第16話サマートラブレーション! 16
もうどれくらいの時間が経ったのかは覚えていない。最寄り駅に着いて、五日市と別れて、真っすぐ帰路に就いたはずなのに途中の公園に立ち寄るとふらふらと揺れるブランコに腰を下ろした。で、今に至っている。
ずっと思考を巡らせていた。
きっかけは何だ? いつからだ? 本当に俺なのか?
でも五日市侑奈が嘘を吐くという結論には至る事はない。それほどまでに雨宮蒼は彼女を信頼しているから、信用を得ているから。
だから偽りない気持ちを受け止めるのにぐちゃぐちゃと形容し難い感情が渦巻いている。嫌いじゃない、むしろ望んでいた未来が現実になろうとしているんだ。だから素直に受け入れて、新しい関係を進める方向でいいはずなんだ。
でも納得いかない自分がいる。その原因をどんなに分析しても真実にたどり着く事がない。
人を好きになった事はあっても好かれた事はない。だから答えが出せないという言い訳はするつもりはない。嬉しい、嬉しいんだよ俺は。でも昔と今は違う。
それからもずっとその場から動かず、千思万考していたが時間だけが過ぎ、十二時を過ぎようとした所でようやく腰を上げた。
「……流石に帰るか」
一応期限は設けられていない。あいつは「気持ちが整理ついたら聞かせてもらっていい?」と優しく言ってくれている。もちろん待たされる側の気持ちを思えば、一秒でも早く決めた方がいいのは当たり前。だから待たせるつもりはないが下手な思いのままでは却って傷つけてしまう。
駄目だ、今日は一度家に帰ろう。これ以上は時間の無駄だ。
と、足を動かそうとした時だった。
「いやいやいや。無理やろ無理。自分、タイムリミットあるの忘れてるんか? せやったらとんだ大馬鹿ものやなぁ」
聞きなれない声に喋り方。
だが目の前には誰もいない、確かに前の方から声がしたはずなのに……。
「どこ見てるん? ここや」
今度は後ろからだ。
身体を反転させるとさっきまで座っていたブランコにその人はいた。
金色の長い髪に人間とは思えない精巧に整った顔。まるで作り物みたいだ。その姿からどうしてか視線が外せない。しかもさっきまで全く見えなかった月明かりがゆっくりと彼女を照らしている。まるで操っているかのように思えてしまう。
「雨宮蒼クン、どーも」
「どうも……えとどこかでお会いしました?」
「いやーないなぁ。でも会った事にする事は出来るで? ウチらはな」
最後にあえて協調してきたかのように言ってくれたおかげで俺は気付く事が出来た。
「あーつまらんなぁ。もう少し疑ってくれてもええんちゃうの?」
「一応あなた達の力とやらを体験している身なので今更驚きませんよ」
「これでもし違かったらどうするんや?」
「その時は失礼しましたと頭を下げるだけです」
「……そか。まあ回りくどい話は面倒やし、さっさと本題にいくか」
と、ブランコをぴょんと飛び降り、こちらに近づいてきた。
にしてもこの人……似ている。いや知り合いとかじゃないんだ。今期のアニメ、『黒猫と白猫のマジカル隊』に出てくるヒロイン、リュナにそっくりだ。
そう思った途端、パチンと指を鳴らす音が響く。
「んじゃリュナでいいわ」
「え?」
「ウチの名前。本来の名前だと自分らじゃ呼びづらいし、発音もしづらい。ならこっちの方が覚えやすいやろ」
「考えが完璧に読めるんですね」
「そら見習いの神使とは違うからな」
「神使?」
何だそりゃ? と首を傾げるとリュナさんは驚いた顔を見せた。
「まさか自分、今まで聞かされてなかったんか? えーと花珂佳美ちゃんだっけ?」
「一応神の使いとやら……え、まさか」
「あいつ略した方がいいやすいのに面倒に言うなぁ。まあそのまんまや。ちなみに今回は人間の姿で来たけど他の生物にも変身できるで。人間が一番しっくりくるけどな」
にししと楽しそうに笑みを浮かべた。
神使か。青森の昔いた人はどうなったかと思っていたがまさか別の仲間に会えるとはね。しかも口ぶりからするに神様とはずいぶん違うようだ。でもあいつの場合は人間の身体に入ってるだけだからもしかすると本体はこんな感じかもしれない。
「いやいや変わらへんて」
「ああ、考え読めるんでしたね……」
神様以上に面倒なのも覚えておこう。
「それで? その神使とやらが一体何の用で?」
「ずいぶんな言い方やなぁ。嫌な事でもあったんか? あ、逆やったな、すまんすまん」
「……用がないなら帰っていいですか?」
こっちは疲れてる。神様や佳美さんの為とか考える余裕がない。
間が悪い時に現れてくれたもんだ。
「そうやなぁ。まあ本題に入ろうか」
そう言って、さらに距離を詰めてくる。思わず後退りしようになるが身体が動かない。この人の力か? そうして距離が数センチともいえるくらい顔を近づけてくると恐ろしく冷たいトーンで平坦な口調である事実を述べた。
