第6話サマートラブレーション! 6


「何もないな」

「ええ、何もないですね」


 口を揃えた俺達はそう言って、溜息を吐いた。周囲見渡す限り、コンビニも見当たらず、たまに民家がぽつぽつと見える程度。自然の壁ともいえる山に囲まれた一つのコロニー、正に集落というべきか。


「とりあえず飯にするか?」

「賛成です。朝から長時間の電車ですし、もう少し立てば夕飯時でしょうが我慢出来ませんので」


 意見はまとまったのでひとまずスマホを取り出し、ウェブサイトで検索をする。流石に一件くらいは……いやこのサイトが駄目だ。他のサイトで……。いやいやいや、そしたら次は……。

 そんな俺の様子で察したのか、もう一度神様が溜息を吐いた。


「どうやら歩いて探すしかなさそうですね」

「ねぇ、何で検索に一つも引っかからないの? このご時世、どんな村でもホームページ作って、観光客の誘致とかあるでしょ?」

「現代の文明についてこれなかったか、そんなに名所と呼ばれる場所がないか。あるいは」


 言うと、こちらの方を一瞥して、続きを口にする。


「誰も来させないようにさせたかったか」


 その言葉を発する彼女の瞳からは後者の方が真実ではないかと告げているように思える。


「そうするメリットが何もないけどな」

「重大機密事項だからって事なら筋通りません?」

「ネットに流出してんだよなぁ」


 どんだけ情報統制出来てねえんだよ。


「なぁ、都市伝説について、詳細な点は分からないのか?」

「詳細点はほぼないです。ネット掲示板にあったのはこの村がその都市伝説の発祥地で人と人の意識が入れ替わったという話だけなので」

「ふーん……つか今更なんだが」


 と、言いかけた所で口元に神様が人差し指を向けてくる。


「私が神様だから意味ないとかはなしですよ」

「……はいよ」


 今更野暮な話だったか。

 とはいえこれ以上の手掛かりがない訳だし、そもそも俺が体育祭やら同人誌作成やらの間もずっと情報収集をしてくれていたのだから疑うのはむしろ失礼な話だ。まあ神様的にも早く戻りたいというのがあるんだろうが細かい点はひとまず置いとくとして。


「とりあえず店探しからだな」

「ええ、お店探しからです」


 そうして俺達は歩き出した。

 





 飲食店を見つけたのは駅から歩きだして結局三十分後だった。

 この村、本当になにもねえな。民家も一つあったら、次の民家まで百メートルくらい先の所にあり、何なら途中から何もなくなる。

歩いてる最中、案内地図を見つけたので見取り図はある程度把握したが見なきゃよかったと思うくらい田舎だ。俺達が予約した民宿以外にも宿泊可能なホテルも見当たらないし、観光出来そうな施設もない。強いて言うなら大きい川と村の端に釣り堀があるくらい。あとは学校や図書館といったうちの近所でもあるものばかり。財源がないように見えるけどどうやって維持してんの?

 だが、こうして如何にも個人経営と言わんばかりなラーメン屋だが入れただけでも幸運といえよう。つかここなかったら、本当にヤバかった。


「へえー、お嬢ちゃん達は関東の方からわざわざねー。いやーこんな辺鄙な村、何もねえだろ」

「いえ、空気が美味しく、自然豊かなのは都会の騒がしい環境から離れられるのでとても心地いいです」

「ははは、そりゃあこの村にいるのはここで育ったもんばかりだからな。若い奴も仕事ねえんだから上京しろっていうんだが大体が家業継ぐってぬかしやがってよ」

「いいじゃないですか。このご時世、後継ぎ問題が深刻ですから」


 相変わらずだなーと隣の神様の方に目をやる。いつもの建前なんだろうがどうせこれからの人生でこの人と再会する事なんざないんだからいつも通りでいいものを。


「でもあれだな。一時期、変な奴らが大量とまではいかないが少し見かけたな」

「変な奴らですか?」

「ああ、何でも都市伝説がどうとかで」


 店主は何気なく言ったつもりなのだろう。世間話の一つとして客にただ振っただけだ。しかし俺達にとってその単語は見逃せるはずもない。いや俺は反応するまで少しタイムラグあったんだがもう隣の子が瞬時に食いつくのなんの。


「そ、その都市伝説って何ですか!?」

「ん? ああ、もしかしてお嬢ちゃんもそれ目当てか?」

「あ、あーその」

「いやいや、そんなに不安そうな顔しなくて大丈夫。別に迷惑とか思っちゃいねえからよ。むしろそのおかげでこの店に来た人のほとんどがウチに金を落としてくれるからな。しかしそんな有名なんかな、俺の店」


 ぬかした笑いをする店主だが他に店がねえんだよ。

 恐らくだが民宿に行っても、お昼が用意されているとは限らないし、そもそもこんな所で宿泊しようと考える奴もいない。大体が少し行けば、賑わっている街にたどり着くのでそちらの方を選択するはずだ。つかそうしたい。

とはいえ、この店主いなきゃ俺達の空腹が満たされる事はなかったのでそこは感謝の意しかないのだが。


「まあ都市伝説っていっても、俺もよく知らねえんだよな。勝手に祭り上げられちまって、こっちも聞かれた所で何の話かさっぱりなんだ」

「そうですか……」


 言わんとしてる事は分かる。

 いきなりよそ者がやってきて、記憶にない歴史があると言われた所でクエスチョンマークが頭上に浮かんで、何の話の一点張りにしかならない。まあ勝手に盛り上がってる奴が悪いし、そんな情報を頼りに来ている俺達も人の事は言えないのだが。


「ただこの村の伝説というか昔話なら知ってるけどな」

「昔話ですか?」

「ああ。都市伝説かどうかは分からんが聞いてくか?」

「是非!」


 俺にはここまで素直に頼み込むなんて出来ないのでこういう場では神様いてくれてよかったもんだ。いや俺も頭を下げるべきなんだろうが店主の目には都会から来た可愛い女の子しか映ってないだろう。後ろにいる俺はモブ扱い。それくらいの方が都合いいので助かるけどね。

 その店主も話が長くなるのか、近くの椅子に腰を下ろした。ポケットから煙草とライターを取り出し、火をつけ、軽く煙を吐くと、満を持したのか、その口を開いた。


「この村にずっと昔、大飢饉の影響で全滅しかけた時があったんだ。その際、村長は神様に村の残った資源全てを捧げ、神の恵みとやらで解決しようとしたんだ。勿論、話に乗っかる村人は殆どおらず、村長だけが毎日村のはずれにある滝の前で自分の資源を全て捧げて祈ってたんだ」

「滝、ですか?」

「ああ。この村のはずれにある滝には神様の力が宿った石像が古くからあるんだ」


 滝? そんなの地図にあったか? 釣り堀くらいしか記憶になかったんだけど見落としでもしたか?


「で、ついに村長の祈りが通じたのか、神様の使いと名乗る女の子が現れたんだ」

「女の子ですか……」

「ああ、嬢ちゃんみたいな可愛い子だったらしいぜ」


 むしろ本人なんじゃないだろうか。可愛いっていう部分しか共通点はないだろうが神様の使いならば年齢は関係ない。時間は無限なのだから。

 そう思いながら、神様の方に目をやるも動揺してはいない様子。あとで聞いてみるか。


「その女の子のおかげで村はその年、豊作になり、豊かになっていったらしい。そして女の子はその後も村に残り、子供達と遊び続けていた。そんな時、女の子と仲がよかった男の子が病にかかり、もう助からないと村の医者からも宣告されてしまう。女の子は神の使いであるが神ではない。神の力は人間そのものを助ける事を禁じられている、故に助けられねえんだったと。だからせめてその子の痛みを代ろうと自分の意識と男の子の身体に移して、その子の意識を自分の身体に入れ替えたんだとよ。まあこんな感じだ」



 言い終えると店主はもう一度吸い始める。店内にはたばこの煙が漂うが俺も神様もその事を気にする事はなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る