第9話サマートラブレーション! 9



「……」

「ははは……あははは」


 ただ目の前の状況に言葉を失っていた。

 民宿の和室に布団が敷いてあるのはおかしい事ではないだろう。そう、俺が疑問に思っているのは二人分の布団ではなく、一組分。それもご丁寧に枕は二つ用意されている。

 つまりは一部屋分しか予約されてないという事。


「今からその、受付で事情を説明すれば」

「余計な金が発生しても困る。神様がその布団使え、そこのソファで寝るから」

「いやいやいや。雨さんが寝てくださいよ。そんなところで寝たら身体壊しますって」

「男ってのはある程度頑丈に出来てんだよ。だから心配しなくていいから寝ろ」

「……とりあえずシャワー浴びてきます」


 気配が消え、すぐにバタンと浴室の扉が閉まる音が響いた。

 ようやく落ち着ける。ソファに腰を下ろすと一日の疲れが身体全身に流れたのか、節々に小さな痛みが現れた。こないだのコミ〇の方が精神的にはここまでの疲れはなかったのでここまで心身ともに疲労に包まれたのはいつぶりだろうか。

 神様はあれから何もおかしい様子はない。文句の一つも涕泣する素振りも見られなかった。だがあくまで表面上だけという可能性はあり得る。神様の使いとやらがどういうコミュニティになっているのかはよく分からないがそれでも人間に対する印象を変えるのに十分過ぎるインパクトを与えるものだったのだから。

 さてと、明日はどうしようか。

 現状、今日の話で都市伝説改め昔話は把握することが出来たが再度文献探しを続けるのもいいかもしれない。しかし職員さんから聞いた話以上の情報は得られない可能性が高いと見るべきか。最後に二人が飛び込んだという滝を見に行くというのも選択肢の一つとしてはあるけど、今更手掛かりが残されているとは考えにくい。


「シャワー上がりましたよー」

「ん? ああ、入るよ」


 声に反応して、くるりと顔を向けた。

 いつもの長い髪は纏めており、民宿の浴衣を着ているその姿は新鮮。つかいつもメイクしてると思ってたが本当にスッピンなんですね……世の女性が羨むな、こりゃ。

 勿論目を引くのはそれだけではない。ちょっぴり濡れた髪にシャンプーだったり女の子だったりとしたいい香り。中学の修学旅行の時も普段はどうでもいい子も風呂上りだけは何故か色っぽく、平たく言えばエロい。恰好もかなりラフだしね。


「ん、じゃあ入るわ」

「はーい。ちなみに湯船に湯も張ったのでよかったらどぞ。私が浸かった後なので何かしらのご利益入りかもしれませんし」

「それだけ聞くといいように捉えられるが入ったら入ったで変態と罵られる未来が想像出来るんだけど……」

「えー、もしかしてそういうプレイがお好みで? 生憎、私はそっち系の趣味は」

「入ってくる」


 尚、湯船の栓を何かの弾みで外れていたようで結局シャワーだけになった。






「明日どうしましょうか」

「神様は何かないのか? ここを調べたいとか」

「ある事にはあったんですけど、結局都市伝説の中身を知る為でしたからもう用済みといいますか」

「そうだよなぁ」

「なので明日は観光にでも切り替えようかなと」

「観光?」


 方向転換された案に疑問を浮かべるが理由はすぐに語ってくれた。


「だって私達まだ夏休みらしい思い出を作ってないじゃないですか。生徒会だって合宿っていう名目でキャンプ行ってて、クラスの子達もプールだったり、クワガタ取りと夏を満喫してるんですよ」

「高校生でクワガタ取りする奴は生涯の友達になれるな」


 特にノコギリクワガタは至高。あの自然から生まれたとは思えない顎の造形、美しいの一言に尽きるし、カブトムシとは違い、国内だけでも十種類以上はいるんだから少年心を擽らせるには十分過ぎる。なのにどいつもこいつもG扱いしやがって……俺もGは駄目だけど。


「幸い、料金は今日一日分しか払ってませんし、予約とかもしてないのでそのまま違う街に繰り出しても大丈夫です」

「まあそれなら言われる筋合いは、って待て。聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするんだが」

「この際水に流しましょう」


 自分に都合のいい調子のいい女、いや神様もいたもんだ。

 しかしやってしまった事は仕方ないし、この村にこれ以上の用はないというのも一理ある。


「で、どこ行くんだ?」

「んーとりあえず最北端まで行ってみます?」

「帰れなくなるんだけど……」

「冗談ですって。ま、行けるところまでいきましょ」


 そう言って、くすっと笑みを浮かべた。方針はひとまず決定とみていいか。


「そろそろ寝るか」

「雨さん」


 見ると布団に入っていた神様が起き上がっており、少しだけ掛布団を捲り、空いたスペースをぽんぽんと叩いている。

 つまりはそういう事だろう。


「無理」

「こんな絶世の美少女と寝るなんて、雨さんの人生でもうないかもしれませんよ?」

「こういうのは恋人関係とやらでやるもんだろ。俺とお前は違う」

「……じゃあお願いです」


 すると神様は姿勢を正し、その双眸をこちらに固定すると内に秘めた想いを告げ始める。


「今日だけは私の傍にいてもらえませんか? こうみえても色々と動揺してるんですよ、私」


 苦い笑みを浮かべて、でも絶対に視線は逸れる事がない。


「流石にショックです。同胞があんな目にあって、信じていた人間がそういう事をしていたなんて。命までは奪われなかったかもしれませんが彼女はずっと神の元に帰る事は出来ず、この世界で少年の命も抱えながら生きなければならなかった。人間が欲望なんてものを持つから」


 何も言えなかった。仕方ない、俺も同じ人間だから、その本質がどういうものかを少なからずは理解している。だって過ちを繰り返して、反省をしますと嘘を吐く。それが俺達人間なのだから。


「雨さんはどうでした? あの話を聞いて、私に何か同情でもしてくれました?」

「……確かに人間は愚かだ。それを否定するつもりもないし、何ならここにいい例がいる」

「そういえばそうでしたね。でもは違うじゃないですか」


 呼び方が変わった。あなたと呼ぶなんて他人行儀の姿勢なので少し動揺するが話の続きに耳を貸した。


「神がプログラムしたかのようにあなたは自身にとっては無利益にしかならないと分かっていても、これまで沢山の人を救って来たじゃないですか」

「それしか道がなかったんだ」

「違います」


 否定する声はいつもより大きく、けれど芯が通っている。嘘ではない、神様は確信を持って発言している。


「違うなら、俺が今までしてきた行動は何なんだよ」

「何も」

「何も?」

「ええ、あなたの行動に理由なんてありませんよ。愛する人の為、クラスの為、後輩の為。それ以外にも私が知らないだけできっと多くの人間があなたに救われたんでしょう。しかしそれらの行動に本当は理由なんてないんです」

「そんなん理屈が通らねえよ」

「人間の物差しで測ればそうかもしれませんね。でもあなたはもうその領域じゃないんです」

「はあ? じゃあ何だ、俺は」

「あなたは神の使いと友達になった人ですから」


 と、悪戯に笑った。どうやらこの言葉を表現するのが目的だったらしい。


「さて、どうですか?」

「は?」

「いや騙されたかなぁって」

「は?」

「流石に落ち込んだ振りすれば、いつもは見せない一面見せてくれるかなーと、なんてね、あはははは」


 はははは、神様ジョークがお上手な事で。ここまで来るともはや清々しく思えてくる。まんまと引っかかったよ。まあ文句は言わないでおいてやろう、ついでに多少の罰当たりと言われても我慢しよう。


「今からお前をぶん殴る」

「ごめんなさい」


即答だった。紳士な俺に感謝しろ。


「まあ衝撃は受けましたけど、それでも人間を嫌いになるなんてありえませんよ」

「何で断言出来るんだよ」

「んー、言えば長い話になりますが覚えてませんか? 私はずっと監視してたんですよ」

 

 その言葉にどんな深い意味があるのやら。しかし追及する気はないし、そもそも本人が気を病んでないのならば俺から言う事もない。


「もういい。寝るぞ」

「あ、雨さん、雨さん」

「あ? まだ何か」

「という訳でどうぞっ」


 再度、神様が布団を叩く。何がどうぞっ、だ。どうやらまだ諦めてなかったご様子。


「あのさぁ」

「あれー? もしかして、そういう事期待してました?」


 今度はしたり顔でこちらを覗いてくる。やっぱりぶん殴っていい?

 とはいえこれ以上突っぱねても諦めなさそうだし、大体普通に考えればこんなチャンス逃すとか何お前童貞なの? と突っ込みを入れたくなりそうでもあるがあいにくの所、童貞だ。

 という自身の葛藤は置いといて、早期に白旗上げよう。ただし、


「寝るだけ。それだけだからな」

「はーい」


 軽く息を呑んで、恐る恐る布団に潜り込んだ。一応互いに背中合わせになるように入ったが至近距離なのでほぼ無意味。ここで腕枕でもすりゃ出来る男でムードもバッチリなんだがそんな器用な真似は無理だし、まず第一にそういう関係はをしている前提で行われるものだ。


「なんか、照れますねっ」

「うるせ。早く寝ろ」

「せっかくですし、もうちょいお話しません? 何か修学旅行の夜って感じがして、いいじゃないですか」

「お前修学旅行行った事ないだろ」

「どんな物語でも定番中の定番じゃないですか。雨さんも今年行くんですよね?」

「らしいな」


 全くといっていいくらいに気乗りしないけど。あいつらと三泊四日も一緒とか考えるだけで頭痛と吐き気で苦しまれそう。何なら行きの新幹線で俺だけUターンもありえる。

 ふと肩をつつかれた。向き一つでもどんなイベントが待ち受けているか分からないのでこのまま返事をするしかない。


「何だ」

「雨さんって中学時代はどうだったんですか?」

「藪から棒に何だ」

「いえ、さっきの話と照らし合わせると過去が気になるなぁって」

「たいしたもんじゃねえよ。今と変わらん」


 一瞬、険しい顔になりかけたがすぐに戻った。

 そう、変わらない。と今も。成長してない愚か者だ。


「神様っていうか花那さんは聞くまでもないか」

「聞かれても、監視を始めた頃しかわかりませんけどね。でもこんな可愛い子なら一つくらい甘酸っぱい想い出があってもいいかなって思ったりしますよ」

「可愛い子の特権だな」


 同じ身体、なのに他人事のように口にする。

 けど俺の記憶にいる彼女は彼女だけ。そう思ってしまうと不思議と納得がいく。


「雨さん」

「ん?」

「……こっちに顔を向けてもらってもいいですか?」

「絶対やだ」


 分かり切った回答だ。

 しかし言葉と行動というのは必ずしも一致はしない。俺の返答を聞いた途端、ぐいっと思いっきり身体を引っ張られ、無理矢理反転させられた。どこにそんな力が、なんて考える余裕もない。さっきよりも、いや今まで初めてかもしれない。神様、花珂佳美の顔をこんなにはっきりと見たのは。


「えへへ、やっぱり安心します」


 そうして俺の頬を一回、また一回とつついてくる。

 言い訳はしない。ここまでされて、理屈とか論理とか知らん。人のスイッチは感情モードに切り替わる。

 辞めろ、なんて言えない。けど言わないと。 

 出ないと男の子としての本能とやらが何やらというやつ。刹菜さんの時とは違う。

 主導権を握るなんて容易い事だ。相手は歳下で女の子、おまけに誘ってると捉えてもいい行為。状況は整っている。

 頭から考えが消えていく。自然と手が動きそうになるがそれよりも早く神様の言葉が走る。


「……怖いですか?」

「え?」

「手が震えているんで」


 気付いていなかった。いつの間にか神様の片方の手が俺の手を握っていた事に。言われた事で感覚が伝わってきたのか、すっと心に余裕が作られる。


「雨さんなら、いいですよ」

「何の話だ」

「佳美さんだって、許してくれますよ。私も謝りますから」

「許してくれなかったらこの歳で性犯罪者なんだけど……」

「そしたらまた入れ替わりますか? 雨さんの身体というのも面白そうですね。ユマロマさんより先に私がnichさんをモノにしちゃおうかな」

「第三次世界大戦の火種を生むのは勘弁してくれ」

「じゃあ私と付き合います?」

「何でそうなるんだ……」

「まあ佳美さんと相談しますっ」


 結果が気になるオチだったがそれからすぐに隣から可愛い寝息が聞こえてくる。

 もうさっきみたいな悪魔の囁きは聞こえてこないがいつ再来するか分からないのであれば、さっさと夢に落ちるしかない。



 しかし今日一日だけ夏休みの思い出の大半は使っただろう。俺の青春というページにそんな執筆がされているのは間違いない、そう結論付けて、夢の世界へ旅立っていった。




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