第3話フェスティバルは終わらない(前編) 3
「以上で連絡終わりでーす。何か質問あるー?」
「出雲ー、打ち上げどうするのー?」
「それは誰かにお任せしてもいいですか? 私は葵君と」
「僕は打ち上げに行くぞ」
「じゃあ私が幹事やります」
翌日、昨日の会議について、連絡事項を伝えてる僕達。さして急を要する話はないから手短に終わる。大体まどかが説明してくれるしな。
「じゃあ打ち上げはあとでグループの方に作っとくので参加する人は呟いといてくださいねー。何もなければ今日も頑張って作りましょー」
その言葉で会議は締めくくり、一年四組一同は文化祭準備に取り掛かった。
うちのクラスの出し物は喫茶店。ただし普通の喫茶店ではなく仮想喫茶店だ。ちなみに僕はコスプレ喫茶と呼んでいるがつまりはそういう事。
準備も内装よりかは衣装合わせの方が大変そうで男子は人気漫画のコスプレだったり、女子はナースや婦人警官等これまた昔ながらの王道派。クラスTシャツもせっかく作るというのに着る機会は準備期間くらいのものだ。
「葵君、これどうですー?」
「ん? ああ、可愛い可愛い」
視線の先にいるのは出雲まどかメイド服ver。張り切っていたのは知っていたので服に関してもこだわり一つ一つが見て取れる。
そうして近づくと上目遣いをしながら、甘ったるい声でメイドさんの常套句を口にする。
「おかえりなさいませ、旦那様っ!」
いやなんか違うぞ。まあそれでも十分に可愛いので客引きには丁度いいかもしれないし、売りにはなるだろう。
「葵」
また声がかかった。今度は誰だと振り向くと雷木が仏頂面で睨んでいる。巫女さんのコスプレがよくお似合いな事で。
「どうした? 結構似合ってるぞ」
「何か素直にお礼を言いたくないけどありがと。でもまどかちゃん以外にそういう事は言わない」
「別にまどかもそれくらいなら許すだろ。な?」
聞くとまどかは指を顎に当てながら、「んー」としばらく唸って、それから結論を言った。
「葵君っ」
「何だ?」
「褒めるのはよしとしましょう。でもそこから一緒にデートとか行ったりするのは」
「お前がいる限りそんな事をする女子はいねぇよ」
「なら大丈夫です」
満足げに笑った。うん、大体僕に近づいてくる子はまどかの好きな人で通ってるから自ら自殺行為に手を出そうとは思わないだろう。
「で、話を戻していい?」
「ああ、悪い。何だ?」
「昨日話した件なんだけど蒼君の方に進捗というより新たな問題が発生したみたいなの。だからちょっとだけいい?」
「分かった。そしたらどこで話す? 空き教室とかは却って目立つだろうし、ここで話すにしても誰かに漏れる可能性がある」
「大丈夫、ちょいとついてきて」
雷木はそう言って教室を出て行ったのでまどかに「少し離れる」と伝え、その後を追った。足を進めていくと階段を下りていく。まあ三年生が集まる上層階は危険だろうから下にある場所くらいしか使えそうな所はないだろう。
「はい、着いた」
そう告げた彼女の目的地は視聴覚室。映像作品を利用した授業くらいでしか利用しないが教室の二倍はあろう広さで各委員会の会議なんかにも使われてるらしい。
中に入ると放送委員が内装の準備をしている。どうやらここで自主製作映画の上映会をやるとの事。
「ごめんね、少し奥の機材室使ってもいい?」
「あ、うん。それとさっき雷木さんの知り合いって人が来たから、その人も中に入れといたよ」
「ありがと」
お礼を言って、雷木と僕は機材室へと向かう。一般生徒がここに足を踏み入る機会はないので貴重な体験といえば貴重だがこんな理由で入る事になろうとはな。
そうして機材室のドアを雷木が開けると中央の円テーブルに先客がいた。
「侑奈先輩、お疲れ様ですー」
「お疲れ様。ごめんね、人目を隠すために放送委員会にまで迷惑かけて」
「その分来年の予算は期待してますから」
「はいはい……で、その子が?」
突き刺してきた視線に対し、会釈すると雷木が早速紹介に入る。
「はい、蒼君並みの女泣かせな人です」
「その紹介には悪意しかないんだけど」
「まどかちゃんの気持ちに応えてない時点で同罪よ、同罪」
こっちだと色々と考えてるんだと文句を言いたいがそれよりも先にその侑奈先輩とやらの声が入ってくる。
「ごめんね、急に呼び出しちゃって。あ、二年の五日市侑奈です。よろしく、槻木宮君」
と、手を差し伸べられたので受け取って握手をする。いやなんだろう、悪い事をしてないのに背徳感がある。どこかでまどか見てないよな……?
