第5話フェスティバルは終わらない(前編) 5
あの一騒動後はもうドタバタと馬車馬の如く準備に追われる毎日で文化祭前日の
「葵君、すいません。もう少しだけ作業完了報告書を遅らせませんかね?」
「してやりたいが監督が天下の生徒会と実行委員執行部様だからな……」
実行委員がいくら嘆願したところで見逃してもらうほど甘くはない。それは重々承知しているはずだった。
しかし希望の光がないとは限らない。生徒会の視察ならば侑奈先輩が来ることも無きにしも非ず。雨宮先輩の一件を利用するわけではないが少しくらいの延長ならばあの人は目を瞑ってくれそうだ。
とにかく何時に来るかを確認しないと。
「視察まであと何時だ?」
「え、えーと確か午後四時に来るとのことで」
「……まどか、今何時だ?」
「……三時五十九……四時になりました」
声のトーンがどんどん小さくなっていき、表情が暗くなっていく僕達。
同時に教室の扉が開くとぞろぞろと見覚えのある上級生が入ってきた。
それもこちらの微かな望みをぶち壊す連中が。
腕の腕章に大きく『文化祭実行委員会』とあり、しかも連中の一人はどこかで見た顔だと思えばあの皆川良太郎だった。この学校でカッコイイ男子と名を上げるとしたらまず出てくるのがこの人だと言われるくらいの超がつく程のイケメン。後ろに連れているイケメンも雰囲気からそれとなくいる世界の違いが漂ってくる。
「おい、ここの実行委員誰だ?」
「わ、私ですけど……」
恐る恐るまどかが手をあげた。
すると皆川先輩はニヤっと口角を上げるとまどかに近づいてくる。
「あ、あの」
「へー。今の一年にこんな可愛い子いたんだ。ねぇ名前なんていうの? 俺、皆川良太郎っていうんだけどさ」
「わ、私は」
「何の御用ですか?」
つかさず割って入った。大人げない真似かもしれないがこういうやり方で近づいてくる奴は大抵まともな男じゃないのは学習済みだ。
「あぁ? ああ、男の方は興味ねぇんだけど」
「いえ先輩方がわざわざ一年の教室まで足を運んでくださったので用も一つがないとは思わなくて」
「……ちっ。お前キモいな。何この子のストーカー?」
言うと後ろの連中が笑い出した。別にどう思われようが構わない。それよりあんたらがここにいる方が問題だし、これ以上のさぼらせとくとまどかが何を言い出すかわからない。こんな輩でも一応は上級生、目をつけられるのは面倒だ。
すると皆川先輩は面倒そうにポケットから折りたたまれた紙を取り出し、広げるとこちらを睨みつけながら口を開いた。
「わりぃけど時間オーバーでここ出店停止な」
「は?」
思わず怪訝な声が出てしまい、後ろの連中の気に障ったのか、一人の男が前に出てきた。名前は知らないが見たことがあるようなないような……まあその程度の人物という話だろう。
「お前年上に対する口の利き方ってやつ知らねえのか?」
「ごめんなさい、誰ですか?」
「桑間。つかそんなんどうでもいいんだよ。今はてめぇの態度が生意気なのが問題なんだよ」
「つかこいつ雨宮みたいじゃね? なんか恰好似てるし」
「ああ確かに。雨宮二世ってやつ」
再度腹の立つ笑い声が教室を包む。雨宮先輩と同等扱いとは光栄な限りで。まさかこんなアバズレみてえなギャルに指摘されるとはな。ストレスを溜めらせるのがお得意のようだ。しかし話を続けさせようとするだけこいつらが居座るだけなので手が出る前に追い出すのが最優先だ。
だが僕はどうやら年上に対する態度というものを全然学習してないようで。
「さっきの話ですがどういうことですか? 先輩方程度でそんな判断が可能だとは思いませんが?」
火に油を注ぐ天才と呼んでほしい。おかげでクラスの至る所から笑い声が囁かれる。
「おい、今の誰だ!」
桑間先輩、いや化けの皮が剝がれた今、こいつらに先輩は無用だ。
周囲を見渡すがすぐに皆取り繕うのでばつの悪そうな顔を浮かべることしか出来まい。
そんな様子の中で皆川が話を続け始めた。
「別に。紀和場ちゃんから一任されてるってだけ。まあ見た所、部活の後輩とかもいるらしいし、いきなり停止ってのは可哀想だよねぇ」
「じゃあどうすればいいですか? 見逃してくれるような甘い話じゃないんでしょ?」
