第2話サマートラブレーション! 2



 早朝五時。既に設営準備の道具やお金の両替は済ませてあるのですぐに着替えて、家を出る。そこから電車に乗って、揺られること一時間半。もうすでに二万人近くの人が会場付近で列を成していた。中には禁止行為とされている徹夜での参加もいることだろう。いつもであれば、そんな彼等を恨めしく思いながら、最後尾に並ぶのだが本日は違う。


「お、早いな」

「おはようさん。ユマロマだけか?」

「リズは後二十分くらいだな。で、早速なんだが」


 と、ユマロマは一枚の紙を取り出した。

 これは前日にユマロマ達とサークルカタログにてチェックし、それぞれの購入予定サークルをリストアップしていたものだ。そう、我々にとっては本日一番の難解ミッションといえる。


 そう、始まるのだ。コミ◯が。

 コミ〇、通称コミ〇クマーケット。改めて簡単に説明すると夏と冬に開催される日本、いや世界最大規模ともいえる同人誌即売会である。同人誌と一言で言っても、大体はアニメや漫画、もしくはゲーム等の二次創作を想像するだろうがコミ〇ではそれ以外にも音楽や鉄道、グルメ、旅行、中には海外の歴史研究家が出す論文混じりの物もある。

 当然規模が大きくなれば、動くお金も膨大で百億以上の経済効果を生み、参加者も開催日数の三日間で五十万人を超える。

 サークル側として参加している中には俺達みたいなアマチュアだけでなく、商業デビューしているプロの作家も数多くいる。中には公式から許可をもらったイラストレーターが出すキャラデザ本や設定資料集等も沢山ある。当然通常では手に入らない物なのでその価値は必然的に上がるし、求める人も大多数。無論、あくまでこれは一例だがファンからしてみれば、買いにいかねばなるまい。

 そして今日はその二日目である。

 

「ここの壁はいつも外周周りで列を作るから他の列と間違い無いように注意な」

「そこなんだが、さっきアカウントの呟き確認したら新刊落としたらしい」


 今朝入ったばかりの情報もすぐに交換。より正確に確実に手に入れるためだ。


「あ、そういえばnichさんってきてるの?」

「多分。新刊落としたって呟きは見てないし。そういや今回新規の売り子を雇うとか言ってたな」

「新規の売り子? あの人のとこってそんな混むの?」

「お前知らねえのか? nichさん、誕生日席の常連だぞ。つか今回から壁に上がったし」


 そりゃあすごい。

 サークルの配置というのは商業デビューしてる人の中でもより実力が認められたり、アニメ化作家してるような人が壁際、さらにその中でも有名なのがシャッター前の配置。

 そして俺たちみたいなファンは島中と呼ばれるサークルで一つの机を半分くらいのスペースしか与えられない。ただその中でも実力ある人は誕生日席と呼ばれる位置に配置され、スペースも広い。ここにいる人もラノベの挿絵作家やソシャゲのキャラデザ担当等有名な人ばかりだ。

 ただ優しいだけのお姉さんだけじゃなくて仕事も出来るとはな……やるな。しかし新規の売り子か。壁配置ともなるとやはりまわすのが難しく、人手が足りなくなっているのか。


「と、ところでさ、蒼」

「nichさんの所には一人で行ってくださいよ」

「何でだよ!」

「大体想像つくんで……」


 こないだのデートでは少しは見直したかと思えばこれだ。まだまだ彼が独り立ちする日は遠い。そうして話しながら待つ事二十分、駅方面からやってくる人混みの中にリズの姿が見えた。


「おはようっす」

「うし、じゃあ行くか」


 サークルチケットを準備し、入場するとすぐにサークルスペースがあるホールへと向かう。基本的にはいくつかのホールがある会場で同人ブースと企業ブースに分かれている。

 企業ブースとは反対の道へ進み、そこから同人ブースのあるホールの内一つへ入るとすぐに大量の列が目に入ってきた。サークルとしての参加者ではない、買い物目的での参加者だ。


「もう結構並んでますね」

「まだ八時半なんだけどなぁ。蒼、今日ってそんな目玉のとこあるか?」

「確かアップルとさんだんかい、あとソングシング」


 思いついた壁サークル名をさらさらと口にする。実際は明日の三日目の方が注目度は高いのだがそもそもコミ〇は基本的に全日レベルが高い。疎かにしていい日なんてある訳がないのだ。


「お、ここだ。まだ隣は来てないみたいだな」

「新刊中身確認しますね」

「頼む。とりあえずさっさとテーブルクロス敷いて、頒布物置いて、お釣りやメモ

用紙の用意して」


 二人がせっせと仕事するおかげで俺のやる事はない。そうなればこちらも動くとするか。


「俺いらないならもう並ぶけどいいか?」

「ああ。とりあえず連絡はこまめにな」

「了解。一応交代時間には間に合うようにするけど、列によっては間に合わないかもしれないからよろしくな、リズ」

「はいよー」


 よし。リュックに紙袋、それと本を入れる為のワイドケースを何個か持ち、先程確認した列の最後尾に並ぶ。正直出遅れてしまったが仕方ないだろう。

 そもそもサークル参加のはずなのにどうしてこんなに買い物客がいるのか。俺みたいに売り子をするリズやユマロマのお使いを頼まれているにしても、こんなに多いのはおかしいだろう。ならそこから導き出される答えは一つ。

 ここにいるほとんどがダミーサークルでの参加、またはネットで転売されてるサークルチケットを購入した人達という事だ。もちろん両方ともルール上ではアウト。しかし欲しい物の為にはやむを得ないという考えなのだろう。だからといって許してはいけないのだが。


「今から列動くからちゃんと前見てねー」


 スタッフの声と共にぞろぞろと列が動く。時刻は九時。開場まではあと一時間あるが正直この待ち時間はそんなに長くは感じない。高揚感で包まれているとでもいうのか、気付いた頃には開催を祝福する拍手の音が聞こえてくる。

 とりあえずもう一度お品書きの確認か、もしくはソシャゲでイベントの周回でもしようかと思った矢先、ぶるっと震えを感じる。ポケットのスマホを取り出すとユマロマから着信が来ていた。すぐに電話に出る。


『どうした?』

『悪いが追加のリストを今送ったから確認してもらっていいか?』

『……一応聞くがそこは壁か? それとも島か?』

『心配するな。多分買える』

『おい』 


 この口ぶりからしてほとんど壁サークルだろう。送られてきたメッセージを確認すると案の定その通りだった。


『ん? ユマロマってここの絵師(イラストレーター)さんに興味あったか?』

『いや。まあ頼まれもんだ』

『頼まれもん? ただでさえ二人分のファンネルでかなりのオーダー数なのにその上頼まれもんだと?』

『ま、まあその分あとで褒美は』

『ちなみにこれってnichさんのじゃないよな?』


 ……返事が来ない。図星のようだ。

 まあそうだよな。基本的に人のファンネルなんて頼むような奴じゃないがnichさんともなれば話は別だ。

 恋は盲目ってやつか。まあ自分も去年の今頃は浮かれていたかもしれないので人の事は言えない。


『とりあえず回るけど買えなかったら悪いって伝えといて』

『すまん!』


 その声を聴き、電話を切った。

 うーん、結局請け負っちゃう辺り、甘いもんだ俺も。こういう所は昔から全然変わっちゃいない。実行委員の事もあの人の頼みもそして神様の事も。

 こんな性格じゃ長生き出来ない気するなぁ。まあ一年後には神様の力とやらで死んじゃうみたいだけどな。


 死ぬ、か。本当に想像つかないな。まだ実感も出来てないし。

 でも神様の力は本当なのは事実だ。だからどうにかして意識を取り戻さないといけないのだが手がかりと言えるものが今日に至るまで全く見つからない。無論探していない訳じゃない。しかし人と人の意識が入れ替わるなんて普通はありえない訳だし、見つからない方が当たり前なのだ。


 そういえば以前夢の中であの人が言ってた事。そう、きっかけだ。

 ニューロンとか複雑な事言ってたけど、そもそも神様レベルの話なのだから意味ないだろう。

 いや待てよ。確か意識を切り替えるとか言ってたよな。もし何らかのきっかけで神様の中にいるはずの本来の意識、花珂佳美に切り替える事が出来れば、神様は元の自分に戻るんじゃないのか? まあ神様の意識って事だから雲の上か神様の世界とかだろうか。今度その辺聞いてみるか。

 というよりもしかするとそういうきっかけに繋がりそうな本がコミ〇にあるんじゃないのか。ここにはいろんなジャンルの本がある訳なんだからそういった本があってもおかしくはないだろう。

 段々と可能性が見えてきた事に少しは希望が見えてきた。死ぬ事について考えていたはずなのにまさかこんな風に糸口が見つかるとはな。本当……刹菜さんには頭が上がらない。


 でも今の俺にはやっぱりあの人を助ける方法は思いつかない。申し訳ないけれど。


 時刻はまもなく十時。さあ戦場の始まりだ。


『ただいまより第〇〇回、コミ〇クマーケット二日目を開催致します』


 では一日、よろしくお願いします。



 


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