「自分、神様を殺す気か?」
途端、一変した。
威圧、空気、その場にある何もかもに俺は押し潰されそうになり、言葉を失った。身体は相変わらず動かない。
「あ、勘違いせえへんでな。神様っていうならウチらのボスの事やなかくて自分のとこにいる神様や。花珂佳美の身体に入った」
「そ、それは」
ようやく絞り出たが副詞だけでは何一つ伝わらないだろう、相手が人間ならば。
だが何もかもお見通しなこの神使様は違う。
「一から話したるから何も言わんでええよ。ただ思ってくれればええ」
言う通りにするしかないので頷くとリュナさんは語り始めた。
「あの子は神使の見習いとしてある仕事を任されていたんや。それが子供達の監視。主に中高生の思春期を対象にしたな。人間は他の生物と違って、感情豊かで主にそれは自分らの年齢が一番展開していく。神様はな、そういう事にずいぶん興味を持っててな。まだ神使になり切れない見習いの連中の仕事にはうってつけやったんや」
なるほどな……でもそのせいであいつは、
「そう、やっちまったんや。あの馬鹿は。それも神の力を使うという禁忌を破って。あ、説明しとくと神の力にも使い方の規則があんねん。あいつはその中で禁忌とされている『人と神の魂を入れ替える』という事をしてもうた。意識の入れ替えって言った方がわかりやすいか」
禁忌だった? なのに死ぬそうだからという理由で助けたのか……? いや確かに自分が見ていた相手が死のうとしたら反射的な行動で頭に禁忌の事なんて考えなかったのかもしれないがあいつは人間じゃない。だから思考パターンが違うはずなんだ。
じゃあどうして……?
「それは分からん」
リュナさんが合間を開けず、否定してきた。
言葉がなくても分かり合えるっていうのは言いようで不便だ。
「でも一つだけ言えるのはあいつはこちら側に戻ってきても、神使として再起出来るかはわからん。すべては神様次第やからな。まあそもそも戻ってこれるかどうかなんだが」
ようやく本題に入るようだ。
ここまで来ると少しは身体が落ち着いてきたのでゆっくりと落ち着いて、言葉を発していく。
「さっきの……言葉の意味はどういう事ですか?」
「しゃべらんでもええのに」
「人間がコミニケーションを取る一番の方法は会話ですから」
「そか。じゃあ言ったるわ―――出来ないんや」
「は?」
「出来るはずがないんや。人の命のタイムリミットを付けるなんて。寿命っていう期限があらかじめ定めてるっちゅうのにそれを上書きなんて無理な話や。つまり自分はあいつの嘘を信じて、まんまと踊らされていたマリオネットって所やな」
驚愕としか言えなかった。
とても嘘だとは思えない。だって確かにあの時眩暈がして……それにあいつは違う世界だって見せてくれて……。
「別に錯覚されるくらいは出来るやろ。それに過去を変える事くらいはまあ出来るやろうな」
悉くリュナさんが否定してくる。
こういう人が言う言葉が一番タチ悪い。嘘じゃなく真実のみを伝えてくるからだ。
「でもあいつは違う。禁忌を破った者はやがてウチみたいな正式な神使によって処分を言い渡される。まあ基本的には消えてもらうしかないがな」
「消える……?」
「そうや。神使を目指す者が最初に神に与えられる力、それは自身を消す能力や。神は間違えることはない。でも神使は違う。その時ウチらは自身の存在を消すことでその罪を償う」
「そんな……」
「ま、ウチが伝えにきたのそれだけや」
言い終えるとリュナさんは俺を素通りし、公園の出入り口の所まで行くともう一度こちらに振り返る。
「期限はこの世界軸で言う所の来年の三月。それまでにあいつに心の準備とやらをさせといてな。ま、人間じゃないものに心があるかどうかは知らんけどな、あはは」
不気味な笑い声、ふさぎたいのに耳から離れない。まるで悪魔だ。
「……一度消えた者はどうなるんですか?」
「聞いてどうするんや? 自分じゃ何も出来へん、さっさと諦めた方がええ」
そう言い残して、後にしていった。
神様が消える? そして俺は助かる?
突然の事に何一つ追い付いていない。
けど唯一解ることがある。
もう俺を縛るものはない。
つまり神様に付き合う必要がなくなった?
心にぽっかりと空いた穴、それを埋めるものを俺は知らない。
だからさっきよりも余計な感情が自身を覆いかぶさり、もう俺の頭に考えるという行動をすることは出来ず、壊れたロボットとでも言うべきだろうか。エラー状態が続いていた。
神様、あんた本当に―――何なんだ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます