第5話サマートラブレーション! 5




 お盆も過ぎ、夕暮れには蜩の鳴き声が響き渡る八月の後半。

 目ぼしいイベントは無く、自室でコントローラーを握る日々か古本屋で自室の本棚に加える新たなラインナップ探しでもする予定の今日こんにち


「それにしても五時間以上かかるって……鈍行電車にするんじゃなかった」

「不便の反面、かなりの安さなんだ」


 ガタガタと揺れる列車に乗車した俺達は青森を目指していた。


「もう一度確認するがその都市伝説は本当なんだろうな?」

「しつこいですねぇ。相変わらずそういう所」

「いいから言え」

「大丈夫ですよ……多分」

「おい」

「都市伝説なんですから確実な事なんてある訳ないじゃないですか」


 まあその通り……か。

 反論できない俺はそれ以上の追及は出来ず、外の景色に目をやる。

 東北の方に入り、既に市街地から遠く離れた山の中だ。一面緑一色でごちゃごちゃした関東とは極端にかなり静かでほんの少し窓を開けた隙間から入る空気が美味しい。

 しかし東北、いや俺達はどうして本土の最北端、青森県に向かっているのか。


 話はコミ〇二日目の打ち上げまで遡る。






「旅行?」

「はい。ようやく手がかりを見つけたんです。佳美さんの意識を取り戻す為の」


 そう口にする神様の瞳は真剣そのもの。どうやら信憑性は高いものだと捉えてもいいようだ。


「まあ正確に言うと都市伝説なんですけどね」

「都市伝説?」

「ある村でかつて人と人の意識が入れ替わったという話があるんです。まあ都市伝説だろうとそこまで注目されなかったのですが、最近ネット掲示板のスレで検証に行ったら実際に入れ替わった人を見たとか見てないとか」


 前言撤回。ネット情報とかいきなり胡散臭くなってきたぞ、おい。


「実際にその人を見たという訳ではないのか?」

「残念ながら。ですが今までの中では一番可能性も高いですし、丁度夏休み。佳美さんの両親は生憎とお仕事でいない日が多いので外泊も可能です」


 言うと何かを訴えかけるように視線を合わせてくる。

 つまりはそういう事だろう。いや確かに同行しなきゃ駄目だよなぁ、そりゃ。手伝うと宣言した手前だし、神様とはいえど、高校一年の女の子。何が起きてからじゃ遅い。

 しかしこのまま放置していい問題でもない。いずれは直面しなければならないのだから。そう結論付ければ、ここで偶然にも船に乗り込めるチャンスなのだから乗船した方が利点は多い。


「分かった。で、その都市伝説の言い伝えがある場所はどこなんだ?」


 聞くと、神様は迷う事なくこう言った。


「青森です」

「……青梅か?」

「青しか合ってませんよ。青森です。日本本土の最北端、青森県。そこにある村が都市伝説の舞台です」


 乾いた笑みがこぼれてきた。

 あ、青森? 明日の三日目で金を大量に使う予定なのに青森に行く? え? それっていくらかかるの? つか軽く頭に浮かんだ金額だけで財布の中身とほぼ同等……。

 あ、もしかしたらこれは夢か? 実はまだ合同誌の原稿も出来ておらず、休憩のつもりがそのまま寝てしまった……のか? じゃあ仕方ないな。さっさと夢から覚めて、原稿しないとなー。締め切りがなー。


 だが再度神様に目をやると「えへっ」と嬉しそうな笑みで発した。


「楽しい旅行にしましょうねー、雨さん」

「……はははははは」


 その後、食べ放題の焼肉で休む間もなく食べ続けた俺が腹を壊すのはまた別の話。






 そうして今に至るという訳だ。


「というより雨さんはそろそろ自覚を持ってください」

「何の?」

「あと半年で死ぬという事実です。嘘じゃないですからね。本当に死ぬんですよ?」

「……神様の力をこの目で一度見てるんだ。信じてるよ」


 過去改変なんて人智を超えた力を味わってる以上、疑いようがない。


 けれど、実際の所は少しだけ思ってる事もある。

 例えば実は彼女と出会ってからは全てが夢だったりとか本当は既に死んでいて、仮想の世界を見ているだとかSFチックに考えたりもした。人に話せば馬鹿げてるの一言で終わりだろう。

 そう、人はそんなもんだ。実際に体験しなければ何も信じないのだ。

 だからこの世から戦争は消えない。戦争を体験した者が何を言おうが始めようとしている者はその悲劇を知らない。そして気付く頃には手遅れ。

 きっと俺もこのまま何もせずいれば、手遅れになるだろう。そうなる前にとは思うが結局自分の事で精一杯で彼女の提案にこうして乗るしかない始末だ。


 そして何よりそんな自分を情けないとも思わない事が嫌悪感を抱かせる。


 神様の事だけじゃない。夏休みの間、考えずにいたかったのにあの人の姿が頭にちらついてくる。昔のように名前で呼んでくる。

 そんなのありえないはずなのだ。なのに想像する度にその事柄が無数のシャボン玉のように浮かび―――弾ける。

 弾けた時、そこに映るのはいつもだ。いつもという世界しかもう生きる事は出来やしない。


「あ、そういえばご両親には何て言って来たんですか?」

「友達と旅行」

「定番の言い訳ですね」

「神様の家と違って、母親と妹がだらけてるからな」

「妹さんいるんですか?」

「ああ」


 今日も「おにーちゃーん。暇ならゲームー」と部屋に来たのだが丁度出ようとしていたのでばっちりエンカウント。説明すると面倒なので逃げるように去った。おかげで携帯に着信やらメッセやらが溜まっている。


「神様、いや佳美さんって一人暮らしだっけ?」

「はい。私の知る限りは」

「知る限り? いや一緒に家にいるんだから分かるだろ」


 言うと、神様ははぁと溜息を吐き、会話に戻る。


「詮索しない方がいい事もあるって事ですよ」

「何その意味深発言」

「女の子の秘密に首を突っ込もうとするのはモテない男子がやる事って話です」


 余計なお世話だ、と顔を逸らした。

 モテるっていう抽象的な表現は勲章に近いだろう。資格でも免許でもないのに自然と手に入る自動スキル。それだけでそこから漂わせるフェロモンに似た何かに人は惹かれる。


「話変わりますけど、刹菜さんの方はどうですか?」

「ねぇ、君はオブラートに包むって事は出来ないの?」


 ストレート過ぎて、避けるタイミングも与えられない。


「ほらほら。人に話した方が物事を整理出来るって言うじゃないですか」

「物事も何も今の俺には関係ない話だ。情報が一つも分からないんだ」


 そう言うと、丁度駅の到着を知らせるアナウンスが車内に流れる。

 会話というのは時の流れを加速させるので退屈からは程遠い。


「ま、詳しい話はいつかだな。来る事は絶対にないが」

「そのいつかは近い内にあるかもしれないですけどね」

「フラグ立てても、無駄だからな」

「ちぇ」


 唇を尖らせながら、つまらなそうに呟き、俺達は席を立った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る