第18話 メインヒロインは初登場が一番可愛い 18
「ありえない。盗むとかどういう神経してんの?」
「しかも委員長の雷木先輩にストーカーしてたって話だぜ」
「それ知ってる。マジでありえないし、キモいわ」
停学後に飛んできた噂は予想通りで嫌でも耳に入ってくる。当然か、もはやこの学校一有名人となった訳だし。何なら教室に入ると机も無くなっていて、休み時間の度に誰かに呼び出されては殴られ蹴られと充実な毎日。懐かしい過去に逆戻りした気分だった。
あれからの事は一瞬だった。桑間が俺に殴りかかり、その後もその取り巻きにボコボコにされた後、駆け付けてきた教師に突き出される。連中は「こいつが俺達実行委員のお金を盗んだ犯人だ」という事と無理矢理抵抗したので抑えつけた、だから正当防衛だと自身が振るった暴力を認めさせようとした。
うちの教師はこいつらが休んでいた事情はあくまで勉強の為としか知らされていないし、どうやらそこそこ成績がいいらしいので教師からある程度の信頼は得ていたらしく、そのままその言葉を鵜呑みにし、俺を生徒指導室へと連行。その日はそのまま取り調べを受け、しばらくは自宅謹慎、やがて処分として停学一か月の処分が言い渡された。
もちろんそれで納得出来る訳ないと反論する当時者はいた。彼女は生徒会長の一ノ瀬や教師達にも抗議し、俺ではなく連中がやったと訴えるも結局処分が覆る事はなかった。さらに今回の彼女は事件の『被害者』という扱いだ。最低最悪な後輩、いやストーカーに付きまとわれ、脅された悲劇のヒロイン。それが彼女に貼られたレッテルだ。その為にどんどんと俺の悪評だけが広がった。数えたらキリがない。彼女が手を差し伸べようとしたら、自分が付き合えない事の逆恨みで彼女を裏切ったとか無理矢理気持ち悪い趣味を押し付けた等々、もはや聞くに堪えないものばかりだ。
俺への連絡は毎日来ていたが全て無視した。クラスにも顔を出していたが俺から避けていたせいか、数日したら顔を出す事はなくなり、こうして俺の生活は最初の頃に戻った。いや最初よりかは充実している日々かもしれない。
今でも思う。ああするしか彼女を救えなかった。他に皆川達のたくらみを打ち砕く方法なんて凡人の俺には思い浮かばなかったのだ、これが限界だ。たかが一年一人の生活が狂っただけで刹菜さんを守れたんだ、安いもんだろう。
「雨宮。職員室に来なさい、そしてその後生徒会長がお呼びだ」
停学後も教師達は毎日のように呼び出し、軽く聞き取りした後は反省の一環として雑用を押し付けるのももはや日課に近いものになっている。教師陣からしたら警察に突き出さずに学内で収めたんだから感謝しろとでもいうところだろう。
そうしてさっさと雑用を終えるとその日は生徒会長にも呼ばれているので生徒会にも立ち寄った。
「久しぶり、雨宮君」
「……あんたは」
「ちゃんとした自己紹介がまだだったね。一応君が停学中の間に生徒会長になった雪村真一。あと隣にいるのが」
「久しぶりね、一応改めて。海風サナです」
二人が俺を呼んだのは教師からカウンセリングの一つとして相手をしてほしいと頼まれたとの事。しかし二人は「来たい時に来ればいい。どうせ教師陣も同じ生徒ならばまだ打ち明けていない真相を話すのではないかと考えてるのだろう」と強要はしなかった。
別にどうでもよかった。ただ二人は教師達とは違って、無理強いはしなかったので思わず真相を口にしてしまった。きっと信じてくれないだろうと思ったが真剣な顔つきで最後まで聞いてくれた。
「で、こういう事になってしまった訳か。せっかちだなぁ、君は」
「そうするしかなかったんです」
カウンセリングがこれだけではなかった。
数日後に担任の香川から放課後に教室で待ってろというのでそのまま待機してると同じように教室にいた一人の女子が声をかけてきた。
「面倒だから適当に雑談してるだけでいいでしょ」
「へ? てか何て言われた……ですか?」
「敬語めんどいからタメでいいよ。普通に香川からあんたと話して事件の事を聞き出せってさ。連中、まだあんたが何か隠してると思ってるらしいよ」
生徒会長の次はクラスメイトか。もう隠してる事なんか何もないが黙っている方があいつらの仕事が増えて、面白そうだ。
そのまま話を聞くと彼女の名前は五日市侑奈。どこかで見た顔だなと思ったら、初日の帰りに声をかけてきた女子だった。一応このクラスの委員長をしているらしい。
そうして生徒会と五日市、両面に関わる事で次第に学校生活もましになってきた。生徒会室は会長が昼休みにでも来て、手伝ってほしいと色々と手伝わされてるがその分教師達の雑用はなくなったし、何よりこっちの方が心が落ち着ける。
放課後の五日市との雑談は月に一回のみだったが文化祭の事なんてそっちのけでほとんど彼氏の愚痴について聞かされるだけだった。
「大体、私は付き合うつもりなかったけどあんまりにも好きっていうからさー、でも何か合わないんだよね。これって別れた方がいい?」
「いやそれを聞かれても」
文化祭から数日、数か月とこうして月日が流れていく。
刹菜さんと俺の関係はこれで終わりになってしまった。でも届かない場所で微笑んでいるのならば、無駄じゃなかった。昔からカッコつけたがりの男なんだ。一人の女を救う為に悪になるとかカッコいいじゃないか。
それにこの時の事は後に大きく役に立つ事になった訳だし。
そうして俺は一年生を終え、あのオフ会に参加し、一人の少女と出会った。
二年になってからも俺についてのイメージは払拭されなかったが別に構わない。信用とはいえないがそれでも気が許せような人がいるのだから。
だからこそわからない。
どうしてあの人がこんな事をしたのか。何で俺が必死に守ろうとしたものをあの人達が壊そうとしているのか。
× × ×
「悪かったな、話が長くなって」
「いえいえ。これでよーくわかったので」
「それは何より」
思いっきり腕を伸ばしている有菜を見て、同じように腕を伸ばした。
七月中旬。もう体育祭から数週間は経ち、夏休み目前。テストも終え、あとは終業式のみなので学校に残っているのは部活に入っている連中とこうして雑談をしている生徒だけだろう。本当は『RABAS』にでも行きたいがどうしてもかなりのお金を使う事が予想される予定があるので我慢してもらった。まあ俺は話さなくてもよかったのだが結果として体育祭での約束を守れなかった以上は話すしかない。それに妹である有菜だし、隠しているのも何だか悪い気がしたし。
そんな学校内では今でも雷木刹菜と生徒会長に対する注目が日に日に増しており、憶測だけが飛び交うようになっていた。
あの生徒会長の告白後、そのまま体育祭は続行され、何事もなかったかのように終わり、それから何の動きも見せないままこうして時間だけが過ぎていく。あの生徒会長に限って、それは不気味ともいえる。いや生徒会長だけではない。サナさんも一緒か。
個人的に一番気になっているのはあんな宣言すれば、教師達も黙ってはいないはずだ。少なくとも俺と当事者の刹菜さんにも何かしらの呼び出しがあると思っていたがこの件で教師からは何も言われず、生徒会長達も普段通り。明らかに不自然だった。
「で、蒼君はどうするの?」
「何が?」
「お姉ちゃんの事。このままあいつらが黙ってるとは思えないけど」
同意見だ。あの宣言通りなら何としてでも刹菜さんに頭を下げさせたいはずだし、もう次の手を模索していると思われる。いや既に動いている可能性の方が高いか。
「連中を何とかしようにも相手が悪すぎる」
「じゃあこのままお姉ちゃんがやられるのを黙ってみてるの?」
「そうはいってない。それに連中が次にどこで仕掛けるかなんてわかりっこないんだし」
「え? 文化祭じゃないの?」
「へ?」
疑問形に疑問形とオウム返しをしてしまう。
「いやだって体育祭みたいにみんながいる前でああいう事を言えたりするのってあとは文化祭だけでしょ?」
「……そういやそうか」
深く考える必要なんてない。やり方はシンプルな方がどんな奴でも頭に叩き込めるのだから。
体育祭で宣言し、文化祭で落とす。生徒会長だけでなく、万が一皆川達が手を貸すようであれば、布陣は完璧だ。それ以外にも刹菜さんに対して不満を持つ連中を集めれば、もうあの人には何も出来まい。
「蒼君」
「その話はまた今度な。いや夏休み後か」
「それじゃ間に合わないんじゃないの?」
「……だとしても、だ」
文化祭実行委員でもない俺がもう同じ舞台に立つ事は出来ない。
つまりは止める手立てがないし、これ以上出しゃばって迷惑をかけるくらいなら大人しく文化祭は欠席していた方がましだ。
けれど本当にそれでいいのか?
自問自答を繰り替えした所で結局回答なんか得られない。そんなの分かってる。
でも俺にはどうする事も出来ないのだから。
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