第6話フェスティバルは終わらない(前編) 6


 騒動後はとにかく息つく余裕もなかった。色々と思うところはあるが延長されたとはいえ、時間はないに等しい。

 結局、ようやく開ける状態にまでこぎつけたのは夜の七時を回っており、教師の最終確認直前となんともギリギリなタイミングになってしまった。


「け、計画性って大事ですね、葵君……」

「同意しかないな……」


 始まる前から疲労感が積もりに積もった僕達。しかも雨宮先輩の件もあるのでクラスだけに構っているというわけにはいかない。それにあのクズこと皆川良太郎に一泡吹かせるという大事な使命が残っている。

 全校生徒の前で大恥をかかせてやるからな……。

 そんな意思表示を誓っていると同じように疲れた様子の有菜が近づいてきた。


「やっほ……いやーまさかこんなギリギリだったとはね」

「すまんな。実行委員である僕のミスだ」

「葵君だけのせいじゃないよ。他の事にかかりっきりになっていたのはみんな同じよ。ま、彼女に窮地を救ってもらったというのはどうかと思うけど」


 ニヤニヤと口元に笑みを浮かべるのを見ると大方把握しているらしい。

 ならば話は早い。


「雷木、まだ残っている生徒ってどれくらいいるんだ?」

「え? そりゃあみんな用事がなくてもそこそこいるでしょうね。こういうお祭り前っているだけで楽しいってやつだし」


 なるほどね。ノリやその場の勢いに判断を委ねるというやつか。ならその中に実行委員はいる可能性は無きにしも非ず、だ。

 僕は教室を後にし、まずは近くのクラスから確認していくことにした。

 と、事情を説明してなかった雷木とまどかが後ろから追っかけてくる。


「どこいくのよ」

「一年の実行委員から情報収集だ。今更な気もするがク……皆川先輩を止めるには少しでも手掛かりがあった方がいい」

「かもしれないけど堂々と聞きにいったら連中の耳に入る。私達が満足に動けない以上、二人が身動きとれなくなったら完全にお手上げよ」

「安心しろ。文化祭中のどこかで僕の全てをもって、あのクズに地べたを舐めさせてやる」


もうクズ呼ばわりは隠さなくていいか。

 大袈裟かもしれないがそれくらいしないと気が済まない。尚、怒りに満ちている僕にはまどかが「葵君、流石ですっ」という笑顔と「彼女も彼女だけど彼氏も彼氏よねぇ……」と複雑そうな顔を浮かべた雷木に気付くことはなかった。






「そうか、悪かったな」


 これで三件目も収穫なし、と。

 意外にも実行委員は残っていたので何か委員長グループ、ついでに皆川についての情報も探ろうとするもやはり漏洩対策はしっかりとしているようで傾向は芳しくない。

 廊下に出ると他のクラスを回っているまどかと目が合った。


「どうだ?」

「こっちも駄目ですね」


 そしてその後ろから雷木も戻ってきた。表情から何も得らないことを察せられる。


「情報収集する暇もなかったという言い訳はしないでおこうか」

「別に構わないよ。二人には人数を集めてもらう方を頑張ってもらうから」

「ああ、それなら大丈夫だろ」

「だね」


 互いに笑みを浮かべた僕達はまどかの方を見る。注目の的で恥ずかしくなったのか、顔を赤くして、しまいにはそっぽを向いてしまった。


「ど、どうしたんですか?」

「いや、葵君に大事にされてるんだなぁって」

「別にまどかをないがしろにしたことなんか一度もないぞ」

「だったら正式に付き合いなさいよ。あんたなら誰も文句は言わないでしょ」

「僕らのクラスだけなら問題はない。けど数日前にもあったようにそれをよく思わない奴もいるし、自分自身も不安なところがあるんだよ」

「不安?」

「ま、秘密ってやつだ」


 会話を区切った僕はくるりと身体を向きを変えて歩き出した。

 クラスに戻れば、皆が談笑しながら残っているのだろう。しかし時刻はもうすぐ八時。流石にこれ以上は限界だ。

 とはいえ夜の学校というのは中々雰囲気がいい。いつもは窓から差し込む明るい景色とは裏腹に夜に包まれた街並みを見れるというのは怖さ反面、ミステリアスでもある。

 そんな時だからこそ人というのはいつも話さない赤裸々な話題を追求したがるものだ。最も僕とまどかの場合はまた違ってくるし、見たまんまの仲だ。隠し立てするような事は持ち合わせてはいない。

 だからこそ皆川みたいに姑息な手を使い、女の子を強引に引っ張りだすような真似は見逃せなかった。今の世の仲じゃそういう綺麗事は馬鹿にされるだけかもしれないがそれでも僕にとっては十分な理由がある。


 好きな女の子が他の男とデートする。それだけで邪魔したくなるのだから。



 × × ×



「それじゃ第七十三回、志閃祭の開催を宣言しまーす!」


 司会の声に一気に湧き上がるオーディエンス。始まる前から湧き上がる高揚感というのを皆押さえつけられないらしい。

 僕とまどかは実行委員の手伝いとして無線指示だったり、照明だったりと踊場を行ったり来たりの多忙を極めている。ちなみに三年生が司会の女子以外に殆ど仕事をしなかった件については後ろから蹴り飛ばしてやろうと思った。頼むから消えるか、消えるか、消えてくれ。


『はい、お疲れ様でしたー。実行委員は各自タイムスケジュールに乗っ取って、動いてください。また委員長と生徒会からの指示通り、例の男子を見つけたらすぐに報告をお願いします』


 聞き終えると耳元のインカムを外し、教室へと戻っていく。

 僕の予定は今日の午後からの見回りと本部待機。そして明日の午後がまどかが見回りということになっている。もちろんまどかの方は建前で実際に一緒に行動するのがあのクズなのは周知である。

 クラスの皆には報告済みなので最悪、店を閉めてでも、あいつが不埒な行動に出ないかを監視する予定だ。

 教室に戻るともう女子陣は衣装に着替え、男子も調理組と接客、案内組でそれぞれの衣装に着替え終えている。僕もウェイター用の衣装として上から黒のベストを羽織り、ズボンも履き替えた。ほぼ制服と変わらないが見栄えはまあまあ。大人っぽい雰囲気はともかくアルバイトにはまあ見えるだろうな。


「よーしそれじゃもうすぐ始まりなので実行委員から注意事項だけしますねー!」


 まどかが声をあげると皆が円陣を作り始める。仲がいいクラスでよかったもんで。他のクラスだと男子と女子で触られるのも嫌悪感を抱くとかで駄目らしい。

 組み終えるとまどかが説明に入る。だが既に話した内容なので恐らくメインはこの後のアレだろう。


「じゃあ葵君、掛け声」

「こういうのはまどかの役目だろ」

「駄目ですよっ」


 いや普通に考えるとこういうキャラじゃないのは分かるだろうに。


「そうだぞ! ここは槻木宮だ!」

「ツッキー、一発頼むよ」

「葵君、早くしないと始まっちゃうよー」


 気付けば他の連中からも背中を押されている。

 もう逃げられないようなのでここは素直に従うとしよう。


「じゃあ僕からは二つだけ」


 周囲を見渡すと全員がこちらを注視しているのでこっ恥ずかしい。

 だがこれだけは言っておかないと。


「全員怪我だけはするな。そしてもう一つ、まどかに何かあったら力になってほしい。頼めるか?」

「当たり前だ!」

「まどかちゃんにはあんな奴に指一本触れさせないから安心しろ!」

「俺らもやるけどお前が一番守らなきゃ駄目だからな」

「わかってるよ。それじゃあ頼むぞ、皆!」


 ふう、言い切った。

 しかし隣にいたまどかはいつの間にか昨日よりも顔を赤く染め、僕の後ろに隠れていた。どうやらこういうふうな扱いは駄目らしい。


 何はともあれここがスタートだ。


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