「ああ。丁度思い出してきたんだよ。一年の間に雨宮にくっついてる奴とは別でもう一人かなり可愛い美少女がいるってな」
と、まどかの方に視線を向ける。それを遮るように僕が前に立つが皆川は微動だにしない。
後ろからぎゅっと僕の腕を掴むまどか。横目で見ると顔を俯きながら、身体は震えていた。もう手を出してもいい理由は個人的には十分だがそれでクラスの努力を無にするのは一番最悪のケース。
「お前が彼氏だろうがストーカーだろうがもうなんでもいい。ただ丁度今、付き合っていた彼女と別れたばかりでさ。若い子と一日くらいデートしたいなーなんて。別に休日とかじゃなくて文化祭期間中でいいからさ」
「……失礼ですが皆川先輩なら声をかけてくる女子も少なくはないのでは?」
「いるけど大体そういうのって下心あるような連中なんだよ」
どの口が言うんだか。
ふと背後を振り返るとクラスメイトの表情からは意志が感じられる。どうやら気持ちは同じで今日ほど彼等に感謝する日はない。文化祭後の打ち上げは少しくらい工面してやるか。
そういう訳なので僕はその気持ちをこの外道に向けて突きつけてやった。
「お断りします。女の子を売るような真似をしてまで文化祭をやる意味はないですから」
「……おいおい、出店停止だぞ? 担任に泣きついても、規約上準備に間に合わなければ停止って決まってんの」
「だとしてもです。僕らは」
ここまで言いかけた所だった。
後ろで隠れていたはずのまどかが急に前に出ると皆川の方に向かって、大きく叫んだ。
「一回!」
「あ?」
「私と一回デートすれば、見逃してもらえるんですよね?」
「ああ、まあな」
「ならお受けします」
唖然とした。
いやあのまどかがだぞ? 僕以外の男子に興味を見せないあのまどかが他の連中とデート……はぁ!? 身体の底から言葉では言い表しきれないほどの感情が渦巻いてく。優しい子だからみんなの為を思っての事だ。けどそんなの神様だろうがお天道様だろうがまず僕が許す訳ないだろ!
「お前何言ってんだ! 別にクラスのことは」
「私だってそこまで馬鹿じゃないですし、それに皆川先輩は後輩に不埒な真似を働くような人だとは聞いてませんから大丈夫ですよ……噂通りなら」
鋭い眼光の先にいる皆川は少し表情を険しくする。皆の前で釘を指すことで動きを止める意味があるのだろう。
「成立だな。それじゃ準備頑張ってねー」
嘲笑いながら皆川達は教室を後にしていく。後ろから飛び蹴りの一つでもしてやろうかと動きそうになるが周囲が見守っている状況でまどかの勇気を台無しにする真似は出来まい。
やがて連中が消えた途端、クラスが騒音で包まれる。
「なんだよ、あのクソ野郎! イケメンだから何してもいいって訳じゃねえだろ!」
「何様のつもりよ! 尊敬してた自分がばっかみたい!」
「まどかちゃん、あんな奴に付き合わなくていいぜ? 嘘つきと呼ばれようが葵と俺らが守ってやるからさ?」
「そうだよ! あんな姑息な連中のために嫌な思いをする必要なんてないんだよ?」
男女共に彼等に対する怒気は想像以上だった。いや想像内か?
だが諸君、君ら以上に彼等に怒り、いやもう殺意まで覚えている奴がいることを忘れていないだろうか? 大体の事は笑って許せるくらい心を広くもったつもりでいたが今回に関してはあいつらは駄目だ。
イケメン? 知らねえよ、大体悪い奴っての顔がいいって相場は決まってんだよ。特撮作品も見たことのねぇ連中なんだろう? なら教えてやらねばな。
「ふふふふふっ……」
「あ、葵君? もしかして怒ってます?」
「いや全然。ただ有菜の頼みとは別にあいつらをこの学校でのスクールカーストの底辺中の底辺まで落として、嘲笑ってやろうかなって」
「あぁ……」
まどかの顔からどうして生気が抜けてきているかは分からない。
だが皆川良太郎とその仲間三人。
この僕、いやこのクラスを敵に回して文化祭を楽しめると思うなよ。
雨宮先輩の為ではないが少なくともあいつの顔だけには泥を塗ってやらないと気が済まんぞ。
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