第14話サマートラブレーション! 14


「いちかー、アイスー」

「……太るよ」

「うるさいなー。いいでしょ、夏休み遊んでないんだから」

「知らないよ。私は遊んでるし」

「ずるい。何で私を誘わないんだよー、生徒会なんて滅んでいいから誘えよー」


 だるけた声でそんな発言をする私を見て、ただただ一華は呆れていた。

 久々の何もない日なので今日は島張家にお邪魔しており、こうしてソファの上で横にならせて頂いている。家だとお母さんがうるさいもんね。

 そんな私の手に収まっているスマホには『八月二十三日 木曜日』と夏の終わりを表す文字列が表示されていた。

 それが夏休み終了のお知らせなのは明白。けどこの夏の思い出が書類作成なり、打ち合わせなりと華の女子高生がこんな夏休みでいいんだろうか。いや駄目だ。


「ねぇ、もう明後日だよ? 早くしないと他の子に入れられちゃうんじゃないの? 雨宮君って結構後輩からはモテるんでしょ?」

「後輩がいつも近くにいるだけだから! 大体あんな奴誘わなくたって、一華が一緒に行ってくれればいいもん」


 ふてくされて、ぽいっとスマホを放り投げる。

 二日後の土曜日。夏の最後の締めくくりとして埼玉県で大型の花火大会が開催されるのだが一人で見た所で虚しさが増すだけ。なのでここは一応、一応ね。あいつを誘ってみようかなーと思ってたのだ。

 が、こういう時ってどう誘えばいいのか分からず、今に至る。前の彼氏の時は向こうから誘ってくる事しかなかったから全然困らなかったんだけどいざ対面すると何も頭に浮かんでこない。

 大体普通はさ、向こうから誘ってくるよね? いくら恋人関係じゃなくたって、普通は日頃お世話になっている私にお礼の一つでもって事で誘うよね?

