第7話フェスティバルは終わらない(前編) 7


「いらっしゃいませー!」

「えーと、個人的にはコレかなー」

「ごめんねー、写真撮影は校則とかで駄目なんだー」


 感想として浮かんだのは女子高生って凄い。もう男子の接客いらねえもん。列整理と受付の販売で十分だし。まあここまで多種多様なコスプレの上、高校生というブランドは人目につく。普段は制服姿な子もちょっと手を加えれば、いつもとは違う一面に心が躍るってもんか。


「葵君っ、オーダー入りましたー」

「はいよ。言ってくれ」

「ガーリックサンド二にオムライス三」

「ガーリック二とオムライス三だな」

「あと記念撮影一です。指名は槻木宮葵君でっ!」

「当店は撮影お断りしております」


 冷ややかに対応して、調理組にオーダーを伝える。仕切りで囲ってるだけの簡単なスペースだが熱気がこもりやすいのでかなり熱い。しかし彼等の顔にはもう文化祭を楽しむとかではなく、より早くそして美味しく料理することだけしか頭にない。

生徒という枠を超えたシェフ。シフト作成の際も積極的に入れてくれた彼等には頭が上がらない。あとでアイスの差し入れでも持っていこう。


「葵君、そろそろ休憩ですよね?」

「もうそんな時間? まだそんな経ってないだろう」

「いえ、少しだけずらしてもらったんですよ。私の休憩時間と会うように」


 すぐに確認すると本当にシフト表の休憩時間がずらされていた。いや本人確認くらいはしてほしい......。


「あ、槻木宮君とまどかちゃんは休憩入っていーよー。あとはこっちでやっとくから」

「ハルちゃんありがとー! それじゃ葵君!」

「はいはい、そんじゃあとは頼んだ」


 後を任せると調理場所から離脱し、奥に作られた簡易更衣室へ逃げ込む。

 流石にこの格好で回るというのは些か羞恥心があるのでベストとYシャツ脱ぎ、開放感あふれるTシャツ一枚になった。このクラスTシャツも初めて着たのだがもう何だろうか。デザイン一つにかなりこだわりを持たれ、最終的に入稿が遅れに遅れて、ギリギリになったのだ。女子が細かいディティールにそこまで執着することを見据えると来年はもっと早めにやることを推奨だな。


「待たせたな……で、まどか」

「はいっ、どこ行きます、どこ行きます?」

「お前は本当にそのメイド服で回るつもりか?」

「別に動きにくくはないですよー。人混みとかはちょっと葵君の身体を支えにしますけど」

「いいんならいいけどさ」

「そういうことですっ、じゃあいきましょうか」


 意気揚々な彼女を見るとこちらもテンションがつられてしまう。ただでさえお祭り気分というのは日頃は隠れている感情が飛び出したりするものだ。

 なので今も僕はさりげなく至近距離で触れたり触れなかったりしているまどかの手に少しずつ指を伸ばす。もちろんわざと。


「あっ」

「……行くぞ」


 声をあげられると恥ずかしくなり、顔を背けてしまう。

 廊下に出るとさっそく周囲を見渡し始める。ただ歩くだけでもまどかというのは目立つのに今日はメイドver。他のクラスの男子もその興味が尽きることはなく、視線だけが増えていき、隣にいる僕が肩身狭くなる。


「出雲さん、マジ可愛くない?」

「つかメイドってありなのかよ……ウチもコスプレさせりゃよかったわ」

「あの隣にいる男って例の彼氏? あんまイケメンじゃねえな」

「ああ、あれなら俺でも勝てそうだわ」


 暴力反対だよ、ほんとだよ。そんな注目から逃げるように進んでいく。

 最初に目に入ったのはお化け屋敷、しかしまどかが怖いものがアウトなのでパス。続いてやきそばだったが飲食系はできればカフェみたいなところで休みたいし、そもそもタレがつくものはまどかの衣装に汚れが入ってしまうのでアウト。


「あ、タピオカ買ってきていいですか?」

「巷で噂のチャレンジとかをしないならいいぞ」

「できますけどしないですよー」


 と、タピオカ店をやってるクラスへ向かっていった。まあできるよね、君の胸なら。体育の時とかなるべく目線を外していくようにしてはいるが意識的に下がっていくのが男の性。これが万有引力というやつだろう。


「お待たせしましたー。はい葵君のも」

「悪いな。ところでこれ何味?」

「チョコミントですっ」

「へえー、色々凝ってるもんだ」

「尚、味は保証できないようですよ。たまたま知り合いいたからオリジナルメニューで出してもらっただけなので」

「おいこら」


 食中毒起きたらどうするつもりだろうか。というより勝手にメニュー変更は禁止事項なんだけど……いやここはまどかを立てて、見なかったことにする。

 奥まで進んだら上の階へ向かう。二年は昨年の経験もあってか、一年よりもお店を意識した内装やメニューとなっており、集客も集中しているようだ。おかげで身動きがなかなか取れず、まどかの手をさっきよりも強く握りしめる。

 まあついでに……少し調子に乗るか。


「まどか」

「はい?」

「ちょっとごめんよ」

「え? ほわっ!?」


 手を引っ張って、一度こちらの元へと引き寄せる。

 とりあえず近くにあった教室までそのまま移動し、落ち着くのを待とう。

 と、我に戻るとずっと抱きしめていた女の子がここ最近見てばっかの顔をしながらこちらを睨んでいる。


「あ、葵君、きょうはずるいです……」

「まあ……悪かった」


 手を離すとまた元の距離間に戻る。残念。

 さて入ってはいいがここは何だっけ。見た所、教室の半分くらいを境に黒い暗幕で仕切られており、『次の公演は十三時からです』という張り紙がある。


「ごめんね、まだ準備できてないんだ」


 後ろからかけられた声に反応して振り向くと見知った顔が立っていた。


「侑奈先輩のクラスだったんですね」

「うん。マジックショーだったり、ダンスを披露したりとまあ何でもありのパーティーだよ、パーティー。客入りは微妙だけどね」

 

 そう言いながら苦笑いを浮かべた。

 まあこういったものは殆どは友達とその保護者だろう。下手なものを見せられたところで感心の一つも思えればいいが熟練した経験者でないとそこは難しい。


「ところでそっちが例の?」

「例のっていうか、はい」

「そっかそっか。槻木宮君にこんな可愛い彼女さんいたんだね」


 珍しそうにまどかの顔を覗くがまどかは僕の背に隠れてしまう。人見知りなのは許してくれ、先輩。


「で、先輩のボーイフレンドさんは来てないんですか?」

「ボーイフレンドではないけどね。まだね。流石に警戒が厳しくて、安易に入れることが出来ないの。仕方ないといえばそうなんだけどさ」

「でもどうにかして入れる予定ではいるんですよね?」

「うん、今有菜ちゃんが上手いとこ手をまわしてくれる予定っぽいからそれ次第かな」


 そういやあいつは午後シフトだったな。最初の円陣以降姿を見せないと思ったらそんなことをしていたのか。


「それより葵君、皆川先輩に喧嘩売ったって本当?」

「詳細に言うと売ってませんが将来的にはそうなります」

「一応生徒会としてはあんまり暴力沙汰は見過ごせないんだけどなぁ……」

「まあ事が事なんで」


 言うと、後ろのまどかが嬉しそうに「えへへ」と笑みを浮かべる。こいつの勇気には本当に感服する。でもだからといってデートを素直に同意できるかといえば話は別だ。

 だが悠長にトークタイムを広げているのもここまでだった。教室に突如、息を切らした生徒が入ってくる。


「魔棟君!? ど、どうしたの? もしかしてなにか」

「その"なにか"だ。雨宮の馬鹿、あいつとんでもないことしやがった」


 切迫した空気に包まれる。

 そうしてその魔棟という先輩は起こった事実だけを口にした。


「生徒会室に直接踏み込みにいきやがった。それも生徒会長だけじゃない、主要メンバー全員いる時に、だ」


 聞いた途端、侑奈先輩はこめかみに手を当てて、難しい顔をし、魔棟先輩はようやく呼吸が整ったのか、深呼吸をした。

 話から察せられるがどうやらもうエンディングかもしれない。


「もしかして雨宮先輩退学ですか?」

「しっ。縁起でもないことをいうな」


 まどかの呟きを静止するも空気がさらに重くなった。


「魔棟君、ごめん。私しばらく戻れそうにもないかも。だから他の子達にも伝えてきて。それからもし無事に帰ってこれたら、その馬鹿にあたしの所に来るように言っといて。ぶっ飛ばすか、蹴り飛ばすか、粉砕させてあげるか、好きなのを選ばせてあげる」

「同じようなのが混じってる気するがわかった」


 聞き終えると魔棟先輩は教室を後にする。

 侑奈先輩は近くの椅子に腰を下ろすと背中を丸め、意気消沈とした様を見せていた。


「あ、あの先輩?」

「ごめん、二人共。少しだけ休ませて」

「あ、はい」


 どうやら早くもこの文化祭、波乱を迎えてしまったようだ。



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