「大丈夫、まどかちゃんはいないから。あんた心配し過ぎ」
「お前だってまどかの怖さ知ってるだろうが」
「知ってるけど彼氏思っての事なんだから。蒼君もそうだけどどうして冴えない男の周りって可愛くていい子ばっかり集まるんだろう」
首を傾げ始めた雷木。僕が分かるはずもないし、雨宮先輩の周りにもそういう人がいるのか。だとしたらそれは"あおい”という名前くらいしか共通点はないように思えるのだが。
「さて、それじゃさっそく本題に入ろうか」
侑奈先輩がそう言うと僕らも会話を中断し、先輩の方へ顔をやる。
「まず雨宮は今自宅謹慎中で学校側からは文化祭の後片付けには来いって言われてる。来なければ欠席扱いだとさ。しかも他の生徒は午後からに対して、雨宮は通常授業と同じ時間からなので朝から」
「ま、早い話が他の生徒の為に片づけを午前の間に終わらせろってやつですかね?」
「そ。ま、一種の嫌がらせみたいなもん。教師がそういう事をさせてると世間にバレたら面倒な事になり兼ねないのに」
と、大きくため息を吐く侑奈先輩。一教師がそこまで落ちぶれているとは仮にも進学校なのに何たる様だ。先輩の言っていた事はブラフでもなんでもない。ただの事実で外部に漏れたら、一番困るのはその教員だというのに。
「で、とりあえずは雨宮の友達が協力してくれるそうなので学校への潜入はなんとかなりそう」
「友達って前の話の時に出たヲタク仲間ですか?」
「本人の前でその呼び名は辞めてあげて。嫌がってたから」
「はーい」
これは僕も同意せざるを得ない。
ヲタクっていう括りにされるのは構わない。僕も特撮が大好きなヲタクの端くれだ。それこそ語れと言われれば、平成一期から最新作の魅力、スピンオフ、劇場版と延々に世界を広げられるだろう。
だからこそそう世界を共有出来る人はヲタク仲間ではなく友達なんだ。
学校や職場、そういった場所が変わっただけで本質は何も変わらない。確かにヲタク仲間で通用はするだろうが言い方ってのは聞き手の捉え方次第で気持ちも変わってしまうからな。
おっと脱線しかけた。話の続きに再度耳を傾ける。
「生徒会の方はどうです?」
「私と魔棟君で会長達の動向を探ってるけど何一つね。あんまり迂闊な事するとボロが出るかもだし、そもそも通常業務の方もかなり忙しいしね」
「じゃあ生徒会の動きは待つだけって感じですか」
「そ、だからこそ彼等に動いてもらう」
二人の視線がこちらの方に向かれる。
一瞬動揺が走ったが平然と取り繕い、今度はこちらの方から話を切り出した。
「雨宮先輩を助けてほしいとお聞きしましたが正直な話色々と分からない点があります。まずどうして生徒会長と実行委員会から狙われているのか? そしてこれは個人的なんですがそもそも噂になっている雨宮先輩の悪行って事実なんですか?」
今回の件を協力するには前者も大事だが後者はもっと大事だ。
雨宮蒼という男を僕は知らな過ぎている。別に仲良くなりたいという願望がある訳ではないし、先輩後輩の関係も求めてない。しかし一度引き受けた以上はまず雨宮先輩を信じる所から始めたい。
そうするには彼についての話を聞くのが一番だからだ。
「そっか。驚いたよ、まだ雨宮の事を信頼しようとしてくれてる人がいるなんてね」
「普通に考えれば思うはずですよ。去年にあった文化祭事件も端々にしか知りませんが本当の事実を聞けば、納得するはずです」
「そうかもしれないね。でも駄目なの」
「何故ですか?」
「雨宮が刹菜先輩を守る為に今まで汚名を被ってきたのを私がぶち壊す訳にはいかないから」
表情は苦笑い、そして伴うように悲しみが伝わってくる。
なるほどな、確かに雨宮先輩の周りにはいい女が集まるというのだけは俺の頭にしかと刻まれた。
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