第8話フェスティバルは終わらない(前編) 8
しばらく待っていると連絡を終えた魔棟先輩が戻ってきたので詳しい話を聞くことにした。
雨宮先輩はある方法で校内への侵入に成功し、今日はどちらかというと動向を探るのが目的だったのだがちょっと目を離した隙にいつの間にか生徒会室に乗り込んでしまい、大騒ぎという始末。
「今はどうなってるんですか?」
「知らん。俺が着いた頃には既に話し合いは終わっていて、会長達からその話をまんま聞いただけだ」
「え? ちょっと待ってください。会長達ですよね? 雨宮先輩を来させないようにしたのは」
「そこなんだよなぁ……」
言うと、頭をかきはじめる先輩。原因は謎のままらしい。
確かにおかしい話だ。あそこまで警戒をさせておいて、飛び込んで来た獲物を逃がしたのか? 全然意図が読めない。
「……とにかく今はぼやいていても仕方ないわ」
ショックから立ち直って……いやまだ重症っぽいがようやく口を開いた侑奈先輩にその場の全員が揃って顔を向けられる。
「雨宮には何とか連絡を取ってみる。有菜と神様ちゃんにも私から指示を出す。魔棟君は申し訳ないけど」
「わかってる。生徒会室に戻ってるよ」
「ありがと。今度少しくらいなら要望聞いてあげるね」
「課金以外にないな」
そう告げると魔棟先輩は教室を後にしていった。
「二人は……うん、とりあえずは楽しんでて」
「いいんですか?」
「いいの。私達が巻き込んでしまった事をちょっとでも協力してくれるんだから遊ぶ時間まで奪うのは上級生と生徒会役員の顔が立たないってやつよ」
言うと、笑みを浮かべるので僕達もつられて、同じ表情になってしまう。
「それじゃまた後で」
「はい。何かあれば連絡します」
「うん、よろしくねー」
手を振って見送る先輩を後にし、散策を続ける事にした。
「いいんですかね?」
「何がだ?」
「先輩を放置しちゃって」
「……一人になりたい時もあるだろ」
完全な予想だけどね。
だってあの人はきっとだけど雨宮先輩のことが……うん、その辺はいつか聞いてみようかな。思った以上に先輩ってやつは中々興味深い人が多いみたいだし。
「じゃあとりあえず続きと行くか」
「はいっ!」
そうして僕達は先へと進んでいった。
× × ×
まどかとの文化祭デートはそれから色んなクラスを回って、そこそこ楽しめたのだがタイムリミットというものがある。本当は委員の担当時間を合わせられたらよかったのだが他の委員も二日目を満喫したいらしいから一日目に希望が殺到し、結局まどかが自分から二日目の仕事を引き受けてくれたのだ。僕も移動しようとしたが動かしたら動かしたでまた調整しないといけなくなる。
今となってはなんとしてでも午後にすべきだったんだろうが。
まどかと別れ、運営本部に行くと何人かの生徒が置かれた長机に座っている。
僕も適当に空いた机に腰を下ろすと一人の実行委員が「はいこれ」と何枚かの紙束を手渡された。見ると作業マニュアルと記載されている。これに従えってことか。
「一年の槻木宮君だよね? 一応君はインカム係だから見回りとか行ってる委員の連絡を受けたりするのが役目。難しい事じゃないならそのマニュアルにあるガイドラインで受け答えして。判断出来ない時は委員長か生徒会、もしくは先生に連絡で」
「わかりました」
返事をするとその委員は「じゃ」っとあっという間に消えてしまい、気付けば僕以外の委員は誰一人いなくなっていた。どうやら前のシフト組だったようで僕の事を待っていたのか。
ひとまず机の上に放ってあるインカムを集め、イヤホンを耳に付けて、そのまま待機、と。
にしても暇だな。他に仕事がないかどうかも聞けばよかった。携帯も小説も全部教室に置いてきてしまったので退屈だけが僕を渦巻いている状態だ。
そんな時、ほぼ開かれないであろう教室の扉がゆっくりと動き、一人の生徒が入ってきた。しかもめっちゃ美人でおそらくは三年生であろう先輩が。いや確信はないけどこんな大人っぽさを一年如きが漂わせることはできないだろう。どっちかといえば可愛い系が多いほうらしいし。
「お疲れ様。今は君だけ?」
「そうですよ」
「そ……あら? ひょっとして君が槻木宮君?」
「そうですけど……」
首を傾げていると察したのか、こほんと軽く咳ばらいをして、その人は挨拶を始めた。
「あ、私の方は知らないよね。三年の海風サナ、よろしく」
「よろしく……です」
返すと海風先輩は何故か僕の隣の空き椅子に腰を下ろし、頬杖をつきながら、じっとこちらを見つめている。な、なんで? 席、いっぱい余ってるし話すなら対面側の方が広くない?
「あ、あの先輩?」
「お邪魔かしら?」
「い、いえ。ただその、失礼ですが先輩って実行委員じゃ」
「ないわ。でも私はここに入れる権利を持ってるの」
「権利……ですか?」
「何だと思う?」
蠱惑的で見つめているとつい飲み込まれそうになりそう。そんな感想が唐突に浮かんだ。本当に綺麗な人だな。恰好がクラスTシャツ一枚っていうのもまたラフな一面で色々と見えたり見えなかったりっていうのは男心をくすぐるってもの。
でも権利か。ここに入れる人物……あ。
「わかった?」
「生徒会……ですか?」
「ピンポン。ま、少し捻れば分かっちゃうよね」
と、笑みを浮かべていた。その笑った顔も絵になる一枚で不思議と見つめ続けてしまう。
「ねぇ槻木宮君」
「はい」
「君って雨宮君の知り合いなの?」
「……残念ながら連絡先も知りませんし、お話したこともないです」
「そ」
正直に答えるとその受け答えに満足し、そしてなぜか椅子を動かし、距離を縮めてきた。ああ、そうだ。段々思い出してきた。
この人、体育祭であの雪村先輩と一緒に『デスティニーボイス』に参加していた人だったな。
てことはあの生徒会長の彼女さんってことになる。流石にカッコイイ男にはそれに見合う美人がいるってものか。
「先輩」
「何?」
「お聞きしたいんですけど、先輩はその雨宮先輩に……」
「ああ、勘違いしないで。私は彼に対しては友好的よ? 少し真一君とか紀和場君がやりすぎなだけ」
「じゃあ先輩は雨宮先輩が悪い事をしたとは」
「思ってないよ。私が嫌いなのはあの女だけだから」
その言葉を吐いた海風先輩の顔は一瞬怖いものに見えたがそれは錯覚とも思わせるくらいの速さで笑みを浮かべ直している。しかし一瞬でも確かにそれは目撃した。ということはこの人の狙いは雷木刹菜か。
思い切って踏み込んでみるか。
「何度も聞いてすいません。その」
「いいよ。なんか君、雨宮君に似ているから私も話したくなっちゃうし」
「それは光栄ですけどその雨宮先輩って雷木先輩の」
「……ま、色々と察せられるか」
大きく伸びをして、軽く息を吐き、それから話の続きを再開した。
「ただの嫉妬」
「嫉妬?」
「私も真一君もどうしてもあの女だけは色々と許せないの。私の場合は本当に些細な事で中学を卒業した時点でもう会わないものだと思っていた。でも再会して、そして私と真一君は誓ったの」
「誓った?」
「うん。どうしてもこの人をこのまま野放しにはできないなって。そうしないと私達は満足できないから」
言っていることが色々と理解に追いつかないが一つだけはっきりしていることがわかる。
「つまり自分達の都合で雷木先輩に対して恨みを持っているってことですか?」
「直接いってくるところも雨宮君と変わらないね」
「あ、すいません……」
「いいの。本当の事だから。私もこれが認められたものじゃないのはわかってるの。複数人で一人の女の子をいじめるなんて神様からどんな天罰が降りるやら。でもね」
区切るとこちらの方に顔を向け、一つ笑ってみせるとその続きを口にした。
「どうしても私の大好きだった人を奪った彼女だけは絶対に許せないの……真一君も同じよ」
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