 それとも……もしかして嫌われてる? いやそんなことはない……ない。

 だって嫌いなら半年も放課後で雑談しないし、五月の件だって頼まないし……どうしよう、何だか自信なくなってきた。

 そんな私の表情が曇っていくのを見て、一華が口を開いた。


「どした?」

「雨宮に嫌われたかも」

「な訳ないでしょ。彼、侑奈を信頼してるんでしょ」


 そう言った途端に私を身を乗り出して、一華に近づいた。


「絶対!? 嫌ってない!? 私の事好き!?」

「う、うん……最後のは知らんけど」

「よかったぁー」

「……私の知ってる侑奈じゃなくなってる気がする」


 凄く失礼な言葉が聞こえるが私にはどうでもよかった。

 よし、嫌われていないのなら誘ってもいいよね。

 ……えーと、


「一華」

「自分で考えなさい」

「友達だよね?」

「男の誘い方なんて適当でいいのよ。ほら、早くしないと」

「だってー!」

「はあ……とりあえず冷蔵庫にアイスあるから取ってきなさい。一緒に考えてあげるから」

「はーい、ありがと」


 持つべきものは友ってやつ。

 さっそく冷蔵庫へ赴き、一華と私、ついでに私の追加分も含めて、三つソーダバーを取って、リビングに戻っていく。


「はい、一華の分」

「何でアイス二つ持ってるのかはもういいや……ほら」


 と、私のスマホを手渡してきた。

 見ると表示されているのはチャットアプリで宛先の所にあるのが例のあいつ。

 そして現在の時刻『十五時二十一分』で一通のメッセージが表示されていた。


『久しぶり、元気? あのさ、明後日の夏祭り一緒に行かない?』


「あああああああああっ!」

「うるさい!」


 思いっきり叩かれた、痛い。


「だ、だって! こんな気軽に送っちゃったし!」

「そうだよ。たかがこんな事で悩んでるんだから」

「ど、どうしよ! もし返信来なかったら!? その前にメッセを見てくれないのかも!」

「ああっ! いいからあんたは待ちなさい! 分かった!?」

「……はい」


 思いっきり怒鳴られて、大人しくソファの端で体育座りしながら待つ事数十分。

 突然スマホが震え出し、すぐに手に取ると『雨宮蒼』と名前が表示されている。


「わ、分かったって何語?」

「日本語以外の意味をわたしゃ知らんよ。とにかくよかったじゃん」


 お、おっけーって事か。

 ははは、まあ雨宮が誰かと祭りなんて想像出来ないよね。うんうん、仕方ないなぁ。

 お姉さんが一緒に行ってあげますか。


「さーて宿題、宿題」


 気分よく鼻歌混じりに鞄から宿題のテキストを取り出す私。

 その様子を「私が知ってる五日市侑奈はもういない……」と呟いた一華の言葉は私の耳に入る事はなかった。


× × ×


 電車に揺れる事三十分。

 住んでいる地域から大宮よりもさらに先まで足を延ばさないといけないのは面倒だ。既に車内は浴衣姿の乗車客で混雑を催している。

 一応私もお母さんが用意してくれたので着てはいる。生成り地に紺色の花紋、帯はネイビーカラーと合わせてみたがこれなら少しおしとやかに見えるかな? あんまり派手なのは嫌いかなって思い、控え目でお願いしたのだ。

 ふと視界上に浴衣姿のカップルが入った。この混雑の中で彼女を離さないようにしっかりと彼氏さんが手を握っており、その光景を見た私の率直な感想が一つ。

 羨ましい。率直に言って、羨ましい。何なら大胆に抱き抱えて守ってほしい。周りの目とかどうでもいいから。

 なんてことを思っている内に駅に到着し、改札を抜けた。一応待ち合わせは改札前なのでこの辺なのだが雨宮雨宮と……見ーつけた。


「ごめん、お待たせ」

「ん、ああ俺も今着いた所だから」


 いやいや絶対待ってたじゃん。スマホでソシャゲやるくらいは待ってたじゃん。

 なのにそういう気遣い出来るって本当さぁ! 本当さぁ!


「あ、あのさ」

「ん? どうした?」

「その……似合うな、それ」

「え? ああ、うん。何かせっかくだしね」


 褒められて嫌な気持ちにならない女の子なんていない。自然と笑顔に出来る常套テクニックの一つだ。もっと褒めろ、もっと褒めろー!

 テンション上がってきた。私も雨宮の服褒めようかな。


「雨宮も似合ってるね」

「へ? いやこれ普段着なんだけど」


 そう言われて、ようやく私の頭がお花畑から現実に引き戻される。

 突然襲ってくる含羞に頬がどんどんと赤くなっていく。やばい、顔見れない。


「そ、そうだね……じゃあいこっか」

「そうだな。とりあえず屋台を適当に回って、いい感じの所で花火を見る形でいいのか?」

「うん、そうだね」


 方針を決めた私と雨宮はそのまま屋台の方へと歩き出した。

 蒸し暑さとお祭り特有の雰囲気に飲み込まれ、何だかいつもの世界とは違って見えてくる。それは隣の男の子も、だ。

 顔つきが違って見えるのはきっと気のせい。でもいつもよりカッコイイ。

 距離が近すぎると思うのはきっち気のせい。でもいつもより嬉しい。

 駄目だ、流石にそういうスイッチに切り替えるのはまだ早い。今はこの瞬間を楽しまないと。


「なんか久しぶりだね」

「だな」

「夏休みは何してたの?」

「そうだな……まあコミ〇行ったり、あとは……そんくらいか」

「何で間があったのか気になるんだけど」

「秘密だよ、秘密」


 紛らわすように笑う彼だったが私は見逃さない。

 絶対に女の子に言えない何かがあった。


「ねぇそこんところ詳しく聞きたいんだけど」

「いやたいした事ないし……つか五日市は何してたんだよ」

「生徒会の仕事。今日はよーうやく暇が取れた一日なんだから満足しないと次は全奢りだからね」

「次があるのか……」

「で、何があったの?」


 しつこすぎる追及に流石に雨宮も観念したのか、しばらく考え込んでから口を開いた。


「神様と旅行行ってた」

「へ? 神様って」

「そう、例の後輩。色々とあってな」

「ふ、二人?」

「……形式的にはそうなるな」


 恥ずかしそうに顔を背けながら答える雨宮。

 え、え? あれ? ワタシノナツノオモイデ……。


「どうした?」


 急にその場で立ち止まった私は思考停止状態に陥った。

 が、それもつかの間すぐに一つの回答が私を再起させ、無理矢理雨宮の手を掴む。


「今日一日はぜーったいに私を満足させなさい! いい!?」

「い、いえっさー」


 どんな旅行かは知らないけど私が一番なんだから!

 

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