第5章 サマートラブレーション!
第1話サマートラブレーション! 1
夏の真っ只中、八月。その初め。
男達は夢を求め、ペンを走らせていた。
世はまさに大同人時代!
「おい」
「よし! ナレの台詞はこれで大丈夫だな。んで」
「……」
もはやユマロマの耳に俺の声は届いてないのだろう。ため息するのも面倒だ。
八月。お盆の時期が近づくと同時にヲタク達にとっては年に二回ある最大の同人誌イベントが近づいていた。いや本当コミ〇、凄いよね。三日間で五十万人以上が来るヲタクのヲタクによるヲタクの為のイベント。
そのイベントに出展する企業、そして同人作家の数も日本中全てのイベントにおいても、かなりの数。それほどまでの経済が回っているという証でもあるが。
しかしながらそのイベントが迫ってくる最中で俺達は頭を抱えていた。いや正確にいえば、ユマロマだけともいえるが。
「そもそも企画者が原稿出来てないっていうのは一番まずいんじゃないのか?」
「口に出すなぁ! 大体お前だって出来てないじゃんか!」
うーん、このヲタク。年上とはとても思えない。
とはいえユマロマの発言に偽りはない。『プライド&リジェクト』の合同誌募集をユマロマがかけてから、賛同者は多数。中には商業デビューしている絵師さんもおり、失敗なんてとても許されないプレッシャーが彼に乗っかかっていた。
もちろんこの人がそんな重圧に耐えれるはずがなく、急遽招集され、こうして原稿作業を手伝っている。が、今回SS,つまりは小説を書く予定だった俺もまだほとんど出来上がっていない。人の事を口に出してる場合ではないのだ。
「ユマさーん、ここ、こんなんでいいっすか?」
「どれどれ……お前、この短期間で伸びすぎじゃね?」
「いやーネットで動画とか見ながら勉強したら、そこそこ形になったかなーって」
にひひと笑うリズ、その傍の液晶タブレットに映し出されているイラストを見て、唖然した。いや何こいつ? 俺が体育祭とかで忙しい間、ずっと勉強していたのはまあ知ってる。でも二か月だぞ? それでこんなにうまくなるもん?
「はぁ……なぁ、蒼。これ終わると思う?」
「いや自分のサークルの方の原稿は脱稿してるんですからもうちょい頑張ればいけるのでは」
「そのもうちょいが無理。出し尽くした、もうペンを持ちたくねぇ」
とその場で崩れ落ちた。正直もう放置して帰りたい。いやマジで。本当ならば今頃もう少し有意義な夏休みを……過ごしてないな。いや、それでもここでカンヅメよりはましだ。
でも今回は規模が大きくなり過ぎた故にここで見捨てるのは忍びない。
助け船を出してあげますか。
「リズ、そっちはあとどれくらい?」
「んー、そんなにかからないかも」
「じゃあ終わったら、ユマロマの方手伝えるか?」
「手伝うって言っても、ベタ塗りとかトーン貼るくらいしか出来ないよ?」
十分だ、と返事をしようとする前に放心状態だったユマロマがいきなり立ち上がり、リズの元へと駆け寄った。
「よくいった! それでこそ俺の兄弟だ!」
おい、それ俺にも言ってたよな? 都合がいい奴め。これでどれくらいの貸しを作った事か。全然返済してもらってないので今回のコミ〇で色々と買ってもらおうかな。
「んじゃとっととネーム考えて、線画まで終わらせるから待っててくれ」
復活したユマロマはすぐに机に向かい、愛用のペンを目の前のタブレットに走らせる。単純な奴でよかった、よかった。
で、問題はこっちだ。
話のネタ自体はある程度は出てくるがそれを文章にするのが全然出来ない。いや今までSSを平然と読んでいたり、つまらないとボロクソ言ってた自分を殴りてえ。本当書き手の皆さん、凄いっす。
「雨の方はどうー?」
「お前みたいに覚えが悪いんでね。まだまだ時間はかかりそうだ」
「俺って覚えがいい方だっけ?」
「嫌味に聞こえるぞ。それにお前と違って、まともに考える時間がなかったんだ」
もちろん嘘である。本当は体育祭後とかいくらでもあった。
しかし脳裏に全くと言っていいほど浮かぶ事はなく、結局は向き合おうとしなかったのだ。有菜に過去の話をしていたとかテストがあったとかは言い訳にはならない。
だが本当にどうしよう。そもそも素人が書いたような文章を読みたいか? せっかく著名な方々が連なっている合同誌の中にこんな素人の作品を入れて、駄目にする必要があるのか? なら出さない方が却っていいのではないか? ペーズ数が減れば、印刷代も安くなるって言ってたし。
「蒼、もしかして一文字も書けないってやつか?」
ふと後ろからの声に目をやるとユマロマがこちらを見ていた。
「あいにくと初心者なんで」
「初心者とか経験者とかそんなん考えなくていいんだよ。どんな凄い奴も最初の頃っていうのは絶対あったんだからな」
「でもそれが圧倒的に面白い作品になるから、その人達は奴になれたんじゃないですか?」
「まあそうだな」
そう言って、今度は天井を見上げながら、ユマロマは穏やかな口調で話を続けた。
「俺の友達にも一人プロとして活動してる人がいる。そいつは一応ラノベ作家なんだが初めてネットに作品をあげた時はやれ起承転結が出来ていないだの、字下げや三点リーダーが使えてないだのと苦いコメントを沢山もらったらしくてな。評価も最低点ばっかでしまいには誰も読んでくれなくなった」
そこで区切るとユマロマはこちらを見て、フッと笑みを浮かべながら、こう言った。
「でも書く事を諦めなかった。続けていく内に作品を―――世界を作る事が楽しくなったから」
「世界?」
「そ。一次創作でも二次創作でも作品っていう名の世界を作ってるんだよ、俺達は。この言葉が意外と響いてな。今でも大切に思ってる」
世界を作る。
そんな風に考えた事なんかなかった。けど続ける事でその面白さが見えてくる、か。
「……とりあえず適当に思いついた事を書いてみます」
「ああ、書け書け。二次創作はこんな場面でこんな台詞を言わせてみたい! そう思えたら後は想像が完成させてくれる」
その台詞で再び俺達は目の前の作品に集中した。
時間はない。けれどさっきよりもイメージはしやすくなった。原作を一巻から最終巻まで読んでるんだ。どのヒロインと主人公がくっついて、こんなイベントを起こしてみたい。そんなの何十回、何百回考えた事か。
それから一週間後、ついに運命の日を俺達は迎えた。
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