第15話サマートラブレーション! 15
普段の生活とは異なる不思議な空間。
それは高揚した気分のせい? いや隣にいるからだ。
「わたあめって昔は好きだったのになんか歳食ってくと買わなくなるよなぁ」
「そう? 私は好きだよ。ふわふわしてて甘いし」
「そんなもんかね」
「そうだよ、女の子だからかな」
意識してほしい一心からそんな言葉を使っていた。私らしくないって分かってるけど不思議と今日は女の子がいい。
祭りを彩る赤い提灯に盛り上げ役の屋台達。
一つ一つが歓迎されているみたいだけどお客様は生憎と私達だけじゃないようで人混みからの離脱は難しい。
だからこそだ。こういう時ははぐれないという名目でお願いしようと思っていたのにこいつは既に察してくれていて、
「悪い。はぐれると危ないから」
「あ、うん」
それでいて強すぎず弱すぎず、しっかりと握ってくれていた。
俗にいう恋人繋ぎじゃないけどそれでも彼の手の形を覚えるのには十分だった。指が少し長いなとか手が細いのに血管浮いてるなとか些細な事なのに私の頭はそんな事ばかり追っていた。
せっかくなので力を入れて、握り返してみた。気付いてくれるかな?
「あ、強かった?」
「ううん、はぐれないように握っていたかったから」
「あんがとさん。拒絶されないかと思って心配だったけどな」
「流石にないよ。まあ学校だったら文句は言ってるかもだけど」
「そりゃそうだ」
もちろん嘘だ。
席替えの時はわざと雨宮の隣になるよう工作し、生徒会の仕事なんていう口実で二人きりになろうとする女の子だという事をこいつは知らないから。
今回の花火の打ち上げ場所は川の河川敷で殆ど座れそうな所は人で埋め尽くされていたが雨宮がビニールシートを広げてくれた。何でも偶然知り合いからもらったから使えないかなと持ってきたようだ。こういう気遣いをさらりとやっとのける男子は少ない。なのにモテないのだから不思議。
顔は普通。確かにイケメンという部類に入るには微妙かもしれないが私的には全く問題ない。性格? 最高以外の言葉をつけれない。
でも今まで五月くらいしか彼の本質を見抜いてないから逆に競争率という心配はしなくていいのでそこはいいかな。でも何だか腑に落ちず、考えの深淵に堕ちていく程やるせない気持ちでいっぱいだった。
まだ時間があったのですぐ近くの屋台でかき氷を雨宮が買ってきてくれた。
「雨宮のって何?」
「カルピスとブルーハワイ」
「あ、シロップで一種類じゃなくてもいいんだ」
「おっちゃんの気前がよかっただけ」
「ふーん」
青色と少し白っぽい氷を口に運ぶ彼を見つめていると視線に気づいたのか、容器をこちらに差し出してきた。
「食べる?」
「あ、じゃあ私も」
だけど気付かなかった。雨宮は自分のスプーンですくってもらおうと容器の方を差し出したのに私は持っていたスプーンでそのまま赤い氷をすくい、彼の口元へと運ぼうとした。
「あれ? どしたの?」
「いや……ああ、うん」
一瞬ためらったけど彼は小さく口を開けたのでそのまま持っていった。
「美味しい?」
「いちごも好き」
「そっか。あ、私も私も」
と、私も口を開けた。
まだ気付かないので決してわざとじゃない。だから雨宮は困った顔しながらもゆっくりとこぼれないように優しく自分のスプーンを持ってきてくれた。
「あ、これも好き」
「そっか……ふぅ」
「どしたの? 何か汗かいてるけど?」
「いやちょっとね」
薄暗いからよく見えないけどなんか顔も赤く見えた。気のせいかな?
