第2話フェスティバルは終わらない(前編) 2
「葵君っ、まどかはクレープを食べに」
「いってらっしゃい」
無慈悲にもそう答えて、僕は昇降口へ向かった。
会議も終わったので今日は真っすぐ我が家へ帰宅という選択肢しか僕にはなく、理由はアリゾンプライムで限定放送中の特撮番組を見るという使命があるからである。それは誰であろうと止める事は出来ない。いつでも見れるという利便性を売りにしているとはいえ、配信直後に見るというのが至福のひと時。
という訳でまどかも帰ってほしいのだが放置してもこの子は離れる事はないのである事を頼んでいる。
「あ、今日のご飯は何がいいですか?」
「昨日はご飯だったので麺系がいい」
「じゃあ野菜たっぷりのタンメンでも作りましょうか。任せてくださいねっ」
自信満々なのはいい事だ。おかげでこちらもいい食事を提供してもらってる訳だし。
まどかが僕の家にご飯を作りに来るのはもはや日課みたいなもので一人暮らししている身なので助かる。だが世間的には年頃の女の子が来るというのは些か危険な匂いがないのだがまどかは例外という事で落ち着いている。
しかも両親公認な訳だし。
「あ、やっときた」
聞こえた声に思わず顔を上げた。女の子の声色だがまどかではない。同じクラスで実行委員の前任者だった女子、雷木有菜が腕を組めながら立っていた。あと少しで昇降口だというのに。
「雷木か。お前何してるんだ?」
「あんたを待ってたの」
「そうか。じゃあな」
「ねぇ話聞いてた?」
「待っていたというのは聞こえた。けどそれで待たなきゃいけない道理がない」
「女の子の頼みは聞くのが道理よ。ね、まどかちゃん?」
「そうですよー、だからまどかと付き合いましょう」
結託すんな。
はぁ……この後まどかと夕飯の買い物をする時間も計算に入れるとあと二十分以内にはここを後にしないとまずい。
しかしこいつの性格を考えても簡単には逃してもらえない。なら話を聞いた方が早く終わるだろう。
「長居は出来ないから用件だけ言え」
「では単刀直入に。雨宮先輩の事を助けてほしいの」
聞いた途端、僕は再び歩き始めた。しかしすぐに雷木が腕を掴んでくる。
「何をするんだ?」
「聞いてなかったの? 雨宮先輩を助けてほしいの」
「無理だ。雨宮先輩を助ける意味が分からない」
「それは今から説明するから……少し長くなるけど」
「じゃあ無理だ」
いきなりを何を言い出すかと思えば、とんだ時間の無駄だった。
雨宮先輩は先程の話題で上がってばかりなのでその言葉の真意が理解不能という訳ではないが優先度高いのはプライム。
残念としかいいようがない。
「まどか、行くぞ」
「はい……あの葵君」
「何だ?」
「ご夕食に有菜ちゃんも一緒にというのは駄目ですか?」
その言葉を聞いた途端、まさにグッドタイミングと言わんばかりに雷木が手を叩いた。
「そう、それ! それなら時間を気にしなくてもいいでしょ!」
「いや男子高校生の家に来るというのはまずかろう」
「そういうのいいから。第一、あんただってまどかちゃん連れ込んでんじゃない。それで彼女じゃないとかほざくんだから構わないでしょ」
「まどかは夕食を作りに来てくれてるだけだ」
「じゃああんたの家にまどかちゃん用の寝巻やハブラシがあるのも夕食を作るのに使うものなのかしら」
会話の主導権を手に入れたおかげで雷木が得意げに笑みを浮かべてくる。
なんでこいつが知ってるんだ……つか全部まどかが持ってきたものなんだけど。
しかしそれを言ったところで説明ではなく言い訳にしか捉えてくれないだろう。その勘違いが嫌なので黙ってはいたのだが何せ相方がおしゃべりだからなぁと僕はまどかの方を一瞥した。
「どしました?」
「いや、なんかね」
理解してないようで首を小さく傾げている。はいはい可愛い、僕以外の所に何故行かないのか本当不思議。
「で、どうなの?」
「降参。ただし話が終わったら」
「夕食を食べたら帰るわよ。二人がイチャついてる所を見るの辛いし」
