第4話フェスティバルは終わらない(前編) 4
有菜、侑奈先輩との打ち合わせを終え、クラスに戻るとまだ作業は難航しており、殆どの生徒が残っていた。
僕もまどかもさっそく手伝いに入る。男子は内職と調理。女子は衣装作りとそれぞれの役割分担があるおかげで男子達もいつも違う一面な女子高生の姿にモチベーションが上がってる。
「おお、槻木宮。お前おしいところで戻ったな」
「何かあったのか?」
「さっきな、女子の連中と思い出作りってことで写真撮ったんだよ」
「ああ、いや別に」
「……そういやお前はまどかちゃんがいつでも撮らせてくれるもんな、くそ!」
負け台詞を吐いた川口に続き、男子達からの不穏なコメントが聞こえてくる。
「ツッキーはいいよなぁ。あんな可愛い彼女いるんだから家であれこれし放題だし」
「学校じゃ冷たくしてるけど家じゃめっちゃ色々してるって話だし」
「マジで? あいつ童貞じゃねえのかよ」
ひそひそと飛び交う憶測のオンパレード。否定に入ろうにもそれはそれで彼等の反感を買うのだから手の施しようがない。
しかもそんな間の悪い時だった。
「葵君っ。これどうですー?」
と、衣装チェンジしたまどかがご登場。
僕はよく分からないが『プライド&リジェクト』という人気ライトノベルに出てくるヒロインの制服らしい。紺色なうちの制服とは対照的で明るいエンジ色のブレザーなので新鮮に見える。
というか女子高生が制服着てるだけだからこれはコスプレに入るのか?
ひとまず返事だけはしておくか。
「まあ可愛いんじゃないの?」
「うーん、微妙な評価ですねぇ」
残念そうな声に表情。僕はしまったと気付くが時すでに遅し。
「全然似合ってるのにあれで"まあ"とか……」
「家ではもっと際どい恰好で」
そろそろ止めるべきか。いや殴っていいか、こいつら。
まどかは素でいた方が一番可愛いに決まってるだろうが、馬鹿め。
「おーおー。ずいぶんウチのクラスも進んで来たねぇ」
声のする方に振り返ると教室の入口に雷木がいた。僕が出た後もまだ侑奈先輩と話さないといけないことがあるらしくて残っていたが終わった様子。
さっきの話の続きもしたいし、こいつらからも少し距離を置かないと僕の手がそろそろ動きそうなので彼女の元へ移動する。
「雷木、もういいのか?」
「うん。葵もお疲れ様。色々と面倒な話で疲れたでしょ」
「いや事情はなんとなくだが分かったからいいとしよう」
「やっぱり葵に頼んでよかった。他の人だとそういうところに行き着かないだろうしね」
「どうだが」
軽く笑みを浮かべると有菜もニコっと笑顔になる。
こいつも笑うと可愛いんだな……って考えると後ろからまどかの痛い視線が突き刺さりそうなのでひとまず話題を変えるか。
と、口を開きかけた時だった。
「なぁ、頼むよ。一回でいいからさ」
「いやその……」
視線を移した先には同じクラスの溝口とその友人だろうか。見かけない顔で他クラスのようだ。
その二人の対面的位置にいるのがまどか。困惑した様子で顔が俯いている。
ただ事ではないのは一目で判断できる。
「おい、溝口も頼めって。お前だってこの格好まどかちゃんに着させたらいいって言ってただろ」
「いやだから……」
言いづらそうな溝口だったが視線上に僕をみつけたのか、申し訳なそうに見つめていた。まあ話の内容から察せるがあとで小言の一つや二つくらいは勘弁してもらおう。
とにかくだ。このまどかの彼氏扱いされている身であり、溝口は友人でもある。
ならば割って入っても問題はなかろう。
「まどか着なくていいぞ。これから仕事あるから」
後ろから口を挟むと顔を向けたまどかが安堵したのか、口元に笑みが浮かぶ。
一方でその友達さん、なんかヤンキーみたいな感じなのでヤンキーもどきって事にしておこう。そのもどきだが予想通り目を細めて、睨んで来た。
「何お前。勝手に入ってくんじゃねえよ」
「生憎、その子の自称彼氏なもんで」
「はあ!?」
気付けばクラス中が静まり返り、この小競り合いに注目していた。誰にも見られないで終わりたかったが仕方あるまい。ついに自称でも彼氏と口にしてしまった。身体中に湧き上がるこっぱずかしい気持ちを抑えるとまどかの手を引っ張って、僕の背中に隠れさせる。
こうすることでこいつが余計に突っかかってくるのも範疇だ。
「調子乗んじゃねえよ。何が自称彼氏だよ。陰キャ見てえな面しやがってキモいんだよ」
「そのキモい奴の方があんたよりかはこいつに好意を持たれてるんでね。つかこの衣装ってお前の自前か? ずいぶんな趣味をしてるんだな」
鼻で笑うとヤンキーもどきの顔が真っ赤になる。怖い怖い。
だって明らかに露出度が高そうな水商売の女性が着てそうな衣装。アイドルでもここまではいかない。大体、ウチのクラスにこんな衣装を作ろうとする奴なんているはずがない。
「あれって誰か作ったの?」
「私じゃないよ。恵美香は?」
「ウチも違う。じゃああの人が持ってきたの?」
どうやら地の利はこちらにあるようだ。
歯ぎしりをしたもどき君も自分が不利な状況だと察したご様子。
「マジで意味わかんねぇ。うぜぇんだよ」
そんな捨て台詞を吐いて、教室を後にしていく。まさに小物だな。
すると教室中から歓声が沸き上がった。
「流石だな、槻木宮! 彼氏を名乗ってるだけはあるな」
「彼氏たるものこうでないとな!」
男子連中が僕を持ち上げ、一方で女子はまどかの元へ駆け寄っている。
「大丈夫だった? 触られてない?」
「うん、全然平気。葵君が守ってくれたから」
と、少し照れ臭そうにこちらを見つめるので僕はそっぽを向いた。おかげでクラス中にからかいの声が広がる。
「ツッキー、マジでごめん。あんな奴とは思わなくて」
「ま、今度ラーメン一杯な」
「ついでにチャーシューのトッピングもつけるよ」
この空気じゃ溝口に怒る気もない。いやそもそもこいつは巻き込まれた被害者なのだから仕方ないだろう。
そんな一連の騒動も終わり、再びそれぞれが作業に戻ったところでまどかがこちらに駆け寄ってきた。
「ありがとうございました」
「別に。まあお前くらいだとああいう変な奴は近づいてくるだろうから気を付けろよ」
「その時は葵君がいるので大丈夫ですっ」
「自称彼氏だからか?」
「自称じゃなくて本物の彼氏でもいいんですよ」
「それはもう少しあとでな」
「……期待しときますね」
嬉しそうに言うまどかにまた僕はそっぽを向いた。
もう少し違う追い払い方をすればよかったのだが自然とあの流れになってしまった。つまりは僕もどこかで愛しい人が出雲まどかだと認めているのだろう。
全く神様ってやつは運命をどう細工しているんだか。
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