何で本部が二つもいるんだよ。
まあ偶然ここに運営を構えたというのはないだろう。
深く考えるまでもない。どこかで五日市や有菜が立ち入るところを見ていた生徒が実行委員会にでも報告し、手を回された、これに尽きる。ろくに話もできないとは怖い怖い。
そう思っている時だった。
「雨宮蒼だよね?」
突然、声がかかり、身体を反転させる。
「……えーと、失礼ですが」
「そんな低い声の女の子なんているわけないじゃない。まあ外見だけなら全然女の子っぽいけど。つかマジでキモい、女装癖でもあるわけ?」
「どこの誰かに言われたくはないがこういう恰好をせざるを得ないようにした連中にそれは言ってくれ。で、誰ですか?」
「実行委員の一年だけど」
うわぁ、生意気。
神様みたいな純粋系を見ていたせいか、こういう憎たらしい奴は久々に苛立ちがこみあげてくるな。年上敬え。
「生徒会長にあんたを生徒会室までつれてこいって言われたからついてきなさい」
「それはご指名どうも。じゃあ行く。けど、お前は邪魔だから」
「は?」
「邪魔だって言ってるの。どこぞの一年に聞かれたくない話とかあんの。どうせただの伝言役でしょ? もうわかったから」
「はあ? あんたを生徒会室につれてったあとは教師に突き出すに決まってるでしょ? 噂ではこれで捕まったら退学らしいじゃん? 捕まえたらマジで面白いじゃん」
「よくご存じで。じゃあ尚更捕まるわけにはいかないな」
と、勢いよくその場から駆け出した。
一年は何か叫んでいたが無視。周囲の人も振り向くがそんなの構ってられるかっての。悪いが退学になること、あの人を救えないこと。そのどちらを天秤にかけろと言われたところで生憎欲張りだからどちらも頂きたい性分なんだよ。
数分走っている内に目的地にはたどり着いた。不気味なくらいにその扉の前には誰もおらず、誘っているというのがとても分かりやすい。何なら扉越しでもあの人の笑っている顔が見える気がする。
さて、鬼が出るか
いずれにせよここを出た時のことを考えないとな。
勢いよく魔王の扉、すなわち生徒会室の扉を開けると飛び込んで来た光景は生徒会長にサナさん、あとは確か体育祭で実行委員長やってた紀和場とかいう三年、それとやはり忘れようがない屑の代名詞ともいえる皆川良太郎。その一味でもある柊マキナもいる。
どうやらフルメンバーでのお出迎えらしい。
「久しぶり、と挨拶した方がいいのかな? にしてもそれ凄いな。聞かされた時は流石に嘘だと思っていたけれど本当に女の子じゃないか」
「残念ながら声までは真似できなかったですけどね。とはいえ先輩方を除いては欺くのに十分かと思っていまして」
「なるほど。まあとりあえず志閃祭へようこそ」
「それ流石に生徒会長が言うのはまずくないですか?」
「バレなきゃいいっていうことさ」
はいはい、生徒会特権ってやつですか。すごいすごい。
しかしどう見てもサナさん以外からは歓迎というよりかは不快そうに見られているんですけど……。
「ねえ」
「はい。えーと柊さんでしたよね?」
「名前呼ばないで、キモい。つかなんで退学してないの? 普通にあれだけ騒がせて、悪口言われて、まだ学校に残れるとかどういう神経してるわけ?」
「まあその辺は図太いんで」
適当に笑うと癇に障ったのか、皆川が会話に入ってきた。
「真一。別に今からこいつを突き出せばいい話じゃねえのか? 他の連中も全員抑えてるんだろ?」
「確かに彼だけならすぐにでも消せるが他の連中は抑えているからといって、はいそうですかと簡単に承諾するような連中じゃない。それにお前だってデートをするということで彼等の仲間である一年を見逃したらしいじゃないか? 結衣にフラれたばかりというのに落ち着きのない奴だよ」
「あれはあいつが悪りぃんだよ。何が可哀想だから辞めようだ。刹菜の態度が気に食わねえのは同じだろうが」
「それが彼女の優しさなのだから仕方ない。生徒会長として見習うべきところはある」
「はっ! どうだか。そういやあの子の相方も雨宮に似てたんだよな」
「あ、それウチも思った。全然釣り合っていないところも同じだよね」
そう言って彼等の下品な笑い声が生徒会室に響いた。
かつてこの空間で俺はこの人達を話し合い、少しながらもこの校内で素直になれる場所と認識していた。
でも過去は過去。今は敵である。
「それよりお話ってなんですか? ないならその辺の窓から逃げようと思うのですが」
「おいおい。流石にその恰好でここから飛び降りるのは色々とまずいだろ」
「いやそのまま扉から出た所で年上を敬えない生意気な一年がいるだけなので」
「……本当に何で来たんだ? こいつらは色々言っているが私やサナは君を巻き込むつもりはないんだ」
見つめる先にある会長の表情は憂いを帯びて、サナさんも同様だ。
そういえばこれくらいなら聞いても問題ないか。
「どうしてあなたほどの人がこういう真似をするんですか? 体育祭での宣言からずっと考えてきました。俺の為なんかじゃない、もっと根深い理由があると。他の先輩方は不服、嫉妬等の理由は想定できますけど生徒会長とサナさんの二人だけは全然わからないんです」
「ああ、そういえばまだ話してなかったか」
生徒会長は隣にいるサナさんに顔を向け、互いに頷くと再び口を開いた。
「同じだよ」
「は?」
「私もサナも昔彼女と色々あったんだよ。それこそ色恋沙汰っていうね」
「……まさかだとは思いますけどそれによる嫉妬ですか?」
「まあそれに近いかな」
「私もね。ずっと一番だったはずなのにあの女が全てを奪った。ただそれだけ。けど私達はそのことでどれだけの屈辱を味わってきたことか」
「……そういうことだ。つまりくだらない理由なんだよ、私達も。だからこそ私は許さない。そして彼女にも同じ屈辱を味わせたい」
締めると流石に血の気が昇っていたのか、軽く息を吐いていた。
どうやらずいぶんと誤解していたようだ。まあこの人達だからこそ意外と思えるのかもしれないな。逆に安心したよ。
「そのために俺も利用したってことですか?」
「君が彼女の隣にいた。最初はなんとしてでも消してやろうと考えていたがまあ利用した方がうまくいきそうだったからね。まさかあそこまでのヒール役を演じるとは思わなかったけど」
「……意外と会長も二次元みたいな考え方するんですね」
「それは失礼だな」
いやいやいや。消したやろうって言い方がもうそれっぽいし。
ま、アニメやラノベの影響を受けてることで同胞が増えるのなら喜んで歓迎したいものだな。同胞としてだけど。
「で、話は?」
「ああ、別にないよ。本当に女装しているのか興味があっただけだ」
「なるほど、それじゃ」
「出るなら隣の資材室から出るといい。前に生徒会室と繋がっていると教えただろ?」
「いやそれ外から鍵かかってるじゃないですか」
「……開けておいた」
その言葉に周囲にいた全員が会長の方に顔をやった。
「おい、どういうことだよ。こいつを逃がすつもりか?」
「彼にはまだ利用価値がある。それにここで潰すよりもメインステージで潰した方が絵になると思わないか」
「……もし少しでも邪魔になったら遠慮なく叩き潰すからな」
皆川は舌打ちをし、俺を睨んだ。ああ、怖い怖い。
さっさと退散したほうがよさそうだ。
「雨宮」
資材室へ入ろうとするとまた声がかかる。
まだ何かあるようだ。
「何ですか?」
「……こちら側につくつもりは?」
「ないですね。刹菜さんと約束したんで」
「約束?」
「ユウナにさせるってね」
と、言葉を残した俺は資材室からとっと出ていった。
何の事やらと思うけどまだ約束は約束だ。
しっかりと守らないとね。
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