第13話サマートラブレーション! 13


 まだ自分に星を見て、綺麗と思える程の心を持ち合わせていた事、そしてこんなにも長い付き合いなのに真夏の田舎で女の子とこうして同じ景色を親しい距離で見ているシチュエーションに緊張という状態変化してしまう事が驚きだが童心に帰ったと思うと嬉しいと感じられるのだから嘘が下手なもんだ。

 その俺の視線の先で輝く一つの星、どこかで見たような形で多分あれは―――アルタイル。

 夏の大三角形と言われる星座の一つでヲタクならあるアニソンの歌詞が浮かんでしまうくらい有名な星だ。前に見たプラネタリウムでちょこっと紹介はされたけれど、肉眼で見るとそれはあまりにも違いすぎて、遥か遠く、何千光年も先にあるのに自身が飲み込まれそうな気がしていた。

 しかし距離なんて、そして時間だって人間という概念からしたら長いだけで一瞬と感じられる存在はいる。今隣で感慨深そうに見ている子もその一人なのだから。


「雨さん、凄いですよ! プラネタリウムなんて玩具ですね」

「玩具とかいうなよ。確かに感覚的には弱いかもしれないがそれでもかなりの再現度なんだぜ、あれ」

「これを見る前はそう思ってましたけど、こんなの神様だって出来ませんよ」


 宇宙には地球の法則を超えたものがある。

 そう考えれば、地球で生まれた神はちっぽけなものかもしれない。何だか考えていると色々と思いつきそうな気はしてくるが今は野暮だ。


「雨さん、改めて今日の事すいませんでした」


 唐突に神様の口から聞こえてくる謝罪。

 俺は顔だけ横に向ける。


「終わった事だ、気にするな」

「一応改めてって事で。今回の旅行は色々と雨さんに失礼な事言ったなぁって」

「でも本心なんだろ?」

「ですっ」


 そこは自信ありげに答えてくれる。全く俺って人間をよく知ってる生物だ。

 ついでにだ。この雰囲気に乗らせて、こちらからも一つ聞かせてもらおうかな。


「神様」

「何ですか?」

「どうして俺が監視対象だったんだ?」

「え?」

「前に言ったよな。会長に俺の事を恋人って言った理由、それが監視対象だって」


 始まりのあの日、すべてを飲み込んだあの日。雨宮蒼という男の人生に新しい物語を捧げた忘れられない一日。

 俺はどこにでもいるアニメやラノベが好きなヲタクでそれ以上に特筆すべき事はない。例え輝かしい経歴を欲したとしても、物語ように努力する気はない。そうして何一つやる事がなくなった時、俺はどうなるんだろうか?

 だからこのまま消えてもいいかもしれないと考えたのかもしれない。一つクライマックスとしては有だと思っていたのだ。

 でももしそうなら聞きたかった。

 どうして俺が選ばれたのだろうと。何故俺だったのだろうと。

 その答えはこういう瞬間じゃないと口に出来ない男で面倒くさくて自分でも嫌になる。

 だからこそずっと待っていたんだ。満を持して、ようやく言えた。

 あとは彼女の回答に耳を傾けるだけだ。


「そうですね。確かに監視対象は他にもいましたし、偶然に偶然が重なり続けて、あなたにたどり着いたって訳ですしね」


 けど神様は「でも」と付け加えて、



「偶然でも必然でもこうして星を一緒に見れる相手がいる事はロマンチックじゃないですか?」



 と、言い切った。

 何十年、何百年と彼女はこの世界を見ていく。俺が寿命というタイムリミットに縛られるのとは違い、この天空のパレードよりも最上級な光景を目に出来るかもしれない。

 でも彼女は言った。発言した。俺に告げたのだ。

 

 ―――一緒に見れる相手、と。


 果たしてそれが仕組まれたものなのか、神が起こした奇跡なのかはもうどうでもいい。


「これじゃ答えになってませんかね」

「まあな。でも特に意味はなかった、ただそこにいたからって事でいいんだろ?」

はそうですね」


 少し意味有りげな言い方だがこれ以上詮索する気はなく、どうでもいい雑談を振り始めた。


「夏も終わるな」

「そうですね……なんかあっという間な気がしますよ」

「俺は同人誌作ったり、こうして旅行行ったりと忙しかったけどな」

「一緒に色々やりたかったですねぇ。でもまだまだ夏休みはありますから」

「じゃあ宿題はもう終わってるんだな?」

「……雨さんは終わってないくせに」

「いいんだよ。五日市に頭を下げるのは慣れてる」

「そこは自分じゃやらないんですね……」


 呆れ果てた神様の顔が見えなくても容易に浮かんでしまう。いいんだよ、それで乗り切れるならな。

 だが今年の夏は人生で一番深かった。ヲタクはヲタクらしい地味な人生、それは偏見かもしれないが自分にはそれがお似合いだと決めつけていたのかもしれない。だから驚きを隠せない。アニメやラノベみたいな充実した日々を過ごしていたことにだ。


「学校始まったら文化祭ですね。私、実行委員だから忙しくなりますけどちゃんと会いにいきますからね。私置いて、ゲーセン行ったら駄目ですからね」

「行かねえよ。どうせ俺も駆り出される」

「……雨さん、実行委員でしたっけ?」

「いや生徒会長命令ってやつで色々とやらされるんだろう」

「まあ最重要危険人物ですからね。下手に野放しよりかは手元で飼い慣らしたいでしょうに」

「こんな奴を飼いたいなんて相当な変態だけどな」


 言うと、笑い声が聞こえた。

 文化祭か。有菜に言われたからじゃないし、ずっと考えてたからなんて言い訳するつもりもない。

 一時の感情かもしれないし、決意だって脆いかもしれない。

 でもいいじゃないか。昔、いや今でも好きなあの人を助けるヒーロー。王道過ぎて、最高のレビューを送りたくなる内容だ。


「雨宮蒼さん」


 聞こえた声に反応すると神様が身体を起こし、俺の顔をじっと見つめていた。



「もし……もし私が契約無効に出来ると言ったら、どうしますか?」



 優しく包み込むような声色で問うてくる。

 考える時間が欲しかった。けど俺の口は自然に動き始め、自然と文字列を並べ始める。


「嫌だ」


 否定の言葉。

 それを聞いた神様は満足そうに笑顔を増すと、もう一度身体を倒す。

 人の気配は未だに感じない。何だか寂しさ相まって、恐怖を覚えるがでもそれくらいの方が丁度いい。だって神様が隣にいるから。まだただの使い? いやいずれは神様になるかもしれないのだ。なら俺は話し続ける。素直に、嘘偽りなく。


「ただもし可能なら、一つだけ」

「何ですか?」

「君が変えようとする世界を変更したい」

「……どんな世界ですか?」

「さあ?」

「へ?」


 間抜けな声だが女の子が言うと、可愛く聞こえるのだから不思議。

 しかしそういう反応も仕方がない。自分で申し出ておいて、その仕様を決めていないのだから。

 でも本当なんだ。俺が今望んでいる世界は五日市と幸せになり、皆から認められるような世界じゃない。

 だけどまだ白紙だ。テーマも何もないからっぽの世界。そこをどんな風に手を加えていくのかはこれから考えていく。俺という人間が未来永劫、この過去を消したいと思わないような世界へ作り替えていきたい、それが率直な答えだ。


「決まったら教える。別に構わないだろう?」

「……分かりました。ただ突然の変更はタダって訳にはいきませんね」

「そんな規約は知らないんだけど」

「神様サポートセンターに問い合わせをしない雨さんが悪いです」


 だったら電話番号教えろ。繋がらないのは明白だし、存在すらも怪しい団体だけど。


「で、何をお望みだ?」

「そうですね……雷木刹菜さんを救う、というのはどうですか?」


 本当に今思いついたのか、それとも確信犯なのか。

 でも俺は笑っている。その時点で選択肢が一つに絞られてしまうのだから、誘導尋問と呼んでも過言ではないだろう。


「どうやらお引き受け頂けるようですね」

「お膳立てどうも」

「いえいえ、さてそろそろ行きましょうか」


 二人揃って立ち上がり、民宿の方へ戻ろうとする。

 長かった上映もこれでおしまい、とんだおまけ付きとなってしまったが得るものはあった。


「そうだ。せっかくなので最後に一つだけ」

「何だ?」

「いえ、せっかく雨さんがヒーローという選択肢を選んだのでついでに一言添えるだけですよ」


 くるっと俺の方に振り返り、距離を詰めた。

 そしてその一言を口にする。



「もし佳美さんがまた同じような目にあったら、助けてあげてくださいね。のように」



 幕は下りた。

 でも文末の一言をずっと、旅行が終わるまでの間、いやそれからもずっと。

 頭の中からこの時の彼女が消える事はなかったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る