第8話サマートラブレーション! 8




「えーと、ちなみに君たちはどこまで聞いたのかな?」

「この村に大飢饉が来た時、皆に馬鹿にされた村長の祈りが通じて、神様の使いが現れた。そしてその子と仲良かった男の子が病を患い、痛みを代ってあげようとして自らの意識を入れ替えた、と」

「なるほど。まあ少しはあってるね」

「少し?」

「詳細に言うと、色々と説があるんだ。まず村長は祈りを続けていたというがこの昔話が作られた時代がそもそも今から百年くらい前の話」

「百年くらい前?」


 想像よりも遥かに近い時代。大昔というからもっと鎌倉とか室町とかそんくらいかと思っていたが何ならまだご存命の人がいるくらいだ。


「つまり百年も前ならまだそれなりの資料が残っている。ところがその資料には村長といえど流石に飢饉の影響は避けられず、自分の資源と呼べるものはほぼ無に等しかったとある。勿論資源を全てというからには色々と捉える事も出来るだろうがそんな状態の中で信憑性もない神様に対して、全てを捧げる。本当に出来たのだろうか?」

「確かに……その通りですね」

「他にもあるがまあ全てを話すと夜になってしまうので省こう。まあ結論から言って、君達が聞いた話と最後は同じだ。ただし、それまでの流れについては説明し直さないといけないな」


 言うと職員さんは腕を組んで、うーんと唸り始める。


「そうだな。一つ聞きたいんだが君達が神様の使いといえば、どういうのを想像する?」

「え?」

「簡単でいい。どうだい?」


 うん、横にいます。なのでイメージしようにもすぐにこいつの顔が浮かんでしまう。もちろん当人もその思惑を読めているらしくこちらに向かってニヤニヤといたずらな笑みを浮かべている。分かってるよ、言えやいいんだろ、言えば。


「ま、まあ可愛い女の子とかですかね……性格はあれな感じですが」

「え?」

「いやいやいや。とにかく女の子、そう女の子ですね」


 無理矢理結論付けた。が、どうやら神様は不服らしくむすっとしている。いや立場を考えろって。ここでお前が試しに力の一つでも使えば信用は得られるだろうがバレた時どうなるか分からないんだぞ、こういう場所は。隠蔽しようと思えば出来るんだから。


「なるほどね。まあ女の子で合っている。実際にその使いさんとやらも女の子だった訳だし、地方の似たような伝説にも女の子が出たってね」

「ここ以外にもあるんですか?」

「ああ。日本全国にはいろんな伝説があるからね。とはいえ神様の使いと言っても、人間の姿を催している訳ではなく、実際にはその村の言い伝えごとに違い、動物だったり、時には自分自身を映していたりする事もあるらしい」


 これはいい情報を聞いた。もしここがハズレの場合、他の地方に当たるという事も出来る。まあに余裕があればの話というのもあるが少なくとも希望的観測は可能と判断していいだろう。


「で、何でこの質問をしたかというと女の子はね、神様の使いにとってはとても貴重な現身とされてるらしいんだ。その姿を見たら、一生幸運に見舞われるとも言われている」

「え?」


 咄嗟に声が出てしまい、思わず首を傾げていた。いやそうだろう。 もし話が本当ならば俺にだって少しくらいは幸せと感じられる事があってもいいはずだ。しかしこいつと出会ってから約五か月。これまでをプレイバックしても『幸運』と思わしき記憶とやらが一つも見当たらない。流石にそれはガセネタというやつじゃないだろうか? まあ後程本人にも確認してみるか。


「実際、当時の記録を見ると神様の使いだった彼女は傍に置いておくだけで裕福になれると瞬く間に村中で話題になった。もちろんそんな人間達の欲望を叶える為に来たんじゃないんだ。人間を救う為に、そして自分を信じてくれた人がいたからこそこの世に降りてきた存在。けれど私利私欲に勝てる程強くなかったんだ」


 声のトーンが変わった。

 どうやら楽しい話なんて事は一%もありえないとみていいだろう。


「最初は小競り合い、けれどその内殺し合いになった。村長は彼女は誰の物でもないと皆を説得しようとしたが邪魔者扱いしていた村人に殺され、彼女を守る者はいなくなってしまった。逃げようにも既に村の出入り口は封じられ、さらに彼女の為に毎日どこかの誰かが血を流している。その苦痛は耐えがたいもので次第に彼女の精神に限界が来ていた。神様の使いといえど、神様ではないし、ここはあの世ではない。他にも人間に接し過ぎたせいでそうなってしまったのではないかと色々とあるんだ。だが、そんな中で一人だけ彼女を助けようとした人がいた」