だがおしゃべりはここまで。スピーカーからアナウンスが流れると辺りは一斉と静まり返る。素敵で大好きな時間の始まりだ。
一発目が打ちあがった。最初は割物と呼ばれる一般的な形。
空には大きく広がった花が咲いていき、青、赤、黄色、緑と多種多様。
この空間、いや夏という世界を彩っている。形も様々に変化していき、球状に広がるものや星が尾を引くものと好奇心をくすぐらせるには十分だった。
「綺麗だな」
「そう……だね」
見入っていた私達は言葉をろくに交わそうとはしなかったけど私は時々ちらっと横にいる雨宮を見た。
楽しそうで嬉しそうに男の子の顔をしてこの世界に感動している様子だ。やっぱりこういう風に笑ってる顔を見るのが好き。悲しそうな顔は似合わないよ。どうしたらずっとそういう表情でいてくれるかな? 私が隣にいれば、傷つかずに済むかな。
でも納得はしてくれない。それが私の好きになった男の正体だから。
そんな彼だから私は好きになったのだから。
気付けば花火は中盤を迎えていた。本当にあっという間だ。
ここは子供向けにアニメのキャラクターなどをイメージした花火が上がる。どれも国民的アニメなので私でも知っている。あ、思いついた。
私もヲタクになったらもう少しこいつと話せる機会増えるかな? でもなー、あんまり興味ないんだよね、アニメとかラノベって。素敵な作品が多いのは知ってるけど見る量も多いし、何せ今は時間がない。
まあ普段通りが私とこいつらしくていいか。
でもいつまでもこのままじゃ―――嫌だな。
「もう後半だって。なんか早いな」
「あっという間よ。それくらい熱中してるの」
「年に一回の一大イベントっていうだけあるか。また来年も来たいなぁ」
それが素で発せられた言葉だと理解した私は反射的にこう返していた。
「じゃあ来年も行く?」
流石に今度は気付かない事はない。
意識がこちらに向けられ、私もじっと返していた。花火の破裂音がどんどんと遠ざかっていく。
子供の頃からずっと見てきた光景なのに私は飽きたと思った事がない。それはこの幻想的なイルミネーションと雰囲気が大好きだから。
でも今日はもう一つ大好きが増えた。
それは好きな人と見る花火の時間。
たった一言、伝えたいよ。今すぐにでもあなたと特別な関係になりたいよ。
でも―――怖い。
だってこの人はまだ好きかもしれないから、あの人の事を忘れてないかもしれないから。
けど我慢の限界。なのに、
「あのそれって」
「そのまんま。どうせ来年も同じクラスになるんだから」
「え?」
「選択。雨宮も文系でしょ?」
素直になるまで時間がかかってしまう。ばか、ばかばかばかばかばか。
自分にそう言い聞かせて、もう一度花火に視線を移す。
とうとうクライマックスで連続で打ちあがっていく花火は今までには見せない大きな花を咲かせ、それが空一面を覆っていく。一つ一つが綺麗で、その散っていく様は夏の終わりを暗示しているかに思えてくる。
嫌だ。もっと、もっといたい。
それにはたった一言。
とても重くて、でも伝えなきゃいけない言葉がある。
「あ、雨宮」
「ん?」
光に当てられ、彼の顔は赤く、青くと変わっていく。きっと向こうも同じ光景を見ているんだろうな。
「今日さ、来てくれてありがと」
「今更なんだよ」
「いや他の女の子と行くかなって思ってたから」
「そういう子が身近にいなくてね」
「いっぱいいるじゃん」
「誘うのが苦手なんだよ、察してくれ」
「あはは」
そうだよね。
察しろなんて難しいか。
じゃあ……言おうかな。
まだ終わらないけど、あと数十秒でおしまい。花火も私の夏休みも。
だから最後に少しだけ、ちょっとだけ。
一つくらいの思い出を与えてくれてもいいよね、神様。
「雨宮」
「何だ?」
「こっち」
と、両手で彼の顔を掴み、ゆっくりと自分の方に向けさせた。
驚いている、当たり前か。でもこれでもう逃げられないよね。
ゆっくりと手を下ろし、すうっと息を吸って、吐いた。
「好きです」
それからもう一度、
「大好き、雨宮の事が。全然気付く気配ないからこっちから言わないと駄目じゃん、もう。えへへ、だから言うね……大好きです、雨宮君」
馬鹿。
わざとらしく君付けまでして、どういうつもり? もう少し私らしい言い方があるでしょうに。
けど何度言っても伝わらないようなので、私は何回もその台詞を吐く。
世界共通、愛を伝える魔法の言葉。
「大好き」
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