「してねぇわ」
早めに終わる事を祈りながら、僕達は学校を後にした。
言っちゃ悪いが僕の家はお金持ちだと思う。何せ部屋の間取りが一LDKだ。
社会のサラリーマンですら一ルームが多いと聞くのに高校生が与えられるような部屋ではない。しかし両親曰く、「広い方が何かと便利だろ」という心温まる気遣いらしい。
なので客人が二人来ても狭いという感覚はない。
「で、さっきの件についてだが」
ベッドに腰を下ろした僕はさっそく本題を切り出した。
まどかは「お茶入れますね~」とキッチンへ行き、雷木は転がっていた座椅子に座っている。
「意外と広いのね」
「部屋の詮索はあとでやってくれ。いつまでも本題を先延ばしにするのは嫌なんだ」
「ごめん、ごめん。じゃあさっきの話の続きね」
雷木はこほんと軽く咳払いして、続きを語り始めた。
「雨宮……もう蒼君でいっか。紛らわしいけどね」
「じゃあ雨宮先輩でいいだろうが」
「あんたよりも早く蒼君って呼んでたんだもん。かといってこっちを槻木宮って呼ぶのも変だし」
「まどかはともかくお前が呼ぶ道理はないだろうが」
「いいの、いいの」
無理矢理押し通された気がするんだけど……女子ってこんな強引なのか?
「で、その蒼君なんだけど今、私のお姉ちゃんを助けようとして色々と動いてたんだけどちょっと目を付けられてさっそく手を打たれたって訳」
「文化祭参加禁止か」
「そ。しかも彼に協力予定だった私達もマークされていて上手く動けない」
「ちょっと待て。雨宮先輩以外にも協力者がいるのか?」
「うん。生徒会の書記さんと会計さんとその友達。それに私の友達で蒼君の自称彼女って言われてる神様ちゃん」
思った以上に人を揃えての反抗作戦か。
しかし相手は生徒会や実行委員会。学校内の権力を考えると彼等の動きを封じるのもそこまで難しくはない。
「ちなみに強硬手段で学校に乗り込んだりしたらどうなるんだ?」
「追い出されるだけで済むならいいけど、蒼君って今まで二回停学になってるからさ。だから今回も停学処分になったら……」
「なるほどな」
校内規則に乗っ取り、そのまま退学行きね。
「お茶入りましたよー。あ、有菜ちゃんは紅茶でよかったですか?」
「うん」
「葵君はいつも通り砂糖多めのコーヒーです」
「あんがとさん」
それぞれにカップを手渡して、まどかもその場で腰を下ろす。
「そういう訳で協力してほしいの。蒼君と接点がなくて、それでいて実行委員という情報が一番手に入りやすい立場の二人に」
「二人?」
「あんた一人じゃ間違えそうだからまどかちゃんも一緒に決まってるじゃない」
「その台詞はこいつに向けて、言うものじゃないのか?」
「万が一の為。あんたを止められる相手なんてこの子以外いないでしょ」
それはそうだけど何か腑に落ちなかった。
隣のまどかはそれに気付かず、淹れたお茶を覚まそうと息を吹きかけてる。猫舌だったね。
「具体的には何をするんだ?」
「主に情報を集めてもらうのと万が一の時は人数を集めてもらう。うちのクラス全員だけでも構わない」
「それならお前がやった方がいいだろ」
「秘密裡にやってもらうのが重要なの。ね?」
と、上目遣いで甘えた声で頼み込む。女の子ずるい。
しかし雷木は話に没頭していて忘れていた。隣に誰がいるかというのを。
「有菜ちゃん?」
普段よりも声のトーンが下がった言葉が部屋に響く。
僕と雷木は恐る恐る顔を向けると笑顔のはずなのに恐怖をひしひしと漂わせる女の子がいた。
「あーりーなーちゃん?」
「ご、ごめんね? こいつはまどかちゃんの物だからねっ」
「そうですよー。間違えちゃ駄目ですからねっ」
「はははは……」
「あはは」
いつから彼女の所有物になったんだろうという突っ込みは置いておき、僕は逃げるようにそのままプライムの配信番組を見始めた。
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