「男の子、ですか?」

「そうだ。元々その子は生まれつき身体が弱く、それに住人達とも上手く溶け込めず、村八分とされていた。そんな彼にどこか彼女は惹かれたようで滞在していた時間の殆どを共に過ごしていた。騒動の際も匿ったらしいからね」


 なるほど。

 いやグリム童話も世間と真実は違うというがまだ途中といえど、ここまで極端に平和とかけ離れた話だとは想像もしてなかった。やはりどこまで遡っても人間の本質は変わらないか。いやそもそも俺達が成長してないんだから元を辿ればそれも然り、か。


「それでどうなったんですか?」

「村人達は争いをやめ、一度協力関係を結んで、まず男の子の家から彼女を引っ張り出そうとした。少なくとも監視下に置いておけば逃げられる心配はなくなるからね。その為彼等は家を飛び出し、村から何とか逃げようとするも山の中も村人だらけで上手く隙をつくことはできず、ついに追い詰められてしまった」


 ごくりと息を飲む。話はいよいよクライマックス。気付けば窓から差し込んでくる夕陽も山々の懐へと消えていこうとしている。


「男の子は提案したんだ。どうにかして自分と君を入れ替える事は出来ないだろうかって。そうすれば君はここから抜け出せるし、病弱な身体でも神様ならば大丈夫、と。無論、彼女は反対した。人間が神の器に耐えれるはずもないし、もし耐えれても今度はあなたが狙われると。しかし彼は折れなかった。力がない自分にはどうしても助ける方法がないから、そして世の中にはもっと清らかな心を持つ人々も大勢いるから是非その姿を見て、人を幻滅しないでほしい。そんな願いが込められていたんだ」

「……そうして入れ替わった、と」

「ああ、最も入れ替わりと言っても特別な条件が必要だったらしくて、そこは分からないんだが彼等は村はずれにある滝に飛び込んだ」

「飛び込みですか?」

「そう。どうしてそうしなければならなかったのかは未だに解明されていない。しかしその後彼等の意識は入れ替わり、男の子の身体を借りた彼女は村を抜け出して、世界を回った……これがこのお話の真実だよ」


 職員さんは言い終えると流石に長丁場になったというのもあり、軽く息を吐いた。

 もう辺り一面暗い。そろそろ限界か。


「さてもう時間だね。満足頂けたなら閉めちゃうけど大丈夫かい?」

「はい……あの一つ聞いてもいいですか?」

「何かな?」

「最初聞いた話とここまで食い違っているのは何故ですか?」


 すると職員さんは難しい顔をして、けれど言わなければならないと決心したのか、その答えを提示してくれた。


「騒動の後に村人が全て隠蔽したから」

「え?」

「隠したかったんだよ。自分達に都合の悪い事はね。今ではこうして話す事も問題ないけれど昔はこの話を口にしたら、親にえらく叱られてね。どうやらタブーとなっているみたいなんだ。だからこの村の子供達には秘密は教えず、綺麗な一面だけを残した話にしたんだよ」

「……そうですか」


 力のない声で返事をした。

 横にいる神様は特に変わりもなく、ただどこか少し寂しげな雰囲気だった。かける言葉も見当たらない。こいつだって人間を助けたからこういう状況でその解決策を求めてここまで来たというのに仲間が悲惨な目にあっていたという事実を聞かされただけ。しかもその原因を作ったのは同じ生物いきものだ。

 そして俺も人間だ。でもそこまで落ちぶれてはいない、はずと思っていた。

 でも世の中に連帯責任という言葉があるように人は一種のカテゴリー上では同じだ。それぞれ特徴があっても、そんなの世界を見守る神から見れば同じに過ぎないだろう。だからどんなに取り繕っても俺達は変わらない。

 エゴイズムの塊である以上はこれから先もずっと、そして未来永劫変わらない。

 そりゃあそうだ。人は大衆がいればいるほどその理論を信じる。歴史が語っているから間違いない。


 夕陽が完全に沈んだ。太陽は正直だ、東から昇り、西に沈む。そこに嘘はない。

 しかし人は言葉というコミニケーションツールを手に入れたおかげで疑いの余地もなく偽った言動が出来る。

 ならば人から奪ってしまえばいい。そうすれば争いは起きない。何なら心も奪って、感情すらもなくしてしまえばいい。そうすれば何も理解は出来ない。


 人は愚かだ。そしてそんな人である自分も愚かな生物なのだ。

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