第10話サマートラブレーション! 10


「うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとね。……うん、それじゃ」


 プツリと切れた電話を耳元から下ろすと近くの階段に座り込んだ。今日も疲れたなっと。

 雲一つない天気だったおかげで夜空には天然のプラネタリウムが広がっている。感想は最高以外にありえない、いや最高という表現しか出来ない自分の語彙力の無さを恨みたいくらいだ。そんな風に思えるほどの景色が瞳に輝いている。

 一つ一つ見える星はここからどれくらいの距離だろうか。きっと想像するだけ無駄なくらい遥か彼方の遠い遠い所にあるんだろうね。

 ずっと見ていると目を奪われるだけじゃない。意識も心も身体も私自身が飲み込まれていきそうなくらい深淵のような世界。


「……議事録作ろうかな」


 つい現実じみた言葉がこぼれてしまった。おかげでせっかくの舞台も終了。このまま天体観測というのは悪くはないのだが小声が飛んでくるのは面倒なのでプライベートで来た時の楽しみにとっておこう。

 生徒会合宿二日目、場所は栃木の日光。

 色々と観光したいけど、この合宿の目的は一学期の反省と文化祭、その後の生徒会選挙についての打ち合わせ。昨日一日は反省会、で終わるはずだったんだけど結局の所、色々と問題が多かったようなので今日の午前中まで持ち越しになってしまった。

 おかげで今日の打ち合わせが終わったのはつい三十分前。生徒会選挙については殆ど話し合う事はなく、メインはやはり文化祭の事が重点的になった。

 別に合宿は嫌じゃなかった、行けると答えた時はどちらかといえば、楽しみの方が大きかったかもしれない。生徒会行事といえど皆で泊まりにいくというイベントは好奇心に十分な刺激を与えたのだから。

 しかし現在進行形の話をするならばもう帰りたい。理由は単純、この時期にと二泊三日を共にするのは頭痛だけで済むはずがない。予想は的中してお腹も痛かった。勿論、女の子の日という訳ではないんだけど今の心境的には無理なものは無理ってやつだよ、こりゃ。

 ちなみにあの人達はあのカップルの事である。というよりそれ以外あり得ない。

体育祭の一件以来、距離を置いてはいたが生徒会役員である以上嫌でも顔を合わせなきゃいけないし、一度了承してしまった合宿を断るのもなんだか逃げたように思われるのが嫌で意地になって参加した。

 会議後も二人楽しそうに部屋に入ってくのが目撃してる。女子部屋じゃなかったのが唯一の救いだっただろう。最も魔棟君は全く気にしてない様子で今も男子部屋でゲームをしているに違いない。まあ彼もヲタクだからね……そういう面ではあいつと気が合うんだよね。事実、二人で話しているところ見た事あるし。

 でそのあいつは今頃何してんだろうな。コミ〇行くとは言ってたけど、それ以外は家に引きこもってんのかな。アウトドア好きじゃない事は知ってるから同じようにゲームばっかしてんるんだろうなぁ。

 そう考えてしまうと頭の中に一つの単語が浮かぶ。デから始まりトで終わるもの。いやもはや答えだよね。

 多分、一華が執拗に聞いてくる前、私とあいつが放課後に雑談をするようになってからだと思う。気があるっていうかさ。でも私から告るチャンスというのが中々来なくて、いつの間にか神様ちゃんだったり五月だったり……あとは刹菜先輩か。

 私の中では終わったと思っていない。

 だってあいつはあの人を助けるために自分を犠牲にした。今、距離を取っているのも彼女の為だからって言うけど、それで納得いくんだったら恋愛っていうのは苦労しないの。それがわかってないんだから、男って生物は。


「今日はずいぶんと星空が綺麗だね」


 咄嗟に聞こえないふりをした。

 勿論、当の本人はお構いなしに声をかけ続けてくるが。


「今日は一日お疲れ様、はい」


 差し出してきた手にはリンゴジュースの缶が収まっている。私の好きな飲み物を把握しているのもむかつく。けどくれるならもらお。


「お疲れ様です。もうサナさんはいいんですか?」

「構ってあげたいが会議が長丁場になってしまったせいもあり、限界が来てね。布団に戻らせたよ」

「それはどうも。おかげで会長の愚痴を聞かされずに議事録作れそうです」

「愚痴なんて言わないだろう」


 確信持って、そう言えるところも癪に障る点だよね、本当。

 会長はそのまま私の隣に腰を下ろしてきたので少し距離を取る。当然そこから詰めてくるなんて真似はしない。私が嫌悪感を抱いている事は体育祭の時から知っているはずだし。


「それにしても文化祭までもう一か月を切るのか。ずっと生徒会の仕事をしていたから気にしなかったが高校最後となるとなんか感慨深いね」

「高校最後って思うなら、平和に終わらせようっていうのは駄目ですかね?」

「それはないかな」

 

 口元に笑みを浮かべている。不気味で疑いなんて微塵も感じていない。

 恐怖を覚えそうになるような顔。

 でも駄目。そんな隙を一つでもこの人には見せたくない。


「一つ聞きたいんですけどいいですか?」

「何だい?」

「会長ですよね。去年の文化祭運営費紛失事件を計画したのって」


 突きつけた一つの事実に対して、何の動揺も見せない。ただあっさりとそれに対する回答を口にしてきた。


「そうだよ」


 いつの間にか拳を作り、少しずつ怒りという名の力が注がれていく。叶わなくてもいい、とりあえず一発殴らないと気が済まない。雨宮がどんな思いをしたかをこの人は十分知っていた、相談にも乗っていた。それなのに……それなのに……。


「良太郎や結衣とは長い付き合いでね。もちろん最初は彼等の案に乗り気じゃなかったんだが少しがいてね。どこぞの誰かは分からないが私は決心して、計画、実行に移った」

「でも予想外の邪魔が入りましたね」

「ああ。本人の前でこんな事を言っても、ただの陰口にしかならないが余計な真似をしてくれたもんだよ。雨宮は」

「愛する人の為にっていう理由なら納得いきませんか?」


 詭弁だ。

 口にしてから「しまった」と気付いたが会長は気付く様子がない。いや気付いてるが知らないふりをしているだけか。どっちにしても、今のこの人に愛とか友情とか感情論で訴えた所で真意が届くことはありえない。

 それどころか、まったく見当違いな話を語り始めた。


「私の初恋の人は海風サナじゃなくて雷木刹菜だった」

「は?」

「中学の時、人生で初めて一目惚れという体験をしたのだよ。身体全体に雷が走った感覚だった。この人はなんて美しく、そして素晴らしいのだと」


 芝居じみた口調で話すその様は胡散臭いペテン師を彷彿とさせる。

 私が知っている雪村真一会長はここまでふざけた男じゃない。謹厳実直な姿に見惚れ、人を引っ張るリーダー気質。その上、どこか大人のような雰囲気を漂わせた先輩。

 もしこの人を変えさせた要因が刹菜先輩なら人間は恐ろしい。

 そしてそんな人間を作ったであろう神様は―――罪深い存在だ。


「私は何度も告白した。けれど彼女が答えてくれる日は来ず、季節は流れ高校へ。過去を断ち切り、サナという私には勿体ないパートナーも出来た。しかし運命というやつは再び二人を巡り合わせてしまう」

「もしかしてお酒でも飲んだんですか?」

「冗談を言うな。失礼だぞ、それは」


 いや自分自身を客観的に見てから言ってくれ。

 あんた、相当気持ち悪いぞ。


「最初は動揺したがもう終わった関係だ。このまま気にしないで卒業まで持ってくつもりだったが彼女の隣には一人の男がいた事で死んだはずの感情が蘇った。あれだけ求愛されたのに恋人を置かなかった雷木刹菜、その彼女に見合う男がいた。その事実を私は.....許せなかった」

「……え? もしかしてそれが原因ですか?」

「他にも詳細な原因はあるが一番の理由はその通りだ」


 つまり妬み嫉みからきた嫉妬が原因……は? たったそれだけ? そんなくだらない事でこの人は一生徒の人生を壊したの? 生徒会長という模範的な立場でありながら私情から生まれた感情で私の……私の好きな人を苦しめ続けたの?


「……そろそろ寝るか。話に付き合わせて済まなかったな。五日市も早めに寝るといい。明日が最終日といえど、午前中の会議が終わらないと別日に学校で打ち合わせになるからな」


 何も聞こえない。ただ茫然としていた。

 会長はいつの間にか消え、私が気付いたのはいつの間にか蚊に吸われたせいで痒みが出てきたからだ。

 でも私は部屋に戻らなかった。

 何度も、何度もさっきの話を頭で復唱する。憤慨する気はない。さっきまではあの横っ面をぶん殴ってやりたいと思っていたのにもう消え失せている。

 人を好きになる。それは素敵で残酷だ。

 ただ一瞬の気の迷いかもしれないのにそうと決めつけたら、身体と心はもうその人の所有物。けれど必ずしも受け取ってくれるとは限らず、何も得られなかった自分に残った喪失感は安易に埋められるものではない。

 なのに人は学習しない。何度も何度も恋をして、傷つく。

 私だって人の事を言えないかもしれない。

 怖いもん。あいつにこの気持ちをぶつけて、思い通りにならない事が怖い。

 わがまま? 当たり前じゃん、女の子なんだからそれくらい許してよ。そう思うなら受け止めてよ。私の傍にいてよ、私以外の女の子と話さないでよ。五月とか神様とか刹菜先輩とかどうでもいいよ。

 私は傷つけないよ。痛めつける奴がいるなら私がそいつから守ってあげるよ、てか守らせてよ。

 これはそう、呪いだ。絶対に直すことが出来ない史上最悪の呪い、この感情を消し去らない限り、一生苦しめ続けられる。

 だからかもしれない。

 私が最終的に出した結論は―――おかしくはない。


 雪村真一は正常である。

 

 ね? 恋って凄くて、そして恐ろしいでしょ?

 自分自身に言い聞かせたかったのか、何度も、何度もその問いかけを私は繰り返していた。


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