第11話サマートラブレーション! 11


 閑散とした砂浜には人影もまぼらにしかみえない。雑誌で取り上げられるような海水浴場みたいな賑わいはなくても、これくらいの方が気にしないで済むだろう。


「どうですかー?」

「可愛い可愛い」

「世界一?」

「はいはい、世界で一番可愛いよ」

「何か適当なんですけど.....」

「だって妹をほめる感覚でやってるから」


 ちなみに澪霞からの着信とメッセがあまりにも止まらないので一応返信だけはしたんだが「お兄ちゃんがぁー! お兄ちゃんがぁー!」と今にも誘拐事件として警察に飛び込みそうな勢いだったので説明だけで三時間近くかかった。おかげで朝から疲労感たっぷり。

 で、そんな妹とさして変わらない皆のアイドル、神様は新調したとされる水着をこの場で初お披露目。水色のビキニに腰回りからの下半身にパレオを巻いた少し控え目なスタイル。男子の注目の的ともいえるお胸は小さすぎず、大き過ぎずとベスト。

 もちろん直視すると何かと面倒なので視線が下がらないように注意、と。


「それにしても少しは筋肉を付けたほうがいいんじゃないですかー? お腹とかは出てないからそこは及第点としますけど、他にアピールポイントないんですから」

「力を手に入れた所で使い道がないんだよ」

「雨さんが言うと厨二臭い台詞に聞こえますね」


  余計なお世話と受け取るのも面倒なので褒め言葉としておこう。実際その通りな訳だし。

 しかし村からこの海水浴場まで近くて助かった。そろそろお財布からうめき声が聞こえだす頃合いなので、チャージのお時間に入らないとまずいのだが既に口座の中も限界で真面目な話、短期バイトの一つや二つは視野に入れなければならない。


「さて、せっかくの海ですよ。まずは何からします?」


 声がかけられたのでひとまずはその話はまた後で。

ふむ、最初の一手か。ワクワクドキドキな女の子と一緒にやる一つ目のアクティビティ。これは重要であるが海とは無縁の埼玉県在住なのでこんな青いステージを見たことがない、蒼だけに。

 ならばまずは定番から。


「釣りとかはどうだ?」

「却下。水着着た意味ですよ、それ」

「じ、じゃあ砂浜で城を作成とか」

「空しくなりません? 私は結構好きですけどね。というか泳ぐという選択肢はないんですか? カナヅチとかって訳じゃないんですよね?」

「一応は……」

「はい、決定。ほら行きますよ」


 ぐいっと手を引っ張られるとそのまま足が海の方へと運ばれる。

 確かに泳ぐという選択肢を消していたのは認めるがそれには訳がある。この子、浮き輪とか持ってないじゃん? いやこれ全部俺の推測なんだけどさ。そうすると浅瀬はいいかもしれないけどこのまま沖の方までいくと何かにしがみついてないと駄目じゃん? で、そうなったときに都合よく捕まれそうな浮遊物は一つしかない。

 いや嫌とかじゃない。けど女の子とそこまで密着した経験がないのでつい間違って新聞に載るような事をしないかどうか不安だからである。


「んー、気持ちいいですね。もっと奥まで行きましょう」

「溺れない程度の場所でね」


 そんな忠告を無視にどんどんと進んでいくので最初は腰、次第に脇辺りまで海面の高さが上がっている。冷たいはずなのに何で汗かいてんだろ、俺。


「あーいい。これいいですよ」

「このくらいでいいんじゃないかなー?」


 が、時すでに遅し。

 いつの間にか俺の背後に回り、ぎゅっと首から伸びてくる二つの腕がするりと絡んでくる。背中はぴたりとくっつかれた柔らかい感触。少し首を左に向けるとそこにあるのは笑った女の子の顔。

 はっはっはっは。これが田舎の海水浴場でよかった。もし近場だと知り合いが来ている可能性が一ミクロンくらいは残っているからな。自慢? そんな風に思えるのであれば、そいつの眼球をぶちとって、海水に漬けてやろう。


「沖合までGO―!」

「へいへい」


 降参した俺はオーダーにお応えして、足をばたつかせながら先へ進んでいく。こんな田舎でもライフセーバーはいるのであんまり溺れているようには見えないようにしないといけないのが面倒な点。体力がないのがいけないんだけど如何せん先へ進むのが遅いものなので、


「もっと早くー!」


 と、頬を叩いてくる。その度に君の胸やら胸やら胸やらがぎゅっと背中を押すので勘弁して頂きたい。これなら貧乳の方がよかったわ。


「何か失礼な事考えてません?」

「ナニモカンガエナイ、イソグイソグ」


 目標としては遊泳エリアの奥にあるブイ。必死にもがきながら、進んでいく様は我ながら間抜けだがそれでも後ろにいるお姫様のご要望を無視、なんて真似をするほど空気が読めない男にはなりたくない。


「何かいいですね、こういうの」

「そりゃお前は楽だもん」

「そうじゃなくてですね。知ってる人が誰もいない長閑な所で気持ちよく過ごせるって私達向けじゃないですか」

「俺はともかくお前はどっちかといえば、友達がたくさんいる都会の方が似合ってる気するけど」

「そりゃ外面だけってやつですよ。本当の意味での友達は……いません」


 「なるほど」とも「そうか」とも返答はしなかった。いや瞬時に言葉だけは浮かんでいたかもしれないが同時にかき消されたのだろう。何でかは分からんけど。

 ようやくブイの所までたどり着いた。一見、ただ浮かんでいるようにしか見えないがいくつものブイの下にはネットが張り巡らされてるので遊泳客を流出はある程度阻止は出来る。最も進んで沖に出るような馬鹿はこの国にはごまんといるので意味があるかどうかは疑問だけどね。


「意外と雨さんって泳げるんですね」


 もう捕まりっぱなしの神様も気にならなくなった。というよりもここで意識すれば、危うく突き放してしまいそうになる。こんな小柄な身体だし、すでに水深二メートルくらいといったところか。


「もう戻っていいか?」

「女の子ともっと密着していたいっていう願望を優先させてもいいのに」

「俺が疲れたんだよ」

「いいじゃないですか。それに、」


 言葉を区切り、神様はそっと耳元にその柔らかい唇をすっと近づけ、優しく包み込むように囁いていく。


「こっちの方がお話しするには最適ですよ?」


 誘惑しているのか、純粋に言っているのか。

 陸から離れたどうとでもなんとでもない場所で二人だけ、彼女と俺だけの秘密ともいえる世界。ちょっぴり危険で、でも好奇心とやらが引っ張り上げてくるから疲れをガードしてくれている。


「昨日の件についてか?」

「昨日の事は昨夜お話したじゃないですか。それに職員さんから連絡先も頂いたのであれ以上の事は私達が調べた所で解決には繋がりませんよ」


 確かにな。

 一応、今日村を出る時に偶然お会いした際に他にも有益な情報があれば教えてくれるとの事で交換はしてある。見当違いな事をするよりも確実性なものを入手出来る人の方がメリットは大きいし。


「じゃあ……今後についてか?」


 聞くと、神様は小さく頷いた。


「もう少しで九月、そして十月とタイムリミットまで半年を切ります。学校生活も大事ですが解決策が見つからないなら休学してでも方法を探さないと本当に危険です」

「知ってるよ。でもはっきり言わせてもらうがこれ以上どうするんだ?」

「……無駄なあがきは辞めろって言うのは禁止ですよ」

「無駄とは言わない。けど神様だって分かってるだろ」


 察しろと言わんばかりに発した言葉に神様は黙り込んだ。

 最も口には出せないが俺が思っているのはそれ以上だ。

 このまま神に身を委ね、なるようになるのを待つのもいいんじゃないかって。

 これは昨日今日で思いついた事じゃない。一か月くらい前だったか、有菜に刹菜さんの一件を話し終わった後に微かにだが頭をよぎったのだ。俺が消えて困る事? ああ、後処理が面倒だからそれくらいか。けれど考えてしまうんだ。

 このまま生きていたところでいつか人を傷つけ、やがては殺してしまうんじゃないかって。そんな想像、的外れもいい所かもしれない。けど百%そうとは言い切れないだろ。

 それでも不十分ならこれまでの人生を総集編としてプレイバックしてほしい。きっとこの考えに対する想いが増していくはずだ。分かってる、このお人よしの神様の見習いが諦めないことも。でも代わりはいくらでもいる。俺よりも助けになってくれるし、特別な力を持った奴だって探せばいるかもしれない。世界というやつは常識を超えた先にあるのだから。

 やがてずっと黙っていた神様がゆっくりと口を開いた。


「雨さん、気持ちいいですね」


 開口一番の会話はどうでもいいものだったがその話題を無視はできない。ここは俺と神様、二人だけのシークレットポイントだから。


「ああ、気持ちいいな」

「このまま海にずっといたいですね」

「魚人になるつもりはないから人間でいさせてくれ」

「人間の方が面倒ですよ? あ、どうせなら雨さんも私と一緒に神様の元に行きますか? そしたらこれからもずっと、ずーっと」


 頭上に一つの腕が上がる。バランスを崩しそうになるも保ち、視線を追っていく。

 太陽の下で上げられたその腕をパーの形にし、直視出来ない光から逃れる為、数センチの影に目を隠す。


「一緒にいられるじゃないですか」


 そう言い放った。

 真剣で、楽しそうで、嬉しそうで。なのにそれが真意じゃないというのを見抜いてしまう自分に嫌悪感を抱く。人の事をここまで解れるなんてこんなの雨宮蒼じゃない。

 この雨宮蒼はあの光景を目にしたからこそ存在するものだ。今思うと本当にあんな未来を俺は欲していたのか。五日市と恋人で俺はクラスメイトの一員。人間関係も良好で理想ともいえるスクールライフ。ヲタクである事を忘れられる日々になるだろうがやっぱり本質を変えられないし、何より結局考え直してみると今まであった事を帳消しにしたところで自分なのに自分じゃない気色悪さに溺れ、最後には悲惨の末路が待っている。


「なあ神様。もしさ、間に合うなら全てなかった事に出来ないか?」

「……したいんですか?」

「ペナルティを受ける覚悟はあるよ。このまま身が滅んでもいい」


 平然と言った。

 怒られてもいい、殴られてもいい。要は諦めようと提案しているのだから。

 だから少し、いやかなり意外だった。


「ふざけないで……ふざけないでっ!」


 そう怒鳴った神様が俺の身体から離れたことに。



 

 

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