第3話サマートラブレーション! 3



「列動くよー! 前の人についてってー!」

「ただいまタペストリー完売しました! 新刊も三限から一限に変更です!」

「すいませーん! この列今から外に出るので道開けてくださいー!」


 開始から一時間ですでに大騒ぎ。動くのもやっとな人混みだ。

 現在四つ目の壁サークルの列に並んでいる最中でここまでは何とか順調だがそろそろ完売報告が上がってきてもおかしくない頃合い。


「頼むから持ってくれよ……」


 ここまで並んだのに買えないのは御免だ。

 と、丁度よくスタッフの誘導が始まり、列が動き始める。

 一気にレジの目の前まで移動した俺はすぐに注文数を言い、無事購入。よし、あと二つ。

 と、動こうとした矢先、スマホがぶるぶると震え出した。定時連絡か。


『もしもし?』

『今どこまで終わった?』

『四の手まで。これから別ホールへ移動するとこ』

『そうか。一応今入った情報なんだがレブルサーキットと武藤書店が完売だ」

『は!?』


 それ、俺のオーダーなんだけど!? 嘘だろ!?


『やる気なくした。戻る』

『ああ。もうそこ二つで終わりだろ?』

『島中の回収なんてするんじゃなかった……』

『そんな事言うなって。おかげで俺らは新刊が手に入るんだから』

『俺は手に入ってねえんだよ!』


 そのまま重い足取りでスペースへ戻るとユマロマ達が笑みを浮かべている。

 この本、このまま持って帰ってやろうかな。


「お疲れー! いやーこっちもそこそこの売れ行きで」

「何としてでもあの二つの新刊手に入れろ。それが報酬だ」


 ドスの利いた声でそう言うと、流石に引きつった表情のユマロマが「お、おう」と答えた。こいつの仲間内で一人くらいは購入してる奴がいるだろう。欲しい物が手に入らないとかあってたまるか。


「合同誌はもう完売?」

「結構早かったぜ。元々値が張るのでそこまでは刷ってなかったが一時間経たない内に完売なんて久々だ」

「ユマさん、このスケブ分終わりです」


 見ると、椅子に座っているリズがせっせとスケッチブックにイラストを描いている。コミ〇ではよく見る光景だ。好きな絵師さんにイラストをお願い出来る唯一の場な訳だし。


「さてそれじゃあそろそろ行くか」

「俺、休んでていいか?」

「……蒼君。これが最後の」

「最後の頼みを今年だけでも四回は聞いてるぞ」

「じゃあ最後の最後の頼みだ」


 どう考えても、こいつとnichさんのデートが成功する未来が見えない。nichさん、カワイソス……。

 まあ俺も挨拶はしておきたいのでユマロマと共にnichさんのブースへと向かう。壁沿いの端なのですぐに見つけられた。


「nichさん、お疲れ様です」

「あ、雨君だ。お疲れー」


 汗をタオルで拭ってるnichさんはこれまた色っぽい。

 ……いや決して惚れてないぞ。年上の女の人は確かに好みだけどねっ!


「もう完売ですか?」

「やっぱり島の方が楽でいいよ。もう列は崩れそうになるわ、既刊がすぐに売り切れて怒られるわで本当に大変だったんだから」


 疲労感溢れているその表情からはかなり壮絶なものだったのだろう。

 まあ壁っていうだけでサークル側も購入側も楽にはいかないしね。


「そういえば新しい売り子が入ったとか」

「新しいも何も私のサークルで売り子を雇うのこれが初めてよ。でも本当に可愛い子なんだよねぇー」


 先程と打って変わって、ニヤニヤしながらnichさんが見つめてくる。何だろう、もう嫌な予感しかしない。


「いくつか質問していいですか?」

「はい、どうぞ」

「その子は俺の知り合いですか?」

「うん」

「その子は俺よりも年下ですか? あとついでに同じ学校」

「あら、もう分かっちゃったんだ。残念」

「……その子は女の子ですか?」


 そう問うと、後ろからぽんぽんと叩かれた。

 はぁ、まあいない訳ないよな。そう思いながら、振り返ると、見覚えのある顔が一つ。


「どうですかー! この衣装可愛くないですか?」

「……お疲れ、神様」


 いつものJK姿からコスプレイヤー化した後輩兼神様が笑顔で決めポーズを取っていた。



 × × ×



「大体何で夏休みなのに遊んでくれないんですか?」

「俺が同人誌出す事知ってたよね?」


 空気を読んだ俺達はnichさんとユマロマを二人きりにし、適当に会場をぶらついていた。ユマロマ君、頑張ってー(棒読み)。


「おかげでRPGゲー、十五本もクリアしましたよ。いやー本当に感動するものばっかだったなー」

「そんな金がよくあるな」

「お父さんにおねだりしたら、買ってくれました」


 あぁ、確かに。

 うちも澪霞には甘いもん。そう、兄妹の定めっていうかさ。どこも娘には弱いんだよね、お父さんは。


「ところでどうですかー? ほれほれー?」


 と、身に纏った衣装を見せつけてくる。

 もちろんこの衣装が何かは知っている。

 今期のアニメ、『僕とあなただけの天使』に出てくる神様役の衣装だ。

 紺色混じりの白黒ドレスに頭の上にはティアラ。きちんと指輪やネックレスも作中通りに再現されているようで細かい。nichさんの仕事だろうなぁ。


「てかもっと他にもなかったのか? 既に神様なんだし」

「人気投票で一位だったし、あと一目でビビッと来たので」


 神様が神様のコスプレねぇ……。


「まあ似合ってるんじゃないの」

「あー! もう少し褒めてくださいよ」


 むっとした表情の神様からそっぽを向いた。

 言いたくないんだよ、察しろよ。


 それにしても正午になったばかりなのに相変わらずの人混みだ。壁のほとんどは完売しているので皆、島中でお宝発掘中と言ったところか。俺も昔はよくやっていたが今ではキリがないし、お金がすぐに尽きてしまうので控えている。


「そういえば私買いたい所あるんだった。すぐそこなのでちょっといってきても」

「ああいけいけ。この辺ぶらついてるし、何かあったら連絡くれればいいから」


 颯爽に走っていく神様を見送り……あ、注意された。

 うん、コミ〇では走るの禁止ね。


 まあこちらもその辺を適当にぶらつくとするかね。

 丁度そこの壁なんかはポスターの絵、かなり好みだし。

 列があるって事は新刊もまだ完売してないのだろう。神様来るまで時間あるし、ただでさえ戦利品が少ないのだ。何よりここで使わずして、いつ使うのだ。

 そうと決まれば、すぐに列に並ぶ。まあこの時間なので一分もたたずにレジ前へ。

 さーて買い終わったら、次は壁沿いに色々見てくとしますか。


「すいません、新刊一部」

「あ、はい。五百え……あれ? 雨宮君?」

「へ?」

「雨宮君だよね? 同じクラスだった?」


 声の方に顔をやった。

 ……まじか。けど全然違う。あの頃はもっと地味っていうか、おさげ頭でこんなに明るい感じじゃない。

 でもこの声は間違いなくそうだよな……。


「か、歌恋かれん?」

「久しぶり、雨宮君。あ、蒼君の方がよかった?」


 と、弓南歌恋ゆみなかれんはへへっと笑みを浮かべた。



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