第10話フェスティバルは終わらない(前編) 10
ビラに関してはすぐに教師達の目にも止まり、朝礼で軽く取り上げられたが結局は誰かの悪戯という話で収まってしまった。当然あいつらの誰かがやったというのに本腰入れないとはやはり何かしらの息がかかっているのだろうか。
「やっぱり会長さんから賄賂とかもらってるんですかね?」
「かもな」
まだ開幕前の教室でまどかと僕は今朝の騒動について、軽く話し合いをしていた。
雷木は「ちょっと外すね」といつの間にか姿を消し、他の先輩達も動きを見せる様子はない。大方、雨宮先輩を侵入させるための手引きをしているのだろうな。
「あ、いたいた。槻木宮君だったよね?」
教室の入口から声が飛び、つかさず顔をやると眼鏡かけた女子生徒が僕の方に視線を向け、互いに交差する。
「はい。そうですけど」
「二年実行委員なんだけどさっき本部から連絡あって、例の生徒が侵入したらしいから見つけたらすぐ報告してって」
早。まだ始まってすらいねえのにもう潜り込めたのかよ。バレるのも早いけど。
「それともう一つ」
「ん?」
「もし例の人を匿ったら連帯責任としてそのクラスは出店停止。で、担当実行委員に関しては学校及び生徒会から罰せられるから。それじゃ」
淡々と説明し、その先輩は去っていった。ただの伝言役だったのだろう、ご苦労様。
まあ言いぶりからこの後どうなるかと想像を広げるとクラス内で隠すというのは危険だろう。昨日一日、どういう風に過ごしたのかは気にはなるが空き教室なんかも臨検されるので雨宮先輩にとって、全てが敵。一時も休める猶予を与えない気だし、行動を封じようということだろう。
「あ、いたいた。まどかちゃん、おはよー」
また訪問者がやってきた。
しかしその声に嫌悪感を瞬時に覚え、まどかも僕の背中に隠れた。
「あれ? 嫌われちゃった?」
「そうかもしれないですね、皆川先輩」
「……こんな冴えない奴の方がいいなんて変わってるねぇ。陰キャにしか見えないけど」
「世の中には物好きもいるってことですよ。なので今日のデートも諦めてください、つか諦めろ」
もう敬語を使うのも面倒になり、思いっきりため口で言ってやった。ああ、せいせいする。朝から顔も見たくなかったからな。
ところが皆川は全く動じることはなく、むしろニヤリと口角を上げた。
「いやぁ後輩ってのはどいつもこいつも尊敬って言葉を知らないのかね。雨宮みたいな奴がまーだいるってだけでぶん殴りたくなるわ」
「どうぞ? こちらもその怪我で先輩を学校から追い出させるなら一発や二発」
言うと後ろのまどかが声を上げてきた。
「だ、駄目ですっ! 葵君が怪我するなんて」
「まどか、今は黙ってろ」
静止させるとしょんぼりとしたまどかはまた身を隠した。今は出させるべきではない。
「まあデートは約束だからしてもらうぜ。ああ、それとお前とまどかちゃんって刹菜の何?」
「話したこともないですよ」
「嘘ついてんじゃねえぞ。お前が雨宮の手助けして、俺達の邪魔をしてるってことはバレてんだよ」
「……そうですか。でも証拠はないじゃないですか?」
「ああ、ない。だから確認ってやつだ」
話してるだけで苛立ちが積もっていく。
こんな男をイケメンと呼んでいた自分を責めたい気分だ。ろくでなしとはこいつの為にある言葉だろう。
そんで、そのろくでなしはポケットから折りたたまれた紙を取り出して、広げると僕の方に見せつけてきた。
「……は?」
「悪いな。どのクラスも今日体調不良でねぇ」
「ふざけないでください。先程」
「これ、実行委員長と生徒会長命令だから。あ、一応言っとくけどサボったら予想はつくよな?」
その言葉を発す皆川は僕の方ではなく背後にいるクラスメイトの方を睨んだ。
紙に書かれていたのは修正されたシフト表。驚くことに午前、午後全て僕の担当。そしてまどかも全時間見回りだった。いやここまでするか? こんな横暴な態度、普通ありえないだろ。
教師訴えるか? いや恐らく適当な補充人員探すとでも言われ、放置される始末だ。
「んじゃまどかちゃん行こっか。俺も見回りだし」
と、手を差し伸べてきた皆川。当然目の前に僕がいるので払いのけようと手を動かそうとしたのだが、
「わ、わかりました。ただし葵君には少しだけ休憩の時間を与えてください」
そんな気遣いの声が聞こえてきたのだ。
「まどか。もういい、クラスの皆もここまでして」
「葵君」
声のトーンを下げ、まどかは僕の耳元に口を近づけると皆川には聞こえないように囁いた。
「有菜ちゃんと連絡とってください。雨宮先輩を救うのが私達の役目です。そして……」
一泊置いた後、少しだけくすっと笑い声が聞こえ、
「待ってますからね」
告げると僕の背中から離れ、皆川の横に並んだ。
「えー、手握りながら回ろうよ。人混みでいっぱいだし」
「私汗っかきなので。それじゃ先輩、行きましょうか」
「しゃあねえな。それじゃ彼女は貰っていくよー、あ・お・い・く・ん」
そう言って嘲笑うとまどかと共に人混みの渦へと消えてしまった。
僕は完全に放心状態で現実へ呼び戻してくれたのは川口達クラスメイトだ。
「おい! お前何してんだよ!」
「まどかちゃんを行かせたら、あの下衆野郎何するかわかんねえんだぞ!」
見るとクラスメイト全員が僕の方に視線を向けている。
その表情は鬱憤や悲哀、少なくともまどかに助けられた僕を擁護しようとする者は誰もいない。それもそうか。こんな腑抜けた男なのだからな。
でもお前らは何でまどかがあいつの所へ行ったのかはわかるだろ?
「中止になってもいいのかよ」
「何?」
「ここまでやってきて、全てパーになってもよかったのかよ! せっかくまどかが開催できるようにしてくれたんだ。それで」
そこまで言いかけた時だった。
目の前の川口がこちらを睨みながら、近付いてきて、僕の目の前に立った。
「なるほど。じゃあいいよ。まどかちゃんがそうしてくれたと言い切るなら好きにしろ。ただお前はあいつが言っていたように実行委員の仕事で忙しいんだろ。だからクラスの事には関わるな」
そう吐き捨てた。
それから他の連中も準備に戻り、居場所がなくなった僕は教室の外へ出て運営本部に向かった。何も言い返せない。その通りだからな。
文化祭二日目、最悪のスタートだ。
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