第9話フェスティバルは終わらない(前編) 9
『本日の文化祭は終了しました。生徒はそれぞれのクラスに集まって」
校内アナウンスが延々と流れる。もう夕陽が落ちるのも早く、辺り一面闇に覆われており、片付けやら明日の準備でまだ多くの生徒が残っている最中、雷木に呼ばれた僕は機材室にいた。
「わかったわ」
開口一番、彼女はそう言って、一枚の紙を差し出してきた。
「これは?」
「明日の後夜祭でやるプログラム」
目をやると開幕のバンド演奏やらビンゴ大会など盛りだくさんのアフターイベント。お祭りの打ち上げなのだから盛大にやれるだけやろうという話だろう。
そしてそういうお祭りにはやっぱり想いを打ち明けたりする時間も必要な訳で。
「デスティニーボイス 真実の告白……なにこれ? 」
「酷い名前よね」
苦笑いを浮かべる雷木に僕も同意だった。デスティニーボイスでも中々痛いものなのにさらに苦くしてしまったかぁ……生徒会センスなさすぎだろ。本当にあの生徒会長が考えたものなのかと思うとあまりに意外過ぎて、なんかゾッとする。
「んでそのデスティニーボイスなんとかに出れるのは選ばれた生徒らしいけどもちろん細工済み。しかもトップバッターで終わらせる予定らしいわ」
「とんでもないツワモノがやばい告白をするのか」
「そりゃそうでしょ、お姉ちゃんだもん」
あっさりと雷木は答えた。いや実の姉が出るんだから少しは悲哀な顔とかも浮かべようよ。
「よく出るな、お前の姉ちゃん」
「蒼君が止めてたのにここにきて出るってことは会長達が何かしらの形で脅したに違いないね。何をネタに揺さぶってるのかはわからないけど」
「じゃあそのネタを潰せば問題ないのか?」
「……いや多分無理。お姉ちゃんにここまで大胆な事をさせるのだとしたら恐らく蒼君関連のことだと思うし」
そういうからくりね。かつての恋人を人質に取るとは向こうも中々の強硬派だな。海風先輩の話を聞いた時もそうだが執念は余程のものと見受けられる。
「そういやその雨宮先輩は?」
「侑奈先輩にこっぴどく叱られ、今は付きっ切り。あの人も夏休み前と後で異常なくらいに変わってるからなぁ。蒼君ってハーレム? 系アニメの主人公なのかしら」
「なんだか同じ名前のせいで胸が痛いぞ」
「まどかちゃんのことをずるずると引きずらせてる時点で同じよ」
くっ! 返す言葉がなにも浮かばん!
しかもこいつはその上さらなる追い討ちをかけてきた。
「ところでまどかちゃんにいつ告白するの?」
訊かれた途端、思考が止まりかけるもすぐに戻り、雷木の方に振り向いた。
「なんで知ってるんだ!?」
「あら、本当だったの。カマかけたつもりなのに」
ニヤリと意地の悪い顔をしている。面白いものを見つけたと言わんばかりでそっぽを向いた。
「いやーまさかWあおいで彼女を作れてしまうとは」
「決まったわけじゃねえよ。てかその言い方だと雨宮先輩もヨリ戻すのか?」
「さあ。あの人には神様ちゃんに侑奈先輩、それにクラスにいる北条先輩だっけ? まあ簡単にお付き合いとはいかないだろうね」
「モテるってのも大変なんだな」
「まどかちゃんいれば十分でしょ」
そりゃそうだ。二股なんてとんでもない。
「で、明日はどうするんだ? このまま見過ごすというわけではないだろう」
「うん。どうにかしてデスティニーボイスを止めるよ。最悪、警察沙汰も考慮してる」
「退学上等ってやつか」
「カッコいいでしょ」
と、口角を上げて、笑みを浮かべる。
その意見に反対なんかない。人は時には無謀と思われがちでもやらなけれならない時がある。僕が好きな特撮ヒーローだってかなうはずのない敵に何度も何度も立ち向かう。その諦めない姿勢は賞賛に値し、見習うべき僕の理想像なのだ。
だから敵が巨大な組織だろうが食い止められる可能性が一%でもある限り、実行する意味はあるはずだ。
「まあ具体的には侑奈先輩達が必死になって、先輩方のこれまでの悪事の証拠がないかを探して、交渉させる。で、駄目な時は多分蒼君が突っ込むよ」
「……そりゃあかっこいいな」
好きな人の為に全てを捨てれるなんてな。その雄姿は是非とも目に収めたいがそうならないようにする為に動くのが僕らの仕事だ。
「証拠探しっていうのは今回の件のか?」
「そうだけど実際何か起こした訳じゃないし、正直訴えたところでまともに取り繕うとは思えない。もちろんお姉ちゃんが強要されてると言ってくれるなら話は早いんだけどそしたら蒼君がどうなるかわかんない」
「すべては敵の思うままってところか」
考えられた策略だ。
これじゃ後夜祭まで邪魔が入らず、学校権力をフルに利用した作戦として申し分のない。
万事休す、か。
「とりあえず明日の指示はまた明朝に連絡する。ただ決まってることは明日は他の先輩達も色々忙しいから私の指示だけをまどかちゃんと葵君は優先して」
「わかってる。そういや雨宮先輩は明日どうやってくるんだ?」
「それが私も聞かされてないんだよね。どう入るんだろ、本当」
雲行きは怪しい。しかし無情にも時間だけは進んでいく。このまま見過ごすという選択肢はないし、僕としても皆川、そして海風先輩と背後にいる首領ともいえる雪村先輩。
皆川はともかく、他の二人に関してはまだまだ知らないことが多く、関わりも薄い僕が入るというのは興味本位なだけの生意気な一年、邪魔者以外の何者でもないだろう。
だがここにきて、降りろと納得のいく人間がいるものか。一度興味を持ったことに関してはとことん追求していきたい性分なんでね。
最後に誰が勝ち、負けるのか。そして自分になにができたのか。
ああ、そうだ。もし終わったら有菜を通して、先輩達に何か奢ってもらおうかな。適当なご飯とかじゃなくて焼肉がいい。
そんな妄想だけが不思議と頭を渦巻いていた。
× × ×
翌朝、学校は朝にも関わらず賑わっていた。ただそれは昨日みたいに浮き足だった文化祭を楽しむものによる賑わいではない。
別の言い方すると騒動である。つまりなにを言いたいのかといえば、
「あの雷木先輩が男を騙してた? これマジかよ」
「めっちゃ綺麗な三年の人でしょ? 見かけによらねえな」
「私、刹菜先輩憧れてたんだけど……」
廊下には各クラスの生徒が溢れんばかりに集まってる。彼等の手には一枚の紙が握られ、皆視線を落としている。
その紙、まあ平たくいえばビラだ。僕もその辺に落ちていたものを一枚拾い上げ、見てみるとそこに記されていたのはこれまでベールに包まれた雷木刹菜の数々の過去に去年の文化祭事件の詳細。確かに内容は僕もある程度は耳にした通りなのだがその書き方がどうも意地悪いというか。特に文化祭事件なんかは雨宮蒼を利用した魔性の女と酷く書かれており、誹謗中傷もいいところのレベルだ。
そして極めつけはこれだろう。
『本日、後夜祭で衝撃告白!? 雷木刹菜本人がステージに上がる!』
もう本日一番のメインイベントを予告してくるとはあちらさんは隠す気はない。それどころか生徒達に知らせる事で一人でも多くの観衆を付けようとしたいらしい。そこまでして雷木刹菜を殺したいのか。
「教師は動いてくれるかね」
ぽつりと呟いた言葉だったが本心ではそんな期待はしていない。
わかっているのはこれを止めようとする僕達は本格的なダークヒーローになるかもしれないという未来が想像